第10話◆闇より来る者
「湿地の奥の方は植物の密度が高くて、明かりがあってもさっぱりわからないな、って、うわっ! 火の玉が飛んできた」
湿地の上空を巨大化したルフに乗って飛ぶエリュオンの声が、風の精霊によって届けられる。今日は小さな女の子の姿をした風の精霊だ。
湿地の奥の方を見ると、空に向かって炎が伸びており、その炎に照らされて、蛇の首が湿地に繁る植物の上から首を出しているのが確認出来た。
炎の先には、湿地の上空を旋回する巨鳥の影が見える。
上空から本体を探しているエリュオンを、ヒドラが攻撃したようだ。幸いエリュオンの位置まで炎は届いていないようだ。
「高度を下げれば見つけられるかもしれないけど、これ以上は蛇が突然飛び出して来た時に避けきれない」
「ああ、無理はするな。安全な位置からわかる範囲でいい」
ヒドラの正確な位置を掴みたいが、安全が最優先である。
「ふむぅ、用心深いやつじゃのぉ。攻撃しとる首と本体の場所は離れておるのぉ。あの場所におると思って踏み込めば、伸している他の首に視界の悪い中で囲まれる事になるのぉ」
エリュオンを攻撃した首の位置は、俺達のいる湿地の入り口付近から離れた奥の方で、本体もまた別の場所らしい。
日も暮れて真っ暗な上に植物の密度が高く、足場も悪い湿地の奥に踏み込むのは危険過ぎる。
「これ、僕らだけじゃ無理だよね? 明日に回した方がよくない?」
「そうじゃな、用心深いのようじゃし、深追いするとこっちが食われるじゃろて」
キルキルとザーパトの言う通りである。俺達だけでは二匹目のヒドラを駆除するのは難しい。
成長したヒドラが二匹いたことも予想外だったが、二匹目が想像以上に用心深い。一匹仕留めたから更に警戒しているのだろう。
先ほどまで近くに多くあった蛇の気配が、様子を見ているだけの少数を残して、ほとんど無くなっている。
まるで、こちらを湿地の中へと誘っているかのようである。
湿地の奥にいる首は、空中から胴体を探しているエリュオンを警戒しているようで、時折湿地の植物の中から魔法が空中に向かって放たれている。
その位置から察するに、かなり長い首に成長したヒドラで、その首の数も一匹目よりも多そうだ。
「夜の行動に特化した冒険者に応援を依頼している、彼が到着したらおそらく決着が付く」
湿地での夜戦になる可能性を考えて、夜戦の得意な冒険者を手配しておいて正解だった。
「あー、アイツ?」
「そ、アイツ」
まだ到着はしていないが、彼が来れば明日を待たずに決着が付くだろう。
時々湿地の奥の方でピカピカと赤い光が見える。
ヒドラが時々、上空にいるエリュオンに向かって、炎を吐いているようだ。その炎に照らされて見えるヒドラの首が、先ほどより幾分大きくなったような気がする。
湿地の植物の中から複数のヒドラが首を伸ばし、エリュオンを狙っている。そこから吐き出される炎を、エリュオンの乗ったルフがヒラヒラと躱している。
「むぅ、マズいかもしらんな。あの、魔物使いはそろそろ戻った方がいいぞ。あのヒドラ、自らで首を食いちぎって成長しておるぞ」
ザーパトが険しい顔をして、空中をヒラヒラと舞うエリュオンの乗ったルフを目で追っている。
ヒドラの吐く炎に照らされて見える首が大きくなっているように見えたのは、どうやら気のせいではなかったようだ。
先の個体より用心深いと思っていたが、自ら首をちぎり成長を早める知能まであるのか。厄介だな。
「わかった、戻るように伝えよう。エリュオン、戻って来れるか?」
俺の肩にとまっている風の精霊ごしに、エリュオンに話しかけた。
「ああ、ヒドラの攻撃が増えて、キツくなってきたからそろそろ戻る。えっ!?」
その直後、湿原から今まで一番大きな蛇が首を伸ばして、エリュオンの乗るルフに迫るのが見えた。
ルフが急上昇してそれを躱すと、そのルフを追尾するように蛇の首がさらに伸び、放射状に炎を吐きだすのが見えた。
ヒドラの吐き出した炎がルフの目の前まで迫った時、炎からルフを守るように光の壁が展開された。
ヒヤッとしたが、エリュオンの防御魔法がギリギリで間に合ったようだ。
「あっぶなっ!」
風の精霊越しにエリュオンの声が聞こえてきた。
エリュオンは魔物使いであると同時に、優秀なヒーラーでもある。防御魔法が間に合わなかったら、ヒドラのいる真っ暗い湿地に落ちていたかもしれない。
偵察を諦めて、ヒドラの攻撃の届かない高さを保ちながら、エリュオンの乗ったルフがこちらに向かって来た。
こちらに向かってくるエリュオンの後ろには、すっかり暗くなった空に星が瞬いているのが見えた。
突然その星空に、まるで真っ黒いインクをこぼしたかのように、闇が広がり星が全く見えなくった。
そして、周囲を照らす為にキルキルが呼んだ光の精霊が、何かにおびえたように姿を消し始め、視界が狭まり暗闇が間近に迫って来たような感覚になった。
エリュオンが俺たちの場所に戻ってくる頃には、残ってる光の精霊はほとんどいなくなり、残った数匹が俺たちの周りを薄い光で照らすだけになった。いつの間にか俺の肩にいた風の精霊も姿を消している。
その精霊たちも、不安げですぐにでも逃げだしたいような雰囲気で、弱い光をチラチラと照らすだけだった。
「闇に乗じてヒドラがこっちに来とるようじゃの」
サワサワと風が植物を揺らす音に紛れて、無数の蛇の気配が近づいて来るのを感じる。
植物が風で揺れる音に紛れて、暗闇の中から異質な音が聞こえ始めた。
その音に怯え最後まで残っていた光の精霊が姿を消し、残っている明かりはのはザーパトさんが持っている、照明用の魔道具だけだ。
サワサワという音に紛れて聞こえて来たのは、地面を蹴る馬の蹄の音。
そして、馬の嘶きが暗い夜の湿原に響き渡った。
「来たか」
ヒドラも近づいて来たようだが、応援の冒険者も到着したようだ。
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