第31話◆これも職務のうち

 地下水路が町の外の川に合流するすぐ手前には、水路に流れ込んだ水が集まる大きな水槽があり、ここではスライムが多く棲息している。

 そして、そこでスライムにより浄化された水は、水門に設置された浄化用の大型魔道具を通り綺麗な水となって、町の傍を流れる大きな川へと合流する。

 

「ここのスライムはでかいのが多くて、お前みたいな鶏はペロッと食われちまうから、大人しくエリュオンに抱っこされてろよ」

「ゴゲッ!」

 すっかりエリュオン信者になってしまっているクソ鶏は、モールドの胞子でまだビリビリしているようでエリュオンが抱えて歩いている。

 回復魔法で麻痺を治して逃げられても面倒くさいので、ギルドに戻るまでは放置だ。

 捕獲用の頭陀袋に突っ込めばいいものを、動物にはわりとあまいエリュオンである。


 水路の出口の水門には人が通る通路が併設されており、その通路の扉は町の中の出入り口同様、冒険者ギルドの職員カードで開くことができる。

 水槽の中には人間の子供より少し小さいくらいの大きさのスライムが、プカプカと泳いでいるのが見える。

 あまり大きくなりすぎると清掃に入った時に人的被害が出てしまう危険があるため、時折スライムのゼリー部分を回収して大きくなりすぎないよう調整されている。

 ちなみに、下水処理に使われたスライムのスライムゼリーは、乾燥させてスライムパウダーに加工し肥料として利用される。


 水門の脇を通る通路から川沿いに出て、そこから土手の上へと階段が設置されており、その階段を上れば町を囲む防壁沿いに出る。

 町一つぶんの生活排水が集まる地下水路の終点の水門から流れ出る水量は多い。

 水門が川より高い位置にあるため、地下水路から合流するする水は小規模な滝のように川へと流れ落ち、水しぶきを上げている。

 時間はすでに深夜、空に月はなく周囲を照らす光は自分達の持つ照明用の魔道具と、エリュオンが出している光魔法の明かりだけだ。


 暗い夜、水門から水が流れ落ちる川の水面は、俺達の持つ光を僅かに反射する以外、真っ黒なインクのようで不気味である。

 暗くて川の中は何も見えない。しかしここは町の外、魔物が普通に棲息している場所だ。

 綺麗に浄化されているとはいっても元は汚水。自然の水よりやや栄養価が高いのだろう。そして、たまに地下水路でまるまる太ったスライムが、水門をすり抜けて水と一緒に川に流れて行くこともある。

 そのため、水門の周囲にはエサが豊富で魚が多く、それを狙った魔物が集まり、更にそれらをエサとする大きめの魔物もうろうろしている。

 町に近い場所のため、強力な魔物はいないはずだが夜の水辺は、水棲の魔物が活発に活動しているため油断してはならない。

 しかもこの場所は水門から流れ落ちる水の音で、周囲の気配がわかりにくい。


「グルルルルッ」


 アスの唸り声と俺が腰に掛けている小型の魔砲を抜いたのがほぼ同時だった。

 直後、水中から飛び出してきた黒くて長い影に、魔砲から魔力の弾を発射した。

 小型で腰に吊して持ち歩け、取り出してすぐに攻撃ができ狭い場所で使える取り回しのよい魔砲。

 しかし小型なぶん威力も低い。威力の低さを補うために連射が可能になっており、発射された魔力の弾には麻痺効果が付く仕組みになっている。

 本来は牽制と動きを封じることを主な目的とした武器だが、急所を狙えば小型の生き物や普通の人間に致命傷を与えることができる程度の威力はある。


 川の中から飛び出してきた黒くて長い影に、バスバスと魔砲で弾を連続で撃ち込んだ。

 弾一発の消費魔力が少なく連射も利くが、飛び出してきた生き物を仕留めるにはやや威力不足感がある。

 出てきた奴が思ったよりも大きく、俺が撃ち込んだ魔力の弾はほとんど効いていおらず、勢いは止まることなく俺達のいる階段に乗り上げてきた。


 水の中から現れた黒く長い影を、俺の照明とエリュオンの魔法の明かりが照らす。


 長く黒い影の正体それは――ムカデだあああああああああああ!!!


 水中から飛び出してきたのは二メートルを超えるムカデの魔物リヴピード。

 コイツは水辺に棲むDランクの魔物で、魚を狙って集まる小型の魔物を捕食する水辺の食物連鎖上位者だ。その大きさから人間も捕食することのある危険な魔物だ。

 俺達の前に現れたのは二メートルを超える個体で、リヴピードの中でも大型のもので、すぐにでも駆除をしないといけないサイズの個体である。

 ついでだから駆除して帰るか。

 冒険者に依頼を出すと依頼料がかかるが、俺が倒せば職務の一環だから無料!! ああ、そうだよ、俺が倒しても職務の一環だから給料は増えないよ!! せいぜい残業手当が付くくらいだよ!!


 大型の昆虫系の魔物は生命力が強く、中途半端な攻撃ではなかなか倒すことができない。

 ようするに、小型の魔砲はほとんど効果がないということだ。このサイズだと麻痺効果もあまり期待できないな。

 しかし闇に包まれた夜は俺の時間。俺の闇魔法が最もその力を発揮できる時間。

「俺は仕事を先送りするのは嫌いなんだよ」

 後に回せば後の仕事にしわ寄せがくる。仕事は片付けられる時に片付ける。

 コイツも今片付けておけば、後日改めて依頼を出す手間が省ける。

 その日の仕事はその日のうちにいいいいいいい!!!


 魔砲を腰のホルスターに収めながら、空いている左手を振って闇魔法を放つ。

 周囲の闇からヒュンヒュンと細い棘がリヴピードに向かって伸びその体に次々と刺さった。

 だが、生命力の高い昆虫系の魔物はこの程度では死なない。闇の魔力でできた棘が残っているうちは、刺さった棘に捕縛されていて獲物は身動きが取れない。

 この間に本命の攻撃だ。

 収納具から大型の魔砲を取り出し肩に担ぎ、動きが止まっているリヴピードの頭に狙いを定めた。

 後は魔力を込めて頭を撃ち抜くだけ。


「ユーグ、それ俺がもらうよ」

「へ?」

 魔砲から魔力の弾を撃ち出そうとしたところでエリュオンに止められた。

「ワールウインドの夜食にもらうよ。ワールウインド食べておいで」

 ああ、そういう。

 エリュオンの肩に乗っている小さな小鳥がピヨピヨと鳴いて応え空中に飛び立ったのが見えたが、それはすぐに闇の中に消え姿が見えなくなった。

 その直後、大きな鳥の羽ばたく音がして周囲の風が渦巻いて吹き抜けた。

 暗い夜の闇の上に黒い大きな影が落ち更に闇が深くなり、俺の魔法で固定されていたリヴピードが刺さっている棘から毟り取られるように空中へと引きずり上げられたのが見えた。

 後はもうどうなったか想像するのは簡単である。


 ああ、無慈悲な食物連鎖。

 この川周辺では頂点のムカデ君も、巨鳥ルフの前では夜のオヤツであった。

 相変わらずとでんもペットぶりである。そのとんでもペットでこれからもしっかり働いてくれ。

「……ゲ」

 町の中でイキリ散らしていたクソ鳥君もワールウインドの正体を間近で見てしまい、鳥ながらにドン引きしている表情になっている。

 わかったら、大人しくしておくんだぞ。その気になったら食われるからな?

 そこで犬みたいな欠伸をしている狼もやべーやつだから怒らせるんじゃねーぞ。


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