第30話◆水路に棲むもの
閉鎖的で入り組んだ通路、ニワトリの鳴き声はあちこちに反響し、正確な発生源まではわからない。
しかし通路に残るニワトリの足跡が残っており、それが続く先はニワトリの鳴き声が聞こえた方向とほぼ同じだ。
足跡を辿って進むにつれ、はっきりと小型の生き物が騒いでいるような気配を感じるようになった。
うむ、少し鬼気迫る感じではあるが、まだまだ元気そうに生きているな。
ここまで苦労させられたし、お仕置きも兼ねてもう少しくらいのんびり行っていいよなぁ?
ふははははは、鳥の分際で人間様に逆らうとどうなるか思い知りながら反省するがいい。
「ユーグ、少し急いだほうがよさそうだけど、のんびり歩いてていいのか?」
「ん? あんのクソ鶏に少し反省させようかなって?」
「あんま反省させすぎてると、水路の魔物にボコボコにされそうだけど」
少しゆっくり歩いていると、動物好きのエリュオンがそわそわし始めた。
あんなクソ鶏にも情けをくれてやるとは、魔物に対しては慈悲深いやつだな!?
「そうだなぁ……のんびりしてたら帰るのも遅くなるし、やっぱさっさと捕獲するか」
明日も仕事だしなー、さっさと片付けて帰って寝るか。
「ゴケッ! ゴッゴッゴゲエエエエッ!! ゴゲッ! ゲッ!!」
足跡を辿って進むと、断末魔というほどではないが、かなり悲壮なニワトリの鳴き声がはっきりと聞こえて来た。
そろそろまずそうかな?
「この通路の先の角を曲がった辺りか?」
騒がしいニワトリの鳴き声が聞こえる方へ向かって、エリュオンが歩行速度を上げて俺の前に出た。
動物好きだよなぁ。あのクソ鶏なんかもう少し反省させてもいいと思うのが。
「おい、一応スライムトラップには気を付けろよ」
Bランクにまでなってそんな初歩的な天然罠に引っかかることはないと思うのだが、閉所の見通しの悪い場所は弱い魔物しかいない場所でも危険だ。
曲がり角曲がった辺りで、スライムが通路を塞ぐように体を広げて獲物を待ち伏せしている時があるのだ。
うっかり突っ込んで抜けられなくなると、スライムに溶かされて美味しくいただかれてしまう。
見通しの悪い場所にはスライム以外にも蜘蛛系の魔物が巣を張っていたり、地面の中に棲む魔物が床に穴を開けていたりするので、油断をしていると酷い目に遭う。
経験を積んだ冒険者ならそんなものに引っかかるうっかり者はほとんどいないが、ランクの低い冒険者はこの手の天然トラップにうっかり突っ込む者が多く、この水路でも数は多くはないが犠牲者も出ている。
「うへぇー、これは酷い。汚い水路ってやっぱ怖いな」
「ゴゲッ! ゴゲェェエッ!! ゴゲッ!!」
俺を追い抜いたエリュオンが曲がり角まで行って足を止め、その先を見ながら困惑の表情をしている。
そして、クソ鶏の押しつぶしたような鳴き声も聞こえてくる。
「何がいたんだ? うげぇぁ……カビか」
「ゴゲエエエエエエッ!!」
曲がり角の先にいたのは人間の子供くらいの大きさに成長したカビの魔物――モールド。
黒にちかい緑のモールドにがっつりホールドされたクソ鶏君が、体をビクビクと痙攣させながらゴゲゴゲと変な鳴き声を上げている。
見通しの悪い角を曲がったところで、モールドに奇襲をされ胞子を吸って麻痺しちまったか。
まだ変な鳴き声を上げるくらいの元気があるなら大丈夫そうだな?
カビの魔物モールドは湿気が多い場所に棲息し、小さいうちはゴミや食物、動物の死体などに貼り付きそれらを養分として増殖するように成長するが、大きくなってくると自力で移動するようになり、大きな生き物に取り付き捕食するようになる。
今まさに目の前で起こっている状況のようにカビでできた体で捕食対象を包み込み、養分にして成長していくのだ。そのうえコイツら、他のモールドと合体して巨大化することもある。
そしてカビ故に胞子を飛ばす。
スライムほど巨大化はすることはないのだが、その胞子には毒や麻痺、個体によっては催眠や精神汚染効果などもあり対策をしていないと危険なうえに、その胞子により新たなモールドが生まれ増殖していく。
小さいうちはほとんど動かず消毒液や聖水をプシュッとするだけで消えていくのでたいしたことはないのだが、成長してくると動きも速くなりまき散らす胞子の量が増え、その威力も強力になり危険度が上がってくる。
その胞子を吸い込みすぎると体の中にモールドが生えてしまうなんていうこともある。
それでも胞子にさえ注意すれば熟練の冒険者にとっては成長した巨大スライムほど脅威はない。
まぁ、ニワトリくらいのサイズの生き物は成長したモールドの餌にはちょうどいいサイズだが。
目の前にいるコカシャモを今まさに包み込もうとしている成長したモールドに、思わず付けているマスクのポジションを確認した。
このモールドを始末したらエリュオンに消毒してもらおう。
このニワトリは持ち帰ったら丸洗いして、寄生型の魔物駆除剤を飲ませないとな。二、三日も放置すればカビに乗っ取られたコカシャモが出来上がってしまいそうだ。
うむ、きちゃない地下水路に逃げ込んだ罰だな。お前が悪い。くっそまずい寄生魔物駆除剤を飲むがいい。
「大人しく捕まるなら助けてやるどうする? 逃げても吸い込んだ胞子ちゃんと処理しないと、体中にカビが生えてきて、そのうちカビまみれになるからな?」
「ゴゲッ!? ゴゲッ!! ゴゲェッ!!」
エリュオンが当たり前のようにクソ鶏に話かけ、モールドに捕まってカビに吞まれそうなニワトリもその言葉がわかるかのように、痙攣しながらもコクコクと頭を小さく縦に振っている。
「よしよし、カビをとってやるからじゃあ良い子にしとくんだぞ」
「ゴゲッ!!」
さすがテイマー、俺にはさっぱりわからないがニワトリと会話が成立している。
「それじゃ、浄化してやるからもう少し良い子にしてるんだ」
エリュオンがモールドの方に手のひらを向けるとピカリと光の柱が、モールドとクソ鶏を包んだ。
モールドの弱点は火である。カビなのでよく燃える。よく燃えるがこんな場所で燃やすと自分達も危ない。
火以外に熱や乾燥、浄化にも弱い。
モールドはコカシャモを包み込むような状態になっているので、熱や乾燥を使うとコカシャモも一緒にジュッとなったりカラッカラになったりしてしまう。
よってエリュオンが使ったのは聖属性の浄化魔法。さすがヒーラー聖属性の魔法は得意中の得意である。
聖魔法の浄化はアンデッドへの攻撃や毒消しなどに使う魔法だが、カビやヘドロ、小さなスライムにも効果がある。
光の柱が消える頃にはモールドは白灰色になってパラパラとコカシャモの体から落ちていき、モールドから開放された麻痺状態のコカシャモが床にコテンと転がった。
「ゴゲェーッ! ゴケッ!」
モールドの胞子を吸い込んで麻痺状態のコカシャモが、床に転がった状態で変な声で鳴きながらエリュオンを見上げている。
その眼差しはまるでエリュオンを崇拝するようにキラキラとした輝きをしている。なるほど、こうやって魔物を誑し込んでいるのか。
そのコカシャモがチラリとこちらを見て俺と目が合った。
「ゲッ」
なんかものすごく嫌そうな表情でため息をつかれたぞ!? なんだコイツ!? チキンステーキにすんぞ!?
「コカシャモも無事保護できたし、帰って丸洗いをして薬かなー。苦くてもちゃんと飲まないと体の中からカビだらけになるからな」
「ゴゲゲゲゲッ!?」
クソ鶏はすっかりエリュオン信者になってしまったようだ。
まぁ、保護したのはエリュオンで俺はなんもしていないからな。別にこの性格が歪んでいそうなニワトリに好かれても嬉しくないし。
「それにしても、ずいぶん奥まできちまったな。ちょっと進めば町の外の川に合流するから、そっち経由で戻るほうが早そうだ」
クソ鶏め、ずいぶん遠くまで入り込みやがって、戻るのが面倒くさいじゃないか。
「そうだな、水路の中は狭いし臭いし、外から帰るほうがいいや」
そうと決まったらさっさと水路から出て、ニワトリを引き渡してお家へ帰ろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます