第二章

第24話◆世間一般が休みの日は忙しい

 冬が終わりすっかり暖かくなり過ごしやすい季節。

 鮮やかな色の花があちこちに咲き、陽の光は明るく、かといって熱すぎるわけでもなく、外で過ごすのが気持ちのいい季節。

 思わず意味もなく外出したくなるこの季節、国の至る場所で、豊穣祈願祭、雪解け祭り、春祭り、花祭りなど、町を挙げての催し物が開催される。

 俺の住んでいるラウルスのその例に漏れず、今日から三日間、ラウルス花祭りなるものが開催される。


 やーーーー、お祭り楽しそうだなああああああ!!

 祭りに合わせて休みを取って、三日間遊び倒したいなぁああああ!!

 しっかり休みを取って、心も体もリフレッシュ!! 祭りで楽しく遊んでストレス解消!!

 彼女と祭り行くから休み希望? いいね、いってらっしゃい、楽しんで来るといいよ。

 ふ……、恋人同士でキャッキャッウフフかー、羨ましいなぁ……爆弾ポーション、ぶん投げるぞ!!

 おっと、いけないつい本音が。


 俺の休み?

 あ"ぁ"!? 休めるわけねーだろ!! 休み希望が多い日は、人足りねーんだよ!!

 世間一般の皆様が休日を楽しんでいる間は、冒険者ギルドはくっそ忙しいの!!

 世間が休日でも冒険者ギルドの仕事は普通にあるの!! むしろ、花祭りなんていうイベントやっているせいで、仕事が多いの!!

 人足らなすぎて内勤の仕事どころじゃねーよ!!


 そんなわけで、今日は内勤の仕事はお偉いさん達に押しつけて、平職員は現場に駆り出されている。

 もちろん俺も平の方なので現場である。





「はい、お待たせ!! ワイバーンのバラ串二本ね!! 毎度あり!! 熱いから気を付けてな!!」

 屋台の前にいるカップルに、カウンターの上から手を伸ばし、注文されていた串焼きを手渡す。

 何で俺、こんなところで串焼きを焼いてんだぁ!?

「へい、いらっしゃい! ん? サラマンダーのテイル串四本ね、少々お待ちを」

 考える間もなく次の客が来て、注文の肉をカウンターの炭火コンロで焼き始める。


 俺、冒険者ギルドの職員であって、屋台のお兄ちゃんではないよな!?

 屋台の店番なんてどう考えても冒険者ギルドの案件ではなく、商業ギルドの案件だよな!?

 そっちの人が足らねーからって、気軽に商業ギルド案件の依頼をそのまま冒険者ギルドにスライドしてくるんじゃねぇ!!

 うちは何でも屋か!?

 あ……だいたい何でも屋だったわ……。

 こっちだって人足りねーんだぞ、ごるぁ!! 自分とこの畑の仕事くらい、自分のとこで埋めようっていうプライドはねーのか!?

 プライドはあっても、人がいない、わかる。

 どっかの国に「無い袖は振れない」とかいうことわざがあったな。

 うちだって振る袖がないから、休みなしで職員が駆り出されてんだよ、クソが!!


「お待たせ、タレがたっぷり付いてるから服にこぼさないようにな!」

 焼き上がったサラマンダーのテイル串を、家族連れの客に渡す。

 チクショウ、祭りに行きたいとは思っていたが、違う、こういう意味ではない!!




 俺――こと、冒険者ギルド職員ユーグランス・ヌクス・ブロンザージュは、今、屋台で肉を焼いている。

 俺が住んでいる、そして勤務地のラウルスという地方都市、今日はそのラウルスで催されている"ラウルス大花祭り"の初日である。

 そして、俺はその祭りに出店している屋台で肉を焼いている。

 不思議だろ? これも冒険者ギルドの仕事なんだぜ?


 冒険者ギルドの仕事は、冒険――つまり、ダンジョンの中を探索したり、魔物を倒したりするだけはない。護衛や警備、時には輸送業務、掃除やお使い、店番と様々である。

 冒険者と言えば聞こえがいいが、要するに何でも屋である。


 ラウルス大花祭り、たいした特色もない一般的な地方都市ラウルスにおいて催されるイベントで、最も賑わうイベントの一つである。

 祭りは三日間の日程で行われ、ラウルスやその周辺町や村の住民達が集まり大変賑わう。

 人が普段より多く集まれば、普段より多くトラブルや犯罪が起こる。それを未然に防ぐ為、起こった事に対応する為には、普段より多い人員が求められる。

 そんな時、臨時で駆り出されるのが、冒険者である。

 つまり、祭りなんてイベントがあれば、冒険者ギルドに来る依頼はめちゃくちゃ増えるのだ。

 祭りの期間中の依頼は、そういった依頼だけではない。祭りで行われるイベントの手伝い、祭りの為の物資の運搬、祭りで賑わう店の手伝い、そして今俺がやっているような、屋台の店番。


 とまぁ、普段より依頼が増え、冒険者ギルドに取っては稼ぎ時でもある。

 稼ぎ時なのだが、依頼が増えたからと言って、登録している冒険者が増えるわけではない。もちろん祭り以外の依頼もある。

 そして、依頼は増えるのに祭りに繰り出す為、休みを希望する冒険者が増える。

 要するに、祭り中はいつに増して人が足りないのだ。

 しかも、最近は近場のダンジョンに新階層が見つかった上に、ダンジョンに温泉が湧くとか意味のわからない事まで起こり、そちらにも人員を割かれている。

 人が足らないとどうなるかっていうと、日頃は内勤をしている冒険者ギルドの職員が現場に駆り出されるだけだ。


 人足りねーつってんだから、無理な量の依頼を受けて来んなと思う。

 どんなに依頼を引き受けたとしても、それを遂行する冒険者がいなければ金にはならない。

 いい加減、冒険者ギルドの営業と管理職は"無い袖は振れない"という言葉を覚えるべきである。

 無理なものは無理!! 人がいないものはいない!! 

 ……と愚痴を言っても、解決する話でもなく、結局下っ端職員が受け手がいない依頼をやる事になる。


 祭りの時期で人員を欲しているところが多いからと、無計画に依頼を取って来た営業担当め、絶対に許さねーぞとも思うのだが、その営業組も溢れる依頼に人員が追っつかず、休日返上で現場に駆り出されているのでザマァである。

 カーーーーーッ!! 現場の人員のキャパも考えないで、取れるだけ取って来た奴らが悪いのだからな!! 休日返上で馬車馬のように働きたまえ!!

 睡眠時間? そんなものはない!!

 頭七三分けのメガネ集団め、たまには現場に出て髪の毛振り乱して、メガネパリンしながら現場の苦しさを思い知るがいい!!

 フハハハハハハハハハハハ!!

 おっと、いかんいかん、心の闇が溢れてきた。俺は今は屋台のお兄ちゃんだ、スマイルスマイル。


 というか、販売系は商業ギルドの仕事だろ? あっちが人が足りていないからって、無計画に受けて来やがって。これも営業の奴らの仕業だよな!?

 運搬系は運送ギルドの仕事だし、設営系は建築ギルドの仕事だろ!? 何でもかんでも無計画に引き受けて来るんじゃねぇよ!!

 どうせ、他のギルドが人が足りないって言うから、ホイホイと引き受けて来たのだろ!?

 その無計画に引き受けた仕事の人員を探す方の身にもなってみろつーの。

 いかん、気を抜けば心が闇に支配されてしまう。人間やはり休みがないと、心が闇……いや病み状態になるな。

 いや、俺は最適性属性が闇だから、心が闇に支配されやすいのは仕方がないのだ。

 フハハハハハ!! 今日休みの奴はハゲてしまえ!! ハゲてしまえええええええええ!!!



「あっれー、ユーグだー。こんなとこで肉を焼いてるんだー、冒険者ギルドの職員は大変だねー」

 聞き慣れた少し高い声、緩い口調が聞こえて来て、溢れかけた心の闇を引っ込めて現実に戻る。

 顔を上げて屋台の正面に視線を移すと、見慣れた若草色のパッツン頭の小柄なエルフの青年と、その横に彼より頭一つ以上背の高い黒髪長髪のスレンダー巨乳美人。

「そういえばキルキルは、今日は休みだったな」

「うん、お祭りだからね。リゼとデート。こんなにたくさん人がいるんだ、リゼの美しさを見せびらかさないと勿体ないからね。あ、串焼きサラマンダーとワイバーン一本ずつ頂戴」

 どういう理論か理解に苦しむが、休み羨ましい。そして巨乳美人とデート羨ましい。

 いや、キルキルの横にいる巨乳美人リゼは、人間そっくりだがゴーレムだ。巨乳美人が横にいるのは羨ましいが、ゴーレムだから羨ましくないもん。

 くそおおおおおお、休みが羨ましいだけであって、巨乳美人とデートについては決して羨ましくなんかないんだよおおおおおお!!!

 くっそ、カップルっぽく串焼き二本頼んでいるが、リゼはゴーレムだから肉は食わないだろ!?

 はー、くやしっ!!


「ほい、お待たせ。二本で銀貨一枚な」

 串焼きと交換に代金を受け取る。

「そういえば、さっきエリュオンに会ったよ。取引先の女の子に誘われて接待っぽかったけど。それから何だっけ、あのDランクのテイマー君も、いつもの女の子達と一緒に祭りを楽しんでるのを見たよ」

 くそ、エリュオンは相変わらずモテるな。取引先の女の子って事は営業みたいなもんか。女の子とお祭りデートは羨ましいが、接待なら休みの日にご苦労だな。頑張って、指名もらって冒険者ギルドの売り上げアップに協力してくれ!!

 あぁん? それから、Dランクのテイマー君? ああ、あの女の子ばかりのパーティーの少年か。

 そうか、パーティーメンバーと祭りを楽しんでいるのか。楽しそうだな!!

 よし、お前のCランク昇級はもう少し先だ。

 これは私怨ではない。命のやりとりのある厳しい冒険者の世界、Dランク君を思っての事だ。よって、決して私怨ではない。


「それじゃ、がんばってねー。明日は僕も祭り関係の仕事だからお互い頑張ろうねー」

 く、嬉しくない励ましだな!?

 手を振って人混みに消えていくキルキルに、手を上げて応え、次の客を迎える。


「はい、いらっしゃい、何にする?」

 祭りの屋台で串焼きを売る、これも冒険者の……いや冒険者ギルド職員の仕事である。


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