第12話◆夜勤のお仕事
「わざわざ棺桶に血を入れておくなんて、ホント頭おかしいって思うじゃん? 棺桶じゃなくてバケツでよくない? 伝統だからバケツじゃなくて棺桶使えとか、爺どもはいちいちうるさいんだよなぁ。片手に自分の頭を持ってるのに棺桶とか持ち難いつーの。そもそも人んちに夜中にいって棺桶で血なんかぶっかける必要ある? あれ集めるのめんどくさいし、ぶっちゃけ適当な魔物の血だし、伝統もくそもないよな」
などとデュラハンの言い伝えについて陽気に語っているのは、冒険者ギルドのカウンターの上に居座っているテロスの首である。
デュラハンは死の宣告者とも言われる妖精で、デュラハンが訪れた家には近いうちに死者が出るという。そして、そのデュラハンが家の前に来た時に家の扉を開けると、棺桶にいっぱい入った血を浴びせられるという言い伝えがある
その言い伝えについて、テロスが語っている。深夜の冒険者ギルドの受付カウンターで。
深夜の冒険者ギルドの受付にいる職員は、現在俺一人である。
そして、時間も時間なのでロビーには冒険者はいない。ただ、テロスが忘れて行った生首だけが、カウンターに置いてある。
軽くホラーである。
ていうか、そんな物忘れて行くな!!
忘れて行かれた首は暇なようで、一人ポツンと深夜の冒険者ギルドのカウンターにいる俺に、ひたすら話しかけてくる。
まぁ、夜勤は基本的に暇なので、話し相手がいると眠くならないのはいい。
あー、早くもう一人の夜勤が休憩から戻ってこねーかなぁ。
「てゆーか、頭がここにいていいのか?」
「今日は、町の入口の警備だしな。話ができなくても意思疎通は何とでもなるから、頭なんていらないな。むしろ頭がない方が、人間には効く。それに頭を持ち歩くのはめんどくさい」
出勤前に給料を受け取る為ギルドに立ち寄ったテロスが、カウンターで兜を外して、その時に忘れて行ってしまった中身が、楽しそうに話している。
今日のテロスの首芸の犠牲者に、ちょっとだけ同情した。
頭と体が別々の場所にあっても大丈夫なのかと心配になるが、そこは大丈夫らしい。どういう仕組みになってんだ!?
曰く、胴体の方は心の目で周囲を見ているらしい。まぁ、テロスの馬も頭ないしな。頭なくても見えるのだろう。
気にしたら負けだ。この世には人間が知らない事なんて無数にあるのだ。
冒険者ギルドには休みがなく、夜も稼働している為、ギルドの職員には交代で夜勤がある。
今日は俺が夜勤の日だ。
冒険者ギルドは夜間もずっと開いているが、深夜は人の出入りは少ない。安全面の関係で受付は基本的に二人以上の体制だが、休憩を回す時には一人になる事もある。
深夜なので、人員の手配や、依頼主とのやり取りもない時間で、受付カウンターで留守番が主な仕事だ。
何もしないと眠くなる為、書類整理や翌日の仕事の準備などをして過ごす事が多い。
冒険者や依頼主からの連絡もほとんどなく、基本的に暇で平和な時間である。
ただし、何か連絡が来た時は、ほぼめんどくさいトラブルの為、油断はできない。
「ユーグさん休憩どうぞー」
「お、じゃあ行ってくるか」
休憩に行っていたもう一人の夜勤の職員が戻って来たので、俺が休憩の番だ。
「ユーグは休憩か。俺もそろそろ休憩の時間だな」
カウンターにいるテロスの首が言う。
いや、お前ずっとそこで喋ってるだけだよな? 胴体の方は働いてるかもしれないが。
「胴体の方が?」
「今日は首を忘れたから、胴体で働きながら、首から上はずっと休憩みたいなもんだけどな。働きながら休憩ができて、デュラハンは便利だぞ。ギルド職員は忙しいのだろ? どうだ、デュラハンになってみるか?」
働きながら休憩できるのは便利な気がする……本当に便利なのか!? いやいやいやいや、デュラハンになるのは遠慮したいし、ディラハンってなろうと思ってなれるものか!?
「いや、それは遠慮しとくかな……。とりあえず休憩に行ってくる」
この、よくしゃべる首は夜勤の同僚に任せて、俺は休憩に行ってこよう。
休憩室でのんびりしていると受付の方から、野太い悲鳴が聞こえて来た。
テロスの首芸を知らない冒険者が来て、カウンターの生首に驚いたのかな?
まぁ、夜の冒険者ギルドは人員が少なく、時々頭の悪い強盗が押し入って来る事もある為、一応様子を見に行くか。
冒険者ギルドには冒険者に支払う報酬用の金や、倉庫には稀少な素材も置いてあるし、受付カウンターに併設されている売店には高額な装備や消耗品も置いてある。
夜間の冒険者ギルドは、受付カウンター周辺しか一般には解放されていないが、受付には職員が少数だけの為、警備があまく見えるのか、ごく稀に深夜の冒険者ギルドに押し入る強盗がいる。
もちろん職員はその辺の強盗相手に出遅れるほど弱くないし、冒険者ギルドの建物内には非常時に備えて防犯対策がされている。
ポチっと魔道具を起動すれば、入口は封鎖されるしカウンターには結界が張られ、侵入できなくなる為、ロビーに人のいない深夜帯に強盗が入っても、ロビーに閉じ込められるだけである。
どちらかと言うと、ロビーに人が多い時間に押し入って、無差別に暴れられる方が、負傷者が出てしまう可能性が高い。
冒険者ギルドに強盗に入る馬鹿なんて早々いないだろー、なんて思いながら休憩室を出て受付カウンターに戻ると、小汚い冒険者風の男たちが四人ほど倒れていて、その周りをテロスの首がピョンピョンと跳ねている。
んんん!? テロスの首芸にビビッて失神したという感じではないな?
「他所から来た冒険者パーティーを装った強盗っぽかったのですが、テロスさんにびっくりしてパニックになってるうちに、テロスさんがやっちゃいました」
あー……察し。生首にビビッた相手を、魔法で無力化させたのだろう。さすがAランク冒険者、首だけでも強い。
冒険者ギルドに押し入った時点で、成功率はほぼゼロだと思うのだが、今日はテロスが首をギルドに忘れて行っていたから、更に運が悪かったな。
まぁ、未遂だから真面目に服役したら出て来れるはずだし、反省して更生しろ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます