第11話◆ラウルスの名物冒険者

 暗闇に馬の嘶きが響き、背後からパカパカという馬の足音と共に、軍馬よりも更に一回り以上大きい真っ黒な馬に乗った冒険者が姿を現した。


 その姿は彼が冒険者だと知らなければ、そうとはわからないだろう。

 冒険者には珍しい、重々しい金属の甲冑で頭から足まで、全身を固めている。その色は、彼の乗っている馬と同じ真っ黒。

 そしてその馬も、頭から上半身にかけて真っ黒な金属製の防具で固めており、頭部もすっぽりと馬の形の兜で覆われている。

 その風貌は、冒険者というより騎士と言った方がしっくりくる。

 しかし、その色は闇のように黒く、騎士は騎士でも黒騎士という言葉が似あう。


 彼こそが、夜間の戦闘を得意とする冒険者――テロスだ。

「悪ぃ、遅くなった!」

 威圧感のある漆黒の甲冑からとは思えぬ、妙に明るくて軽い声がした。

「いや、助かる。俺達だけだと詰んでたところだ」

 夜間の戦闘になる可能性があったので、念の為に暗闇の中で行動に特化した彼に、応援を頼むよう、俺がギルドに伝えていたのだ。

「いんや、いいよー。ヒドラだっけ? 夜のヒドラは人間にはきついっしょ? 後は俺に任せておけ」

「ああ、よろしく頼む。必要があれば援護する。ヒドラはすでにかなり成長していて、首も多く長さも長い。自ら首を食いちぎって成長したようだ。知能も高く用心深い、気を付けてくれ」

「りょっかーい」

 軽い口調の返事が返って来て、真っ黒い甲冑を乗せた真っ黒い馬が、湿地へ向かって走り出した。



 冒険者ギルドは、意思の疎通ができ、活動する地域の法を守る意思があるのなら、誰でも登録できる。

 そう、誰でもだ。

 冒険者ギルドは常に人手不足なのだ。

 意思疎通ができて、法を犯さないのなら誰でもいい。人間であろうとそうじゃなかろうと。


 冒険者ギルドは人間が創設した組織で、その窓口のほとんどが人間の町にある為、登録者は人間が圧倒的に多いが、人間でなくても登録ができる。

 人間よりはるかに身体能力に長けた種族は多く存在する。意思疎通ができて規律を守ることができ、人間より強い種族なんて大歓迎である。

 人間以外にはエルフやドワーフといった亜人種や獣人の登録が多い。ここら辺の種族は人間との交流が多く、人間の多い町に住んでいる者もいる。

 キルキルもエルフだが、人間の町に住みついて冒険者として活動している。彼のようなエルフはわりと多いし、エルフは魔力が高く魔法の扱いにも長けている為、魔法使いとして非常に優秀で、冒険者ギルドとしてはとてもありがたい存在だ。


 真っ黒な甲冑を身にまとい、真っ黒な馬に跨り、騎士のような風貌で夜間の活動を好む彼も人間ではない。

 湿地に向かって走り出したテロスに向かって、湿地の草むらから大型の蛇が複数飛びかかって来た。

 テロスはそれを避けようともせず、長剣を抜いてとびかかって来る蛇を切り捨てる。その剣には黒い炎が纏わり付いており、蛇の首を切った端から、その切り口が焼けて爛れていっている。

 一つの首がテロスの攻撃を掻い潜り、テロスの頭部を飲み込むように嚙みついた。しかしテロスはそれを気に留める事なく、その蛇の首を切り落とす。

 切り落とされた首が地面に落ちる時、蛇の頭はまるでまだ意思でもあるかのように、テロスの頭に食いついまま重力に従って地面に落ちていった。


 ポロリ。


 蛇の頭が食いついたままのテロスの兜が外れ、蛇と一緒に地面へと落下した。

 いや、落ちたのは兜だけではない、テロスの首から上、全てだ。

 大きな黒い馬の上には、首から上のない甲冑だけが乗っていた。


「おっと」


 蛇の頭が嚙みついたままの兜の中から声がして、兜の中身が跳ねるように馬に乗る甲冑の元に戻り、剣を持っていない左腕の中に、抱えられるようにスポッと収まった。


「やはり、首の上では収まりが悪いな」


 テロスの左の小脇に収まった、兜の中身――テロスの頭部が陽気な口調で喋った。

 死人のように白い肌に、少し癖のある真っ黒い髪、生首だというのに生気にあふれた真っ赤な瞳。その顔立ちが、無駄に整っているのがなんだか悔しい。


「テロスの首芸はいつ見ても面白いよねー。相手が魔物だと驚いてくれないのが残念だけど」

 キルキルはテロスの、捥げる首がお気に入りである。

「知らない奴が見たら、軽く漏らす芸だけどな」


 テロスに会って初めてこの首芸を見せられて、驚かない者の方が少ない。泣き出す者や粗相をしそうになる者もいる。

 軽いトラウマレベルの芸なので、知らない人には手加減しろと言っているのだが、ラウスルの冒険者ギルドに来て、夜間の依頼でこの男と同じ現場になった者は、この首芸の洗礼を受ける事になる。

 質の悪い事に、テロス自身がそれを楽しんでやっている。

 彼を知っている者からすれば、その様子は名物みたいなものなのだが、初見の者の心に深い傷を残しそうだから、やめて差し上げろ。

 もちろん俺もラウルスに赴任して来て早々、この首芸の洗礼を食らって腰を抜かした。


 首がポロリととれる芸を持つ陽気な男テロスは、デュラハンと呼ばれる妖精である。

 夜の戦闘を得意とする、ラウスル支部で唯一のAランク冒険者テロス――その正体は死の宣告者とも呼ばれるデュラハンである。

 冒険者ギルドは意思疎通ができ、法を守る意思があるなら誰でも登録する事ができる。

 それは、妖精でも例外ではない。

 冒険者ギルドは、やる気のある強い者は、いつでも誰でも大歓迎だ。


「行くよー、シュタバー」

 テロスが陽気な声で愛馬の名を呼ぶと、名を呼ばれた馬が嘶きブルブルと頭を振った。馬が被っていた兜がガラリと崩れるように外れて、バラバラと地面に落ちた。

 テロスの乗る馬も、彼と同様に首のない馬である。

「やっぱ、頭なんて飾りなんだよなー。それじゃあ、思い上がった蛇に死の恐怖を届けてあげようか」

 首のない真っ黒な馬に、首のない真っ黒な甲冑騎手。闇を纏った彼らは、一見すると死神にすら見える。

 実際そういう存在なのだろうが、このテロスというデュラハンが、特殊すぎるだけだと俺は思っている。


 湿地の暗い闇の中に消えていく首無しの甲冑の背中を見ながら、今日の報告書の内容を頭の中で纏め始めた。

「彼奴を初めて見てから五十年近く経つが、何度も助けられて、この年まで生きとるしのぉ。死の宣告者ではなく縁起物と言った方が似合いそうじゃのぉ」

 いや、どんな縁起物だよ!? って、あのデュラハンそんな昔からいたのか!? それはもうラウルス支部名物にしてもいいな!?

 ……いや、よくないな。

「彼には日頃から何度も助けられているしなぁ。一緒に戦う方からしたら、死の宣告者とは程遠い存在だね」

「まぁ、彼と敵対する者にとっては死の宣告者かもしれないがな」


 そんな話をしているうちに、大きく成長したヒドラの死体を引きずってテロスが戻って来た。




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