第9話◆爺さん凄い

「思ったより多いな」


 首を一つ切れば二つになる。二つ切れば四つに、四つ切れば八つに。

 ヒドラと気付く前に、どれだけの蛇の首が知らずに切られたわからないが、背の高い草の隙間に、数えるのが嫌になる程の蛇の頭が見える。

 その太さはもう、人間くらい簡単に丸呑み出来るサイズにまでなっている。


「随分大きゅうなっとるのぉ。体が大きゅうなって、気も大きゅうなったのか、本体も近づいて来よるのぉ」

 ヒドラの首が多いせいで気配が分散して、俺には本体の気配が未だ掴めない。ザーパトの爺さん凄くないか!? 俺にはわからないぞ!?

 ヒドラの厄介なところはこれである。首にあたる蛇の部分が長く、更に数も多い為、蛇の部分が広範囲で動き回ると、本体の位置を探るのが非常に難しいのだ。


「近づいて来てるのは一匹だけか?」

「そうじゃの、もう一匹は用心深いのか、湿地の奥の方から首だけ伸ばして来とるのぉ」

 となると、近くまで来ている方を先にやってしまおう。二匹同時ではなかったのは、こちらとしては助かった。


 草むらごと焼き払えば、ヒドラの本体を見つけ出すのは簡単だが、そんな事をしてしまうと湿地に住んでいる他の魔物が住み処を失って、湿地から溢れ出してしまう事になる為、焼き払う作戦はできない。

 本体を見つけ出し、魔石を破壊するか抜き取ってしまうのが、周囲に被害が少なく確実な倒し方だ。


「下手に首だけ切って焼き続けると、警戒されて湿地の奥に引っ込まれたら厄介だ。引きつけて本体を引っ張りだすぞ。ザーパトさんは安全なとこまで下がっていて下さい」

「ほいほい、年寄りは邪魔にならんとこに行っとくよ」

 エリュオンとキルキルに指示を出して、自分も蛇の頭が見える草むらから距離を取る。

 俺達が蛇が潜んでいると草むらから離れると、ぬるりと蛇の頭がいくつも草むらから顔を出した。随分と強気なヒドラだ。

 大きさも数も中々えげつない。

 俺達が下がれば下がるほど、蛇の頭は前に出てくる。飛びかかってきても対応出来るように、体は蛇の方へ向けたまま目を離さずジリジリと後ろに下がる。

 あちこちでガサガサと植物が揺れている。そこが蛇の首のある場所で、そのどこかにヒドラの胴体があるはずだ。

 いいぞ、そのまま釣られて出て来い。


「もうそこの草むらまで本体が来とるぞい。あそこの、草の揺れ方が違うとこじゃ。しかし、さすがに警戒しとるの。おそらく本体は草むらから出てこないじゃろ」

 俺の後ろからザーパトさんが草むらを指差した。

 やべぇ、他の草と見分けつかねぇ。


「少し草を刈れるか? 多少なら蛇を巻き込んでも問題ない」

「了解! キルキルは光の精霊を使ってるから、俺がやろう。ワールウィンド!」

 エリュオンが使役しているルフの名を呼ぶと、小鳥の姿でエリュオンの肩にとまっていたワールウィンドが、鷹ほどの大きさになりバサバサと羽ばたいた。

 ワールウィンドの羽ばたきで風の刃が発生し、ザーパトが指差した辺りと俺達の間に生えている植物を刈り取った。その際、巻き込まれた蛇の首が飛ぶのが見えたが、本体を見つけ出す事を優先したいので、多少首が増えるのは気にしない。

「アス、頼んだ!」

 エリュオンが使役している狼の魔物の名前を呼ぶと、名を呼ばれた狼が駆け出し、俺達から近い位置にある、頭部を失った蛇の切り口を、口から炎を吐き出し素早く焼いていった。おかげで蛇の頭は、思ったより増えなくて済んだ。

 そして草が刈り取られ、ヒドラの本体を目視する事ができた。

 胴体の大きさは仔牛程度で、首の数は残り三十本弱か? 思ったより少ないな。


 潜んでいた草むらを刈られ、本体をさらけ出す事になったヒドラが、残っている草むらに逃げ込もうとする。

 このまま草むらに逃げ込まれると、視界の悪い中、毒蛇の奇襲を警戒しながら本体を探す事になる。できればそれは避けたい。

 しかし、俺達と本体の距離は離れており、身体強化魔法を使って距離を詰めたとしても、本体が草むらに逃げ込む方が早いだろうし、距離を詰める間に蛇が襲いかかって来る事が予想される。

 だが、そんな事で討伐対象を逃がしていたら、冒険者ギルドの職員なんてやっていられない。


「逃がさねえよ」

 すっかり暗くなった周囲にキルキルの出した光の精霊が舞い、地面にはその光に照らされたものの陰が落ちている。

 トプンッ!

 闇属性の魔法を使い、地面にできた自分の影の中に身を沈めた。


 影渡り。

 自分の影から、目視範囲の別の影まで一瞬で移動する、闇属性の魔法である。


 俺は、影渡りの魔法で自分の影からヒドラの胴体の影まで一瞬で移動し、魔石があると思われる首の付け根部分に剣を突き刺し、魔石を抉り出した。

 それにより、周囲に伸びていた首が纏めて地面に崩れ落ちた。

 ヒドラが全ての首を伸ばしていた為、反撃に遭うことなくあっさりと魔石を取り出して、討伐完了。

 何本かまだ動いている首が、スルスルと草むらに引っ込んでいくのが見え、もう一匹成長したヒドラがいる事が裏付けられる。

 

 倒したヒドラは首まで入れると少々大きいが、素材はとてもいい値段で取り引きされる為しっかり回収して帰る。

 もう一匹のヒドラを警戒しながら、闇属性の魔法で自分の影の中に、倒したヒドラの死体を入れておく。

 自分の影がある場所ならどこでも出し入れ可能な、便利な収納魔法だ。ただし、魔力の消費が激しい為、大型の物を長時間突っ込んでおくと、とても疲れる。さっさと帰ってこのヒドラの死体を放出したい。


 影渡りもそうだが、闇魔法のほとんどは魔力の消費が多く燃費が悪い。

 俺は闇魔法以外の属性は適性が低い為、他の属性魔法を使うにも魔力の消費が激しく、闇魔法以外の魔法はあまり使わない。

 闇魔法以外の適性低すぎて、燃費の悪い闇魔法の方が消費魔力が少ないくらいだ。つまり、闇属性以外の魔法は苦手なのだ。

 ヒドラを回収したこともありガッツリと魔力を持って行かれたので、魔力回復のポーションを取り出して飲んだ。


 一匹目があっさりと終わり、残り一匹。

 ザーパトの爺さんによれば、もう一匹は用心深く、湿地の奥の方にいるようだし、どうしたもんかなぁ。

 ぶっちゃけ、帰りたい。


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