第8話◆切ると増える

 始まりは一匹の蛇だった。

 エルダーフロッグのオタマジャクシを駆除していたEランクの冒険者が、沼地の傍の草むらから首を出している蛇に気付き、その首を刎ねて処理をした。

 少し大きい程度で、特に強い蛇でもなかった為、特に気に留める事もなくそのまま死体を放置したそうだ。

 しばらくすると、同じ種の蛇が草むらから再び現れた。今度は二匹に増えていた。Eランクの冒険者は先ほどと同じ様に、特に気にする事なく、その蛇の首を落として放置した。

 素材として売れる物なら死体を回収していたのだろうが、何の変哲もない蛇だった為そのまま放置したと言う。多少大きいくらいの蛇程度の死体なら、放置しても野生動物や小さな魔物が処理をするから問題ない。

 オタマジャクシの処理で忙しいので、蛇なんて構っている暇はない。討伐数が多い程、冒険者達の給料は増えるのだ。その為、倒した蛇などに構っている暇はなく、蛇は放置された。

 その日は、このEランクの冒険者がいた場所だけではなく、他の場所でも蛇が多く見られたと言う。


 エルダーフロッグは植物の密度が高い湿地帯を好む。その子供のオタマジャクシは、その湿地の中でも沼のようになっている場所に集まっている。

 そして、エルダーフロッグの生息域には、それを餌とする魔物も棲んでいる。エルダーフロッグの天敵には蛇系の魔物が多く、その日は湿地の各所で蛇系の魔物が目撃され、駆除されていたが誰も気にする事はなかった。


 違和感に気付いたのは、ザーパトというDランクの冒険者。あの耳の遠い、元Aランクのお爺ちゃん冒険者だ。

 Eランクの冒険者が二匹の蛇を倒してしばらくして、萎れた草の陰から同じ種の蛇が現れた。しかしその蛇は、先ほどの蛇より胴の太さが倍以上になり、かなり大型の蛇だった。そこで、ザーパトが違和感に気付き、蛇の首を切った後その切り口を炎で焼き、首を落とした蛇の胴体を辿った。

 すると、胴体は草むらの奥から出て来ており尻尾が確認できなかった。更に周囲には、三匹の大型の蛇がいるのが見えた。ザーパトはそれも首を落とし、その切り口を火で焼いた。そのどれもが胴体は草むらの奥から出て来ており、引っ張ってみたが何かに固定されたようにピンと張って、引きずり出して尻尾を確認する事は出来なかった。

 足元の水を見ると、殺した蛇の血で水が少し濁っていたと言う。


 そこでザーパドがこの蛇は初期ヒドラだと確信、周囲の冒険者に即座に避難を促したのだが、その時すでに湿地のあちこちで蛇が目撃され、冒険者達によって首を切られて放置された後だった。

 ヒドラの件はすぐに、冒険者達のリーダーと役所の担当者に伝えられ、エルダーフロッグの討伐を中断して、見張りだけを残し引き上げる事になった。


 なにせヒドラはBランクの魔物で、Dランクの冒険者中心で編成された、エルダーフロッグの討伐隊では、ヒドラの本体が出て来ると対処が出来ない。

 ヒドラは胴体はさほど大きくなく、四本足の蜥蜴に似た形をしているのだが、首から上は蛇である。首から非常に長い蛇が複数生えており、その蛇状の首を切るとそこら二本の首が生えて更に首が伸びる。つまり首を切れば切る程、首が増えて長くなるのだ。

 胴体部分が本体で、ヒドラを倒すには胴体部分を攻撃するしかない、非常に面倒臭い魔物だ。

 首が少ないうちや、首が本体から離れた場所まで伸びて単独で行動している時はさほど強くない。しかし、ひょっこり姿を見せたヒドラの首を、蛇と勘違いして切ってしまうとそこから増えてしまう。

 首の数の少ないヒドラはこうやって、わざと首を切られて首を増やして自身を強化する。蛇のくせに小賢しい知能を備えている魔物だ。

 首を増やさないようするには、首を切った後その切り口を、新しい首が生える前に焼いてしまわないとならない。

 そして、このヒドラという魔物、牙には毒を持ち、更に毒や炎のブレスを吐いてくる。首の数が増えるほどその毒は強力になり、ヒドラの強さも増す。長寿の個体ともなると魔法を使う事もあり危険な魔物だ。

 そして強化されたヒドラは、その血液さえも猛毒である。


 幸いヒドラの血で湿地が大規模に汚染される前に気付いた事と、ヒドラの本体が冒険者達が集中していた沼地付近には近寄って来ていなかった事で、ヒドラによる負傷者はまだ出ていなかった。

 しかし、ヒドラと気付くまでに、湿地では蛇の目撃が多く、多くの冒険者達が蛇の頭を落としていた。その事から、初期の弱いヒドラが広範囲に首を伸ばして、冒険者達によって首を切られ急速に成長し、相当数まで首が増えている事が予想される為、急遽ヒドラの捜索と討伐が行われる事になった。

 時間はすでに夕方で、空は茜色から深い紫色に変わり始めているのだが、ヒドラの活動は夜に活発になる為、昼に首を増やしたヒドラが動き出し、付近の集落を襲う危険がある。



 湿地の付近まで行くと、数人の冒険者が残って湿地を見張っていた。

 Dランクの冒険者達なのでヒドラを討伐する事は厳しいが、もしヒドラが動き出す気配があれば、早急にギルドと周囲の集落に連絡をする為だ。危険な中残っていてくれた冒険者は覚えたので、後で報酬を上乗せしておこう。

 その冒険者の中には、ザーパトもいた。彼が早い段階でヒドラに気付いてくれたおかげで、人的被害を出す事なく撤退できたのだ。

 あのまま気付かずヒドラの首を切り続けていたら、その血で湿地が汚染されて、毒に犯される冒険者が多く出ていただろう。


「すまない、助かった。後は俺達がやるから、帰って休んでくれ」

 残っていた冒険者達に声をかけて、先に帰るように促す。ヒドラの首の数次第では、戦闘が広範囲になるので彼らを巻き込んでしまう危険がある。

「わしは、一緒に行こうかのぉ。なぁに、ヒドラの本体の場所まで案内するだけじゃ」

 よっこいしょと言って、ザーパトが腰をかけていた石から立ち上がった。

「ザーパトさん、ヒドラの本体の場所がわかるのか?」

「まぁの。衰えても剣を使う者じゃからの。魔物の気配を探るのは得意じゃの。初期ならともかく、ここまで成長したヒドラならわかるわい。まだ草むらの中に潜んでおるが、伸ばした首でお主らが来た事には気付いたようじゃの。首がこっちに向かって来ておるぞ。あそこの草が風向きとは違う方向に揺れておるじゃろ」

 ザーパトが指差した辺りを見るが、俺にはよくわからない。ただ意識すると薄気味悪い視線を感じる。おそらく湿地の草の中から蛇の頭がこちらを見ているのだろう。


「ちなみにヒドラの数は一匹かな?」

「いんや、大きいのは二匹おるな。もしかすると気配を拾えないくらい小型のは、他にもおるかもしらん」

「わかった、とりあえず今回は成長した二匹だな」

 成長前の小型の個体がいるという事は、その卵を産んだ親が、この地域のどこかにいるという事だ。これは今日でなくても、早いうちに見つけ出して、まだ成長していない個体と合わせて討伐しないといけないな。

 人里に近い場所でヒドラは危険すぎる。


 すでに日は落ちかけ、湿地の中は背の高い草がぼうぼうと生えている為、非常に視界が悪く、こんな中で毒を持った蛇と戦うのは不利すぎる。

 その為、夜間の戦闘を得意とする冒険者が応援に来る予定なのだが、まだ到着する気配はない。

 蛇達のじっとりした視線が、いくつもこちらに向けられているのを感じる。成長したヒドラは、更に成長する為積極的に獲物を襲い始める。

 無数の蛇の視線がこちらに向いていると言う事は、俺達を餌と判断したのだろう。

 応援の冒険者が来るより先にヒドラの方が攻撃を仕掛けて来そうだ。


「キルキル、頼むよ」

「はいよー。光の精霊ちゃんよろしくー」

 キルキルがそう言うと、どこからともなく光の玉がいくつも現れて、薄暗い湿地の上空を舞い始めた。

 そしてその光は強くなり、萎れた湿地の草の隙間から無数の蛇の目が、こちらを見ているのを照らし出した。


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