第32話◆その話、俺にしないでくれないか!?
階段を上り、町を囲む防壁沿いを通って町の中へ入る門へと向かう。
月のない空には小さな星がチラチラと瞬いている。
「はー、やっと帰って来た。疲れた疲れた」
そう言っているエリュオンはアスの上に跨がって移動している。俺は徒歩。
羨ましいな、おい!?
水路で酷い目にあった上に、ワールウインドの本来の姿を見てびびり散らしたコカシャモ君は、すっかり大人しくなってエリュオンの腕の中でウトウトしている。
てめーのせいで俺はまだ寝られないのにいいご身分だな!? フライドチキンにするぞ!?
「はー、ちゃっちゃとコカシャモを引き渡したら帰って寝るか」
「ゴゲッ!? ゴゲッ!! ゴゲゲッ!!」
そんな話をしていたら、ウトウトしていたコカシャモが突然騒ぎ始めた。
「うーん、帰りたくないのかい? うん? 元の家に戻りたい? 家に? なるほど、それで逃げたのか。このコカシャモ、元の飼い主のとこに戻りたいみたいだねぇ。といっても業者のとこに売られたものだろうし難しいよなぁ」
俺にはコカシャモがゴゲゴゲと鳴いているようにしか聞こえないが、エリュオンの肩に乗っているワールウインドがそれを通訳してエリュオンに教えているようだ。
俺にはワールウインドがエリュオンの耳元でチュンチュン鳴いている光景にしか見えない。
テイマーには魔物や動物と意思疎通できる者が多いが、エリュオンも日頃から普通にペットと会話をしている。
「だなー。まぁこれだけ暴れたから、業者的には手に負えないようなら、引き取りを拒否するかもしれないけどな。その場合に処分になる可能性が高いな……」
「ゲッ!?」
賢すぎるペット用の魔物は飼い主が持て余し危険もあるため、取り引き前に処分されることがある。可哀想な話だが、ペットとはいえ魔物である以上安全のためには仕方のないことなのだ。
これだけ知能と身体能力のあるコカシャモだと、ペットとしての販売基準を外れている可能性もあるな。
む……、なんか嫌な予感がするな。気付いたこと全てを報告すると仕事が増えそうだが、魔物の扱いに絡む件だから報告しないわけにはいかないな。
ギルドに戻ったらアテッサに丸投げしてお家に帰ろう。
「うーん、まぁコカシャモならあんまり値段も高くないし、俺が買い取って飼っちゃおうかなぁ? 賢そうだし、留守番も任せられそう。最近うちのまわりで不審者の目撃もあるみたいだし、ちょうどいいな」
「ゴゲッ!?」
一般家庭では飼えないようなペットでも、魔物使いや魔物の飼育育成業者としての登録されている者なら飼うことができる。
日頃からやばい魔物を連れ回しているエリュオンもその資格を持っている。
なるほど、こうやってペットは増えるのか。まぁエリュオンが引き取るなら安心だな。
「お、門が見えてきたぞ。ちょうどテロスがいるな、話が早くていいや」
門の傍に黒い馬が見え、今日の門番はテロスだとわかった。
祭りの警備をしていた気がするが、終わった後は門番の仕事か。こいつも仕事好きだなぁ。
「あれ? 子供? こんな時間に?」
アスに跨がったままエリュオンが門の方を指差した。
馬の陰になって気付かなかったが、少年が門番のテロスと話をしているようだ。
「ゴゲッ!? ゴゲゲッ!!」
突然、コカシャモが暴れ出しエリュオンの腕を抜け出し、少年の方にヨタヨタと覚束ない足取りで走って行った。
「チャーハン!!」
そのコカシャモに気付いた少年が、コカシャモに駆け寄り抱き上げた。
え? チャーハンって名前!? どっかの国の料理だった気がするけど!?
そしてコカシャモをぎゅうぎゅうと抱きしめて頬ずりする少年を見ながら、ものすごく嫌な予感がした。
「おぉ、ユーグいいとこに来た。今ちょうどギルドに連絡をしようと思っていたんだ」
コカシャモが現れた方を見たテロスが俺達の存在に気付き、こちらに近寄ってきた。
やだ、その先は聞きたくない。
「山間部の農村の子供らしいが、村に来た商人と取り引き上のトラブルがあったみたいでさ」
やめろー、俺は今勤務時間外なのだー。
「この子が言うにはその商人が窃盗団だって言うんだ。んで、そいつらがラウルスにいるっていうんだ。だが、身分証も町に入る通行税の持ち合わせもないらしくてさ。子供を夜に町に入れずに追い返すのも問題があるし、俺も勤務中だから勝手なことはできないからどうしたものかと」
「そーだよ! あいつら鶏小屋を壊してコカシャモ逃がしてそのまま持って行ったんだ」
あー、話を最後まで聞いてしまった。ついでに子供の証言も聞いてしまった。
「悪質業者とはどういうことかな? 見たところそのクソ……コホン、コカシャモは随分とこの子に懐いているようだな。夜遅いし子供をこの時間に町の外に放り出すのはよくない。冒険者ギルド預かりにして詳しい話はギルドでゆっくり聞かせてもらおうか」
はー、悲しいかな。貴族に生まれ、貴族として育ち、身に着けた表情をコントロールする技術。
そして、体に染みついた冒険者ギルド職員としての対応。
時間外なのに仕事しちゃってるよ!!
はー、ギルドまで連れていって夜勤の奴に引き渡して帰ろ。
「それじゃ、この子はユーグに任せよう。いやー、仕事熱心なギルド職員がちょうど通りかかって助かったな。エリュオンもユーグに付き合ってたのか、ご苦労サン」
テロスうるせーぞ。俺だって好きでこんな時間まで仕事をして、ここを通りかかったわけじゃねーぞ。
「サクッと終わると思って安請け合いをしたらすっかり遅くなったよ。明日は朝から仕事が入っているし早く帰って寝よ寝よ」
エリュオン、知ってるか? 俺も明日は朝から仕事なんだぜ。
ギルドへ戻ってからが大変だった。
ギルドには夜勤者しかいない時間帯。祭りの期間なのでいつもよりも人数は多いが、細かいトラブルも多いため手の空いている者は少ない。
まずはあのクソ鶏の飼い主だという少年の事情聴取と調書作成。人がいなくて事情も知っているので、時間外だというのに俺がやることになった。
誰かの手が空くまで待っていると遅くなりそうで、子供をこんな深夜まで起こしておくのは可哀想だと思い俺が引き受けたのだ。
随分遠くから来たようで、すごく疲れた顔をしているのでさっさと事情を聞いて休ませてやりたかった。
成長期の子供には十分な睡眠時間が必要だからな。
そして捕まえた後はいったん祭り本部、祭りの終了時間が過ぎてからは冒険者ギルド預かりになっているコカシャモ達の返却の一時差し止め手続き。
これは少年の証言により、逃げ出したコカシャモが生産地から不正に運び出されたものの可能性があるからだ。
ペット用の魔物とはいっても、やはり魔物は魔物。その取り引きには安全のための制約が多く、定められた販売基準に合格した個体でなければ一般家庭には販売できない仕組みになっている。
気性の荒いコカシャモの場合、その販売基準は小型の魔物のわりにやや厳しい。
小型の魔物はペットとして人気があるため、証明書を偽造してその基準をクリアしていない個体を販売する業者もいる。
個人の手に渡ってしまえば事故が起こるまで発覚はしにくいし、祭りやバザーなどにくる行商だと発覚する頃には行方を掴むのも難しいため、基準を満たしていない魔物を売り逃げする悪質な業者もいるのだ。
それから、商業ギルドに連絡をしてコカシャモの捕獲を依頼した業者の素性と過去の履歴の調査。
少年の話の裏付けを取らないといけないが、これはうちではなく治安部の仕事なのでそっちに連絡。
ただ少年の住んでいる村が少し遠いため、これは時間がかかりそうだな。
今のところ、最後のコカシャモ――クソ鶏の捕獲に手間取っているという体で時間を稼いでいる。
コカシャモの販売基準の詳細までは知らないが、あのクソ鶏の知能と身体能力を思い出すと、明らかに一般家庭に販売していいような個体ではない。
まぁそのクソ鶏君、飼い主の少年と再会して、今は俺のいる部屋――職員用仮眠室で少年と一緒にスヤスヤしてんだけど。
俺は報告書作成中。
エリュオンは明日……いや、もう今日か、仕事だからと言って帰って行った。
俺も明日仕事だよ!! ナカーマ!! 仲間だから俺も同じタイミングで帰りたかった。
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