第37話◆その判断は間違っていないけれど間違っている

「悪いね、ユーグ。ドッラ・オ・ランタンは町に持ち込み制限があるから、手続きなしで連れ込めなくてギルドまで行けなかったんだ」

「いやいやいやいや、そいつの持ち込み手続きはすぐには無理だぞ? というか安全が確認できない限りどうにもならないぞ」


 手順を踏まずに連れてくると、親や仲間が取り戻しにくる可能性の高い魔物やその子供を町に連れ込む際は、その魔物の安全が証明されなければ町に持ち込むことができない。

 そりゃそうだ、やべー魔物の子供を連れ去って町に持ち込まれたら、取り戻しに来た魔物が町を攻撃して甚大な被害が出てしまう可能性があるからだ。

 いくら町に魔物除けの結界が張られているとはいっても、超高ランクの魔物が現れれば破壊される恐れもあるし、結界が効かない魔物も存在する。

 うっかり持ち帰った魔物の子供のせいで、町が壊滅しかけるなんて事件は過去の記録にも残っている。


「ああ、それはわかってる。この子は家族が迎えに来たら返すよ。ただちょっと弱ってるしお腹も空いてるみたいだから餌をやらないとな」

 エリュオンの腕の中では、赤ん坊ほどの大きさの黒い甲虫が、ギチギチと短い牙を揺らして音を出している。


 威嚇なのか怯えているのかそれとも助けを求めているのか。

 見た目は少し長細くて背中に丸みのある甲虫のようだが、これでも立派な亜竜種である。

 その姿は台所で見かける……いや、ホタルだ。こいつは蛍竜ともいわれるからな。そうホタル!!


「餌かー、アントロデムスの竜揚げならあるぞ?」

 仕事しながらつまみ食いでもしようかと思ったが、さすがにそこまで暇ではなかったので、昼に買ったのがそのまま影収納の中に入っている。

 ん? アントロデムスも亜竜種だから共食いになる?

「ギッギッ」

 影収納から竜揚げを取り出すと、エリュオンに大人しく抱かれていたドッラがそれに気付き六本ある足のうち前の一組をこちらに伸ばしながら、ギチギチと牙を鳴らした。

 可愛いのかキモイのかよくわからない仕草だな!?

 闇属性に強い適性を持つため生き物に嫌われやすい俺にとって、こうして好反応を示す生き物は何となく可愛く思える。

 見た目は虫だけど。


「エリュオン、これをやっても大丈夫か?」

「ああ、ドッラは甲虫の形になると雑食だから大丈夫だ」

 ああ、幼竜の頃は短いイモムシみたいな姿で、綺麗な川の水の中で暮らしているのだっけ?

「ギッギッ」

「む、そんなにこれが欲しいのか? ゆっくりよく噛んで食えよ」

 エリュオンに確認を取っている間にもドッラがクレクレと足を伸ばしてくるので、ドッラの前に竜揚げを出すと前足でそれを掴んだ後、にゅっと中足も出てきて二組の足で器用に竜揚げを掴みながらもちゃもちゃと食べ始めた。

 脂っこそうだけれど大丈夫なのか!?

 一個目を食べ終わると、前足をこちらに向けて広げ催促を始めた。なんだこいつ、虫っぽいのに可愛いな?


「ユーグ、ナイス! 警戒心がなくなってきたぞ。大人しくしてるけど時々警戒音を出しながら鳴いてたから、仲間が怒り狂って来るんじゃないかと心配してたけど、これなら大丈夫かな?」

 おいぃ!? そんなもの連れて帰ってくんな!!

「それで、何だってそんなやばいの連れて帰ってきたんだ?」

「ああ、それはアレ」

「ギッ!」

 エリュオンが指差した先には半壊した馬車。ドッラはイヤイヤするように馬車から頭をそむけた。

「なんだあれ?」

「違法な魔物取り引き業者っぽい」

「は?」


 やだ、すごく嫌な予感がする。おうち帰りたい。


 空を見上げれば、東から広がり始めた濃い紺色が天頂を通り過ぎ、まだ明るい西へと近づいていた。










「おーおーおー、なんだか楽しそうなことになってるねぇ」

 楽しそうなのはお前だろ!?

 エリュオンがドッラ・オ・ランタンの子供を連れていて町に入れないため、正門脇の詰め所の一角を借りてそこで事情を聞いていると、夜勤のテロスがいつものハイテンションでやってきた。


 あ、いいこと思いついた! と思ったら、半壊した荷馬車の持ち主から話を聞いていた衛兵がテロスに気付き手招きをしている。

 あー、俺と同じことに気付いたな。


 馬車の持ち主の商人は、預かった魔物を別の町に運ぼうとしたら魔物に襲われただけ、依頼主についてはすっとぼけている。

 時間稼ぎかぁ? そんなのが通じると思うか!!


 テロスが呼ばれた方へ行き、それを見ながら心の中で手を合わせエリュオンの聴取を再開してしばらくすると、商人の取り調べをしていた方から悲鳴が聞こえてきた。

 うむ、安全で害がない平和的脅し、テロスの首芸が炸裂したか……。



 エリュオンの話によると、少年の村から帰って来ている途中、ラウルスの手前で細かい魔物にたかられている幌付きの馬車を見つけ助けたらしい。

 馬は無事だが、馬車は魔物によって車輪を破壊され、幌も半分ほど破られていた。魔物は御者と馬より積み荷を狙っていたようだ。

 見たところ商人の馬車のようだったが、エリュオンはすぐにその馬車の不審な点に気付いた。


 魔物が人間を襲う理由。

 食料として、もしくは魔物の縄張りに踏み込んだため、魔物が嫌うことをして怒らせたため。だいたいはこのどれかだ。

 まぁ中にはとくに理由はないが、娯楽として人間を襲う魔物やなんだかよくわからないが人間絶対殺すマンな魔物もいるわけだが、そういう魔物は珍しい。

 その類の危険性が高い魔物は人間の町に近い場所ではほぼ駆除をされるため、ラウルス規模の町なら付近にそういった危険な魔物はまずいない。

 そーだよ、冒険者が頑張っているのだよ。


 襲撃現場はラウルスから出てあまり距離のない整備された街道。町と町の間を移動する者が頻繁に行き交う道で魔物の縄張りではない。

 食料目的として襲ったのなら御者席にいる人間や馬が真っ先に狙われるはずだが、馬車が破損した時のはずみで御者席から落ちた時に負った傷だけで軽傷。馬も魔物に驚いて暴れた時にできた傷と馬車が大破した時に引きずられて倒れた時に負った傷だけだった。

 つまり食料目的ではない。


 集中的に狙われていたのは荷台。

 エリュオンが見つけた時には、まるで砂糖にたかる蟻の如く荷台に小型の魔物がたかっていた。しかも虫系ばかり。

 何か魔物が怒りを覚えるものが荷台にあった?

 そうでない。怒りというよりも引き寄せられてたかっている感じだったという。

 その証拠にエリュオンがワールウインドに乗って近づけば、虫達は抵抗する様子もなくわらわらと逃げていってほとんど交戦はしないまま片付いたらしい。


 しかしその後、バリバリに破られた幌の中――馬車の積み荷を見てエリュオンは絶句することになった。


 荷台には小型の魔物、しかも珍しい魔物ばかりを閉じ込めた檻がいくつもあり、それが馬車の車輪が外れた拍子にひっくり返って中の魔物がギャアギャアと騒いでいた。

 その中から聞こえるギチギチという耳障りな音。

 その音が虫を呼び寄せたのだとすぐに気付いたのは、魔物に詳しいテイマーのエリュオンだからだろう。


 エリュオンはすぐにワールウインドを使って周囲に威圧を放ち、魔物が集まってこないようにし、すぐに音の主――ドッラ・オ・ランタンの子供を檻から取り出し落ち着かせる作業に入った。

 ドッラ・オ・ランタンは虫系の生き物を使役する能力を持っている。この小さな子供でもその能力を持っており、それを使って逃げようとしたのではないかとエリュオンは言う。


 ドッラの子供はエリュオンの腕の中に収まるほどの小さな個体で力も弱くすでに力を使い果たしていたのか、檻から出すとすぐに魔物を呼び寄せる鳴き声は止んだ。

 弱っているようなので肉食の魔物用の餌を与えて警戒を解きつつ、他のひっくり返っていた檻を元に戻して、中の魔物を確認しながら回復魔法をかけて回ったらしい。

 さすがどこでも魔物誑しのエリュオン、手際がいい。

 ちなみにその間、御者の相手はアスがしていたとかなんとか。相手というか見張りといった方が正しそうだ。


 町から近かったこともあり、通りかかったラウルス行きの他の馬車に町の入り口の衛兵に知らせてもらい、衛兵が現場に駆けつけ馬車とその持ち主を回収して戻ってきたらしい。

 どのみち馬車が破壊されて馬も怪我をしてしまい、持ち主は身動きが取れないため町に一旦戻るしかない。

 しかし問題はその積み荷。

 ドッラ・オ・ランタンを含め、荷台にいた魔物は取り扱いが特殊な珍しい魔物ばかりだった。

 そして町に戻ることに戸惑いを見せる馬車の持ち主。


 積み荷を含めその怪しさに気付いたエリュオンは思ったという。




 そうだ、ユーグに連絡しよう。




 その考えは間違っていないけれど間違っている。

 そこは俺ではなくて冒険者ギルドだ。

 そんなエリュオンの思惑通り俺が来ちゃったよ!!


 え? 俺ならドッラの子供をなんとかしてくれると思った?

 ならねーよ!! 町に危険があるものの取り扱いはすぐにはどうにもならねーよ!!

 そこをなんとかじゃない!!


 とりあえず怪しい商人は治安の方に丸投げな!

 積み荷の魔物の確認も丸投げ!

 俺は今日はお家に帰るのーーー!!


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