第29話◆地下水路は俺の庭

「おい、大丈夫か? 何があった?」

 何となく予想はできるが、声を掛けながらテイマー君達の方へ駆け寄った。

「あ、ユーグさん。ニワトリを見つけたので捕まえようとしたら、風魔法で足払いをされちゃって逃げられちゃいました」

 ははは、ニワトリごときに足払いをくらうなんてCランクはまだ先だな!!

 それにしても、彼らはけっして弱いパーティーではないのに、纏めて足元を掬われたのか。

 となると俺達が追っている尻尾の長いコケーッか?


「それは尻尾の長いやつか?」

「ええ、そうです。ちょっと太ったやつですね。くそ、ニワトリのくせに!」

 やはりアイツだ。

「どっちに行ったかわかるか? アイツは俺とエリュオンで追うから、君達は他のコカシャモの捕獲を頼む」

「あそこの用水路に飛び降りて、地下水路のトンネルの方へ行きました」

 マジかよ!

 テイマー君が指差したのは、町の中を流れる大きな用水路。

 この町の水路は立体構造になっており、地上を流れる水路の他に地下を流れる下水処理用の水路もある。


 地下水路には下水を処理するためのスライムが放されているため、スライムの巣窟となっている。

 スライムは町に上がって来ない仕組みにはなっているが、地上を流れる用水路は雨水を逃がすため地下水路を繋がっており、地下水路の掃除のための通路もあるので、そこから地下水路に入ることはできる。


 ちなみに地下水路の掃除も冒険者ギルドの仕事で、低ランクのうちはほとんどの冒険者がやるので、この町出身の冒険者ならほぼ地下水路の構造を記憶している。

 もちろんギルド職員の俺も人が足りなければ地下水路の掃除くらいやるので、地下水路は俺の庭みたいなものである。

 もちろんエリュオンも俺と同じ地下水路マスターである。

 ふははははははっ! そんなところに逃げ込んだとなると、もう俺達の勝利だな!!


「えー……地下水路はアスの毛が汚れるし、ワールウィンドも動きにくいから嫌なんだけど? これ、俺も行かないとダメなやつ?」

 ダメなやつに決まってんだろ!!

 いや、俺一人で行かせないで!! 時間外労働は一人だと寂しいのだ!!

「人気のペットサロンでアスの手入れを経費扱いにしていいぞ。ついでにワールウィンドのもお手入れしてもらうといい」

 うむ、これくらいなら経費で落とせるぞ。

「はー、しょうがないなぁ」

 しょうがないと言いつつ、わりと嬉しそうな顔になっているぞ。

 お前のそういう現金なところと、なんだかんだで残業に付き合ってくれるところ、信用しているぞ!!


 小さな動物や子供なら町を流れる用水路から分岐している水路から入ることができるが、成人男性の俺達、そして大型の狼であるアスは清掃用の入り口から入らなければならない。

 地下水路はスライム類の他に、下水で栄養を吸収してスクスク育ってしまった虫やネズミもいるので、人が通れる出入り口は魔道具で封鎖されている。

 その魔道具は認証式の施錠で、冒険者が依頼で地下水路に入る時は、冒険者カードに一時的に解錠の権限が登録されるようになっている。

 ギルド職員である俺の冒険者カードには職員権限も登録されているので、それでいつでも入り口を開けることができるのだ。

 もちろん、解錠の記録は残るのでこの権限を悪用するとバレてしまう。

 清掃用の出入り口は用水路沿いに何カ所かあり、一番近くの出入り口へと向かった。




 川沿いに立てられた小さなレンガ作りの倉庫のような建物。

 その封を解除して、扉を開けると建物の中には地下に降りる階段が見えた。

 この建物には魔物避けと小動物避けが施されており、万が一地下からスライムやネズミや虫が上がって来ても、ここからは出ることができない。


 小屋の中は地下水路から上がってくる湿気でじっとりとし、下水とカビの臭いで満ちている。

「あー、この水路の嫌な湿気と臭い久しぶり。ランクが上がったから来ることはないと思ってたよ。もう道はほとんど覚えてないなぁ」

 ムワッとした小屋の空気にエリュオンが鼻に手を当てている。

「町の地下水路の道くらい暗記するのはギルド職員の嗜みだ、任せろ」

 先月も二回来たしな。

 ……やめよう、思い出すと闇が溢れる。


 照明の魔道具を首から吊るし汚いところで作業する用のマスクを付けてから、階段を下り地下水路に入ると、マスクの上からだというのに下水とカビの臭いを強く感じた。

 足元は石造りだが湿ってコケが生えており、水路から飛び散った水やヘドロもあり非常に滑りやすく、時々スライムがうぞうぞと這っている。

「さっさとあのクソニワトリ捕まえてここから出て、綺麗にしてあげるからちょっとだけ我慢だよ」

 俺達と違って靴を履いていないアスをエリュオンが撫でながら機嫌を取っている。

 銀色の毛なのでニワトリを捕獲して帰る頃には真っ黒になっていそうだな。

 少し申し訳ない気はするが、ペットサロンで許してくれ。


「しっかし、水路の中は細かい気配が多いからニワトリなんて小型の生き物を探すのは苦労しそうだな。こうしている間に地上に戻ってる可能性もあるし」

 大型の魔物はいないが、スライム系の魔物や小さな生き物はうじゃうじゃといるため気配を探しにくい。

 水も流れているので音は聞こえにくく、聞こえたとしても複雑な構造の中あちこち反響して、発生源なんかわかったものではない。

 そして臭い。アスの鼻に頼るのも無理そうだなぁ。

 それをわかっていてここに逃げ込んだのなら、無駄に賢いニワトリ野郎である。

 しかし、いかに賢いニワトリとはいえ、初見でこの複雑な構造の地下水路の中を迷わず進むのは難しいだろう。

 さらに至る所で、成長したスライムが獲物を待ち構えている。


 スライムは何でも食べるため汚物や下水処理に向いており、このようにスライムを利用した下水処理施設が町の地下にあるのは珍しくない。

 しかし、"なんでも"食べるという"なんでも"には生き物も含まれている。

 自分の体で包み込めるものなら、包み込んで分解して取り込んでしまうのがスライムである。

 大きくなりすぎると非常に危険なので、月に二回冒険者ギルド主導でスライムの掃討を兼ねた大がかりな掃除が行われている。

 それでも複雑な構造の水路であるため、駆除されず生き残り大きく成長する個体もいるので安心できない。

 なおコカシャモ程度ならペロッと取り込んでしまうサイズのスライムは結構残っている。

 美味しく召し上がられていないといいなぁ。


「とりあえず、コカシャモが地下水路に降りたって辺りまで行ってみるか」

 この町に配属されて依頼、ほぼ毎回なんらかのトラブルで水路掃除に駆り出されていたラウルスの地下水路マスターの俺にとって、あのコカシャモが地下水路の入った場所くらいだいた見当が付く。

 かくして、クソコカシャモを探して水路脇の作業用の通路を進み始めた。




 地下水路の主な住人はスライム類やネズミや虫なのだが、それ以外にもカビやヘドロの魔物もいる。

 この辺はカビやヘドロが魔力を吸収して魔物化してしまったもので、知能はなくただ本能で小型の生き物や汚物を捕食するスライムに近い存在だ。

 ただカビは胞子を飛ばしてくるし、ヘドロは汚い水や泥を飛ばしてくるのであまり気持ちのいい存在ではない。

 体がカビやヘドロでできているため、スライムほど巨大化しやすくないのは幸いである。


 ちなみにスライムもカビもヘドロも非常に燃えやすい。ぶっちゃけ小さな炎を出せる程度の魔法が使えれば誰でも倒せる。

 だがこんな閉鎖された空間での炎の使用は大変危険である。

 よく燃えるということは炎が大きくなりやすく、付近に同じような魔物がいれば次々に連鎖していく。

 もちろん火を付けられた魔物は逃げるので、一瞬で焼き殺さなければ火が付いたまま徘徊してどんどん延焼していく。

 狭い通路で火が大きくなれば自分の身も危険である。

 火を使ってスライムやカビやヘドロを倒すのは楽だが事故も多いため、冒険者ギルドでは水路ので無闇な火魔法の使用は控えるように指導している。


 じゃあどうやって倒すかって?

 やつらの体の中にある魔石を取り出すか壊すかすればいい。

 小さな個体には小さな魔石しかないので、上から踏み潰してしまえば楽だ。

 魔石ごと踏み潰すのはもったいない気もするが、どうせ小さいのでたいした金額にならないし、わざわざ回収する時間のほうがもったいない。

 俺ならその時間で働くか家で寝るな!!

 踏み潰した魔石分、時間を節約したのだ。"時は金なり"とどっかの国の冒険者が言っていた。まさにその通りである。


 コカシャモが地下水路に入ったと思われる地点を目指して歩き始め、そこに近付いた頃その痕跡を見つけることができた。

「これ、ニワトリの足跡か。あっちから来てそこの道を曲がっていったのかな」

「あっちは町の外の川に出る方だな。あんのクソ鳥、町の外を目指しているのか?」

 湿った泥に覆われた床に残る鳥の足跡を見つけ、その足跡の向かう先を予想する。

 無駄に賢いニワトリであるが、所詮は人に飼われること前提に生み出されたDランク程度の生き物だ。町の外に出れば食物連鎖の下位になる。

 いいや、この水路でもすでに捕食される側だろう。



「コケエエエエエエエッ!!」



 早く捕まえないと水路のスライムちゃん達の夜食になってしまいそうだなと思っていたら、足跡の続く先から甲高いニワトリの鳴き声が聞こえてきた。

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