第14話◆夜勤明けくらい定時で帰りたい
「君Dランクだよね? Dだと受注可能な依頼の上限はCまでだし、Cでも条件付きになるのは、ギルドの規約にあるの知ってるよね?」
「はい、知ってます! Cまでは受けられますよね?」
と、俺の言葉を正確に理解出来てない返事をするのは、まだ若い十代半ばに見えるDランクの少年冒険者だ。
狼の魔物を連れているところを見ると、魔物使いなのだろう。一緒に同じくらいの世代の女の子を三人ほど連れている。その子たちのランクもEからDだ。
「受けられるが条件付きになるし、君のパーティーのランク的に、Cランクの依頼を複数受ける事は、ギルドとして許可できない」
朝のくそ忙しい時間帯、自分たちのランクより上の依頼を複数受けようとしている少年少女のパーティーが、受付カウンターに張り付いて仕事が進まない。
初めてみる顔ばかりだし、ギルドカードを見れば遠方の町から来た者のようだ。
冒険者ギルドの依頼は、冒険者自身のランクに応じて制限がある。
自分の冒険者ランクと同じランクの依頼を受けるのが一般的だ。規約上では、自分の一つ上のランクの依頼まで受ける事ができる。
状況によっては、自分のランクよりかなり下のランクの依頼を受ける時もある。
ただし、低いランクの依頼は低ランクの冒険者に振られる仕事の為、高ランクの冒険者がやってしまうと、低ランクの冒険者の仕事を奪ってしまう事になる。その為、依頼を受ける際は、自分の一つ下のランクまでにする事が多い。
季節柄大量発生する弱い魔物の討伐等で、低ランクの依頼が爆発的に増える時はこの限りではない。
まぁ、ランクより下の依頼を受ける分には、危険も少ないし、失敗の可能性も低い為、適正ランクの冒険者の仕事を奪う程ではなければとやかく言う事はない。
また、パーティーや、大規模な人数で依頼を受ける場合、全体の平均ランクの一つ上までが受注可能な依頼になる。
ただし、平均で条件を満たしていても、ランクが低すぎる冒険者が混ざっている場合は断る事がある。
全体での平均ランクが足りていても、その者が他の者の足を引っ張ってしまったら、事故やトラブルの元になるからだ。
そして自分のランクより上の依頼を受ける場合、日ごろの実績や本人の実力、素行や人柄、パーティー構成が考慮される。
日ごろから確かな実績があり、依頼を任せる事の出来る実力、何かあった時に冷静な判断力と柔軟性と協調性のある人柄が求められる。
当然、自分より上のランクの依頼を複数受けるなど、論外である。
これは、依頼を失敗しない為だけではない、冒険者自身の命を守る為なのだ。
冒険者のランク、依頼のランク、魔物のランクは、強さや難易度を可視化するために定められたものであり、自分のランクと同じランクが自分の適性の依頼や魔物だと思っていい。そしてそのランクは、上になるほど一つのランクの格差が大きい。
Dランクは、一人前の冒険者としてのスタートラインともいえるランクで、初心者から中級者になるランクだ。この辺りのランクから危険な仕事が増え、一つのランク差による難易度の差が大きくなってくる。
つまりEからDとDからCの格差は、同じ一ランク差だとしてもDからCの方が大きいのだ。また、Bランク以上は上級冒険者と呼ばれ、更に一ランクの格差が大きくなる。
ランクの高い依頼は報酬も高い。ランクの高い狩場での依頼だと、依頼報酬だけではなく、依頼中に得られる素材の価値も高い。
その為、自分のランクより高いランクの依頼を希望する冒険者は多い。
もちろん失敗すれば、賠償金やペナルティも発生する為、達成する見込みのない依頼を受ける事は、冒険者にとってデメリットしかない。
冒険者ギルド側としても、依頼失敗による損失も避けたいし、何より冒険者に実力以上の依頼を任せて、無駄に冒険者を危険に晒すわけにはいかない。
冒険者ギルドにとって冒険者は財産なのである。
冒険者ギルドの規約は、冒険者ギルドの業務を円滑に行う為と同時に、危険な依頼に赴く冒険者を守る為にあるのだ。
なのだが、どうしてもそれが分からないというか、自分の実力を過信して、無理な依頼を受けようとする者は後を絶たない。
そういった者を諫めて説得するのも、ギルド職員の仕事である。
が、そういう奴に限って人の話を全く理解しようとしない。
俺だってお前らが嫌いだから、依頼を受けさせないわけじゃねーんだ。
嫌いなわけじゃねーけど、忙しい時間にずっとカウンターに張り付かれると、俺みたいな優しいお兄さんでもイラッときちゃうよ。
「とにかく、Cの依頼を受けるなら、難易度低めのこれが一つだけだ。パーティーのランクも考慮すると他はD以下しか無理だな」
「そのCのやつ報酬少ないし、簡単なやつじゃないですか? こっちのも同時にできますよ」
「いいや、だめだな。そもそも君はこのギルドでの実績がない。実績がない以上、ランクを参照した依頼しか振ることができない。これは、ギルドの為でもあるし、君たちの為でもある」
「前にいたギルドではCランクの依頼もやってましたし、パーティーでBランクの依頼にも参加してました」
「そんなにCランクの依頼が受けたけりゃ、まずCランクになりたまえ。君の過去の実績を見ると、Cランクの試験を受ける資格はあるぞ」
冒険者の情報管理の魔道具を確認すると、彼はランクアップの条件は満たしている。
「それなら昇級試験受けます!」
「わかった、では試験は一時間後からだな。依頼は、試験に合格したら受けられるようになる」
「え? それだといい依頼がなくなるじゃないですか。先に依頼を受けさせてください」
「まだ合格もしてないうちから、何を言っているんだ。それに実技、筆記、面接を合わせると、早く終わっても昼前だぞ?」
冒険者のランクは本人の命にも関わる為、ランクが上がるほど昇級試験に時間がかかる。
町の外での単独行動が増えるDランク以上は最低半日、長くて丸一日くらいの時間を見ておかなければならない。
「そんな、横暴なっ! 僕は実力はCランク以上はあるんです。魔物も使役できるし、魔法も使えるし、収納系の魔法も使えるからDランクでもそれ以上の実力があるんです。今まで失敗した事はないんです!」
横暴なのはお前だろう。
エリュオンもそうだが、確かに魔物使いはランク以上の実力者は多い。魔法が使えるなら攻守のバランスもいいかもしれないし、収納系の魔法は冒険者にとって有利だ。
しかし、冒険者の仕事に絶対はない。今まで失敗しなかったから、今後も失敗はないなどという理論は通用しないのだ。
「横暴もくそも、規約は規約だ。嫌ならランクに合った依頼を受ける事だ。冒険者の仕事は、信用とそして命が関わる事だ、主観的な主張だけでは、仕事を任せるわけにはいかない」
あー、めんどくせぇなぁー、他の町のギルド行ってくんねーかなー。
「あら、そんなにCランクの仕事したいなら。先に実技試験だけやってみたら? ユーグが相手すればいいんじゃない?」
は?
隣のカウンターで受付作業をしていた、早朝出勤の女性職員が言った。
「この、くそ忙しい時間に、受付を抜けるわけにはいかないだろう」
「抜けるも何も、さっきからユーグの窓口、その子達から進んでないじゃない。さっさと実技だけでもやったら、納得するんじゃない?」
それだけ言って、隣の女性職員は自分の仕事に戻った。めんどくさいこと押し付けやがったな!?
定時まであと一時間程度なんだけど!? 夜勤明けくらい残業なしで帰りたいんだけどなあああ!!
「では実技試験だけ今すぐやってもいいが、どうする?」
あー、もうめんどくせぇ。さっさと面倒事を片付けて、俺は定時で帰るぞ!!
「やりますやります! もし合格したらCランク依頼やってもいいですよね?」
まだ、筆記と面接もあるんだけどな。
「そうだなぁ、実技で圧倒的に合格点を取れるならいいだろう。では、実技試験用のアリーナに案内しよう」
自分の窓口を閉じて、席を立つ。
隣の女性職員がチラリとこちらを見て、目が合った。そして、ニッコリとものすごく黒い微笑みを浮かべた。
女ってこえーなー。
で、三十分もかからなかった。
「まぁ、不合格だな。素直にDランクの仕事しとけ」
実技試験用のアリーナの床に転がる少年と狼と少女三人を見下ろして、少し乱れたギルド職員の制服を整える。
めんどくさいから、纏めて面倒見てやった。
隣の女性職員の黒い微笑みの意味――話してわからない奴は、ぶん殴って黙らせろ。
女ってホントこえーなー。
「何で、ギルド職員がこんなに強いんだ……」
「ギルド職員だから?」
床に伏せって顔だけを上げ、少年が唸った。
まぁ、Dランクにしては多少強い方だと思うし、使役している狼も賢くて動きもいい。魔法の使い方も悪くない。
パーティーメンバーの子達も動きは悪くないし、パーティーのバランスもいいし、連携もそこそこ取れている。
が、少し実力がある程度の子供に、体が完成していて働き盛りの冒険者ギルド職員が、負けるわけがないんだよ。
たとえパーティーで纏めてかかって来てもな。
「わかったら、ロビーに戻って自分に見合った依頼受けて来い」
素手の内勤職員に負ける程度では、Cランクはもうちょっと先だな!!
彼らはけっして弱くはなく、これから成長が望める人材だ。
そんな人材を、無理な仕事に行かせて失うわけにはいかない。
依頼中に命に関わるような事故に遭い、一命を取り留めても、体に残る傷、そして心に残る傷で冒険者を続けられなくなる者は多い。
まだ若くて先の長い冒険者だからこそ、物理的にぶん殴ってでも、わからせなければならないのだ。
忙しい時間に無駄に仕事を増やされて、ちょっとイラッとしてた為、手加減できなかったのは許してくれ。
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