第26話◆増える仕事ちゃん

「で、屋台の勤務が終わって、フラフラと祭りに行って、ひったくりを捕まえた上に、暇そうな子達を冒険者にスカウトして来たって?」

 冒険者ギルドのカウンターで、女性職員アテッサが呆れた顔をしてこちらを見ている。

 建物の外からは祭りの賑やかな音が聞こえて来ているが、陽はすでに落ち夜である。

「まぁ、ついで? たまたま居合わせたから?」

「アンタも仕事好きねぇ……」

 別に好きなわけではない。

 一仕事終えてプライベートな時間で祭りを見て回るついでに、冒険者達の仕事をチラ見して、たまたま見つけた暇そうな若者に声をかけて勧誘していたら、ひったくり犯がこちらに走って来たからつい捕まえただけだ。

 そして、昼間に欠員補充で現場に入って、その後ギルドの夕勤に入っているお前に言われたくない。

 お前も仕事大好きだな!?

 わかる、好きで仕事をしているわけではなく、人が足りないから働かなければいけないだけだ。


「というわけで、彼らは明日から働いてくれるそうだ。登録と手厚い初心者講座を頼んだぞ!!」

 はっはっはっ! 今日は俺はもう勤務時間外だからな!!

 任せたぞ、アテッサ!!

「ちょっと!? さりげなく仕事を増やすのはやめてくれないかしら!?」

 いやー、他人の仕事が増えるというのはなんとも気持ちのいい事だなー。

 さぁて、そろそろ引き上げて飯を食って帰るかー。

 定時で上がれて祭りの雰囲気も味わったし、今日の飯は美味いな!!


「じゃっ! そういう事……」

「アテッサさん大変です、役所からハトが来て……アッ!! ユーグさんいいところにっ!! ユーグさんにも連絡しようと思ってたんですよ!!」

 うっわ、やばい。絶対やばいやつ!!

 話を聞かずに帰ろう。

「あっれーーーー、おかしいなーーーーー。俺のギルド職員カード、魔力切れで伝話機能が起動しないぞー、お家に帰って魔力を補充しないとなぁ」

 うむ、依頼中や戦闘中で呼び出しに反応出来ない時の為の、留守伝モードに切り替えてお家に帰ろう。 

「待ちなさい! 逃がさないわよ!!」

 さっさと逃げようとした俺の左腕が、何かに引っかかりピンッと引っ張られた。

 見れば透明な細い糸が、ギルドロビーの照明の光を反射して、キラリと光った。

 その糸はアテッサの制服の袖口から伸びている。


 くっそ! ラウルス冒険者ギルドの爆弾女……じゃない、罠使いめ!!

「せっかくだから、もうちょっとゆっくりして行きなさいよ。ね? お茶くらい出してあげるから」

 ものすごくいい笑顔でアテッサが、お茶の保存用のポット片手に、袖口から伸びる糸を引っ張った。

 そのお茶、職員なら誰でも飲めるお茶じゃねーか!!!




「役所からのハトですけど、依頼主は花祭りの運営部ですね」

 役所からの連絡を受け取った職員が、その依頼主の名を出す。

 もう、その時点で嫌な予感しかしない。

 もう夜だし、この時間から人の手配なんて、無理寄りの無理!!


 逃げようとしたがアテッサのワイヤートラップで捕縛されてしまい、話を聞くだけだからと私服で受付の中に入って飲み慣れた茶を飲んでいる。

「それで、その様子だと急ぎの内容かしら?」

 昼間現場に出て、もう退勤しているはずの俺にも連絡をしようとしていたのだから、急ぎの仕事である事には間違いないだろう。

 ギルドにいる奴でなんとかなりそうだったら、俺は帰るぞ!!

「それが、祭りに出店していた見世物小屋からニワトリが逃げたらしいんですよね」

 ニワトリ。

「ただニワトリが逃げただけなら、こっちにわざわざ依頼なんてしてこないでしょ。そのニワトリは何なの?」

 だよなー、ただのニワトリが逃げただけで、わざわざ冒険者ギルドに依頼なんかしないよなぁ。

 アテッサが指摘したからではない、俺だってそれくらいの事ちゃんとわかっている。

 だがニワトリなら、俺はもう帰って休んでもいい気がするな。


「コカシャモという、コカトリスと闘鶏を掛け合わせたニワトリですね」

「ああ、聞いた事あるな。農村で魔物や野生動物からニワトリを守る為に、品種改良されたニワトリだよな。コカトリスのように石化能力や毒は持っていないが、闘鶏の小型で強靱な体と激しい気性に、コカトリスの魔力を持っていて、ニワトリの癖に身体強化や魔法を使うんだっけか」


 コカトリスは見た目は大きなの様なニワトリ姿をした魔物で、その尾の部分は蛇の尻尾が生えている。

 そんなコカトリスの最大の特徴は目から放たれる石化光線。更に尻尾には強力な毒があり、その尾に触れただけで毒をもらってしまうという、少々厄介な魔物だ。

 しかし、石化光線の効果はそれほど高くなく、何回も当たらなければ平気だし、毒も何日も放置したとかでなければ死には至らない。

 厄介だがCランク程度の魔物で、性格も魔物にしては大人しい方なので、熟練の冒険者ならあまり苦戦する事もなく倒せる相手である。


 それを賭博や食用で利用される気性の荒い種のニワトリと掛け合わせたのがコカシャモだ。

 本来は魔物や野生動物の被害の多い農村の家畜小屋を守る為に開発された種だが、気性が荒く闘鶏にも向いている為、こうした祭りでは見世物小屋が連れて来ている事もある。

 石化や毒がなく大きさも小型の闘鶏サイズなのでコカトリスよりは弱いが、それでも嘴で突かれたりニワトリキックを食らったりすると、体を鍛えていない者は怪我をしてしまうし、小さな子供なら重傷になりかねない。

 まぁ、それでも賭博用のコカシャモが一匹逃げたくらいなら、足が速く捕まえる時に暴れそうだけれど、それでも目撃情報を頼りに見つけられたらそこまで苦労はしなさそうだな。

 俺が睡眠時間返上して出るような依頼ではないな。


「ええ、そのコカシャモが二十匹ほど、檻を破って逃げたそうです」

 は? にじゅっぴき? は?

「何でそんなにたくさんコカシャモがいるのよ。祭りの見世物小屋規模の闘鶏用ならせいぜい四、五匹でしょ」

「ええ、それが番犬ならぬ番鳥代わりにコカシャモが流行っているようでして? 朝になると鳴くので目覚まし代わりになるとかで、販売用だとかなんとか?」

 番鳥。目覚まし用。

 うむ、仕事ばかりしていると、世の中の流行りがよくわからないからな。

 そうか、今はニワトリが流行っているのか。番鳥? なるほど????

「あ、卵を産ます用として雌も人気あるらしいですよ」

 その情報はいらないなぁ……。

 

「で、依頼はそのニワトリの捕獲よね?」

 おい、こちらを見るな。

「ですね。数が多いので複数に依頼を出したいのですが、この時間にいきなりすぐ仕事行ける人なんて限られてますし、夜に働いてくれる人はほぼ祭りに出払ってますからねぇ」

 だから、こっち見んな。

「そうよねぇ。コカシャモはD-くらいかしら、依頼としたらDランクだしねぇ。Dランクの冒険者はほとんど昼専門なのよねぇ」

 あー、もう!!

「わかった、わかった、とりあえず行くから。人員が見つかり次第よこしてくれ、二十なんて一人で探してると夜が明ける。そうだな、テイマーが大活躍しそうな依頼だな、あのテイマー少年とその彼女達に頼むといい。楽しそうに祭りを回ってたから、ちょっとニワトリと鬼ごっこのイベントだと、言いくるめればやってくれるだろう。ついでにBランクだけどエリュオンも駆り出してしまえ。アイツなら鳥にも詳しいだろ?」

 巻き込める人材は巻き込んじゃうぞおおおおおおお!!

 おう、特に今日、女に囲まれていたお前らだ!!


 ニワトリなんかさっさと捕まえて、明日に備えてお家に帰って寝るの!!


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