第39話◆小さな助っ人

「ユーグ……ユーグ。おい、起きろよ。おい! ユーグ!!」

「ふぉっ!?」

 詰め所の仮眠室のベッドを借りてドッラを寝かして付けている間に、俺も一緒に寝てしまっていたようだ。

 いかんいかん、気が緩んで……いや、本来なら家に帰ってスヤァしている時間だよな。

 よし、寝直そう、スヤァ。

「こら、寝直すんじゃない!!」

「つべたっ!!」

 寝直そうと思ったら、顔の上に冷たい何かが当たって目が覚めた。

 そういえばエリュオンの声が聞こえていた。ということは冷たかったのは水か氷の精霊か?


 体を起こすと手のひらより小さな水の体をした男の子が、ニヤニヤと笑いながら俺の顔を見ている。

「起きたみたいなだ。ご苦労さん」

 そう言ってエリュオンが水の男の子に青い色のあめ玉を渡すと、男の子はそれを受け取りエリュオンに手を振った後、弾けるように水を飛び散らせて消えていった。

 水の低級精霊か。ペットばかり使役しているからテイマーのイメージが強いが、エリュオンは精霊も扱うことができるんだった。

 だからといって水は酷いな!? 俺、そんなに寝起きは悪くないはずだぞ!? 今日は少し疲れが溜まっていて寝直しそうになったけれど。


「ギッ!」

「いてっ!!」

 俺が上体を起こしたせいで、俺に寄り添うように寝ていたドッラがコロンと転がってしまい、ベッドに座っている俺の足を掴みながら太ももの上によじ登ってきて、そのまま太ももに張り付くような体勢で眠り始めた。

 ドッラ・オ・ランタンは虫っぽい姿だが亜竜であり、その爪は鋭い。

 冒険者ギルド職員の制服はいざという時の防具を兼ねているため、頑丈に作られており多少の改造も許されているが、しょせんは布製品、亜竜であるドッラ・オ・ランタンの爪が生地を貫通してチクチクと肌に刺さる。


「すっかりユーグに懐いちゃってるし、これなら親が迎えに来ても安心だな。親に返す役はユーグでよさそう」

 おいやめろ、サラッと俺の仕事を増やそうとするな。

 しかしドッラの性質を考えると魔物の扱いに慣れているエリュオンか、もしくはドッラに懐かれてしまった俺が返す役をやるのが無難なんだよなぁ。

 って、今何時だ!?

 ポケットから懐中時計を出して時間を確認すると、日が暮れてから随分経つ時間である。

 もう暫くしたらドッラ・オ・ランタンの活動が落ち着き始める時間だ。


 ドッラ・オ・ランタンは日暮れから深夜にかけて活動が活発になり、日中は薄暗い場所でじっとしている。

 本来なら元気に活動する時間にこのドッラはスヤスヤとお休み中だ。

 親元から離されてずっと檻に閉じ込められ、周囲を警戒して休めていなかったのだろう。そう思うと少しチクチクするが、こうやって俺の太ももに張り付いて爆睡しているのも仕方のないことである。


「その親達は町の近くにはいそうか?」

「うーん、日暮れ前にワールウインドに探させた時は見当たらなかったよ。だが奴らは日が暮れてからが本番だからな。念の為ワールウインドに町の周囲を警戒させているけど、ワールウインドは夜は苦手だからな。それでだ――」

 そうだよなぁ、いくら怪鳥ルフでも鳥は夜が苦手なもんだし。といっても高ランクの魔物であるルフ基準の苦手なので昼間ほど強くないって意味だろうが。

 ん? それで?


「ユーグさん、お疲れ様です。夜なので動いている鳥は少ないですが、それでも夜に活動する鳥や、夜でも飛び続ける渡り鳥はいるのでもしかしたら力になれるかも」

「コケッ!」

 エリュオンの後ろからひょっこりと顔を出したのはコカシャモの飼い主の少年とコカシャモのチャーハン。

「冒険者ギルドに寄ったついでに、昨日カビを吸い込みまくってたチャーハンの様子を見にいってね。ついでにドッラの話をしたら彼が協力できるかもってついて来たんだ」

 日が落ちてすっかり夜なのに、こんな子供が協力してくれるなんて、お兄さん感動だが……。


「協力はありがたいのだが夜も遅い、彼は冒険者ギルドで保護していることになっているので、夜に連れ出すのは少しまずいな。というかよくここに連れて来るのをギルドが許可したな」

「ああ、今回の件でアテッサが気を利かせて、門の詰め所にユーグがいるならユーグと俺で面倒を見ればいいでしょって。ドッラも扱える人がいないから、町に持ち込みの許可が下りるか、親に返すまで俺が付きそうことになったよ。どうせ詰め所で保護することになりそうだから、夜ならテロスもいるし、今ならユーグもいるから後のことはユーグの指示に従えって」

 気を利かせてくれるのはありがたいけれど、今回の件をさりげなく俺とエリュオンに押しつけて、ついでに何かあったらテロスを巻き込めると思っての指示だな!?


「エリュオン明日の仕事は?」

 確か今日と同じ現場だったから、また代打かな? 祭りは明日までだから明日まではバタバタしているのだよなぁ。

 俺も明日暇そうなら休めるかなーって思っていたのだが、おのれ魔物不正販売業者、絶対許さねぇ。

「他の奴が入るって。どうせ商店の警備だしなー、テイマーの俺より脳筋の方が向いてるんだけど、あそこの店には何故か気にいられてんだよなぁ」

 あそこの店つか、あそこの店のお嬢さんだな。

 その依頼主毎回依頼書に、できればエリュオンでって書いてあるよ。エリュオンじゃなかったら、仕事できなくても顔のいい人って書いてあるよ。

 時々あるのだよ、男性でも女性でもそういう仕事。客商売のところは護衛の見た目も重視するところもある。

 そういう現場でエリュオンはいくつか指名を持っている。

 そういうとこって指名された人を突っ込めば指名料をぼったくれるんだよね。エリュオンも現場でチップを貰っているみたいだし?

 すまんな、おいしい現場なのだがドッラの方が優先だ。

 まぁこっちはこっちで特定の能力が必要な仕事だから特殊技能手当が付いているよな。時間の拘束も不明だしそれも手当が付くな。

 しかも生き物大好きなエリュオンだから警備よりこちらに飛びつくよなぁ。


 ちなみにこういう町の治安や安全に関わる仕事は領主や国から報酬が出る。

 町の安全に関わる仕事は緊急性の高い事案も多く、その場の判断で治安部や冒険者ギルドが先に冒険者に依頼を出してもよいことになっている。

 魔物は人間の都合なんて考えてくれない。もたもたしていると被害が大きくなり余計な金がかかるからだ。

 その辺の判断が速やかに行えるよう、ギルドの支部にもその地域の貴族やその関係者が管理職として配属されている。

 うちのギルド長もラウルスのあるロールベーア伯爵領の領主の親戚である。

 そーだよ、俺も将来は実家の領地に戻って、ギルド長室でふんぞり返って書類にハンコを押すだけの仕事をする予定なんだよ。


「それじゃあ、せっかく来てくれたしお願いしようかな。小鳥と話ができるスキルだったよな? だったら情報収集か? 周囲の確認がてらちょこっと町の外に出てみるか」

「はい、動いてなくても起きている鳥もいるので、おしゃべり好きな鳥なら何か知っているかも」

 素直な良い子だなー。

 やっぱ君、うちで働かない!? 



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