第2話◆冒険者ギルド職員ユーグランス
「あれ? ユーグさん定時あがりですか?」
冒険者ギルドの事務所から出て行こうとする俺に、同僚が声をかけた。
「定時にあがるはずだったんだけどなぁ」
「その反応は、またどっか穴が空いたんですか……」
「まぁ、日付変わる前には終わる現場だし、明日は昼からだからな」
定時直前に鳴った伝話の内容を思い出して、少し憂鬱な気分になる。
俺の嫌な予感は的中し、今日この後の依頼に行く予定だった冒険者が、急に行けなくなったという連絡だった。
依頼で指定されている時間まで後一時間弱、代わりの人員を探す時間なんてなさそうなので、今日の仕事が片付いて定時であがるはずだった俺が行く事にした。
依頼に行く予定の冒険者が突然行けなくなり、代わりに手の空いている内勤がその依頼に行くという流れは、冒険者ギルドの内勤あるあるだ。
まだ仕事をしている同僚に手を振り、事務所を出て更衣室へ。ロッカーから冒険者用の装備を取り出し、ギルドの制服からそちらに急いで着替える。
ロッカーに付いている鏡には、黒髪のくたびれた顔の男が映っている。俺だよオレオレ!!
真面目な事務員風の短い髪を手でほぐし少しボサボサにすると、事務員から無精な冒険者に早変わりだ。
職場のロッカーには、今日みたいにいきなり現場に行く事になった時の為に、冒険者用の装備が突っ込んである。
清潔さと真面目さが求められる内勤と違い、荒い仕事もある冒険者は相手に舐められるような格好は向かない。
今日これから向かう現場は、町の酒場の護衛という柄の悪い客を相手にする仕事の為、なおさら見た目で舐められるわけにはいかないのだ。
幸い身長はそこそこ高い。冒険者ギルドの職員になるには、Cランクの冒険者以上の実力も必要な為、体もしっかり鍛えていて頑張ればそれなりに威圧感もある。
俺――ユーグランス・ヌクス・ブロンザージュ、二十歳。独身、彼女も婚約者もいない、しがない冒険者ギルド職員。
今日も定時退社を諦めて、依頼の現場へ向かう。
どうして、こうなっちゃったのかなあああ!?
ランクが上がるほど稼ぎは増えるが、危険な仕事も増える冒険者は、上のランクになれば屈強の者だらけになる。
そして、必ずしも話が通じる穏やかな者ばかりではなく、そのような者達を御さなければならないギルド職員もまた、それなりの能力を求められる。
たとえ内勤といえど、冒険者ギルドの職員になるには高い戦闘能力が求められる。もちろんその戦闘能力は、冒険者が足りない時に現場へ行く為でもある。
しかもそれだけではなく、業務に関連する知識も幅広く求められ、なおかつ冒険者ギルド看板を背負うだけの人格も必要だ。
一日中ギルドの建物の中で事務仕事をしているひ弱そうな内勤も、実は皆、文武を揃えたエリートなのだ。
そして俺、四男ではあるがそこそこ名門の貴族家の出身で、優秀な成績で貴族学園を卒業し、幹部候補として冒険者ギルドに就職した。
将来は冒険者ギルドの幹部が約束されているはずなのだが、まだ三年目のペーペー。地方都市の支部で絶賛下積み期間中である。
早く幹部まで上がって、ちゃんと休みが取れて定時で帰れる立場になりたい。
今日の現場は、夜の店が多く集まる場所にある飲み屋で、ホールに出ている店員は女性のみ。客はその女性店員目的の男がほとんどだ。
女性ばかりの店なので、その護衛は冒険者ギルドが請け負っている。こういった、町の中での護衛の依頼も冒険者ギルドには多く来る。
定休日以外毎日依頼のある現場なので、普段は慣れている冒険者が来ているのだが、今日はいつもの冒険者が体調不良で急に休む事になった為、代わりに俺が来た。
「どうもー、今日の派遣護衛のユーグランスです」
「あら? 今日はユー君なのね。よろしくお願いね」
店に入ると、大人の色気満載の巨乳金髪美人が迎えてくれた。
いつもの人員が休むとこうして俺が代わりに来る事は、過去にも何度かあったので、お店の女性達とは顔馴染みである。
「いつものが風邪をひいたみたいでな、今日は俺が代わりだ。よろしく頼む」
「あら……、それは悪い事したわねぇ。いつもの彼、たちの悪いお客さんから女の子庇って、お酒をかけられたのよねぇ。お見舞いしなきゃね」
酔っ払いが多い現場なら、こういう事もよくある話だ。体を張って女の子を守った、冒険者君には少し給料に色を付けておこう。
店内は女の子ばかりのお店なので、男の俺はトラブルが発生するまで奥の控え室でのんびりだ。実はトラブルさえなければとても楽な現場である。トラブルさえなければ――。
女の子ばかりの店に、女の子目的で来る酔っ払い達。そんな輩が集まる店でトラブルが起こらないわけがなく……いや、トラブルが多いから、こうして毎日、護衛として冒険者が雇われているのだ。
「ユー君お願いしていい?」
控え室のソファーで寛いでいると店主の女性が俺を呼びに来た。
「了解、どのテーブルかな?」
「四番のテーブルだけど、お客様は冒険者の方みたいなのよね。大丈夫かしら?」
「ああ、冒険者か。むしろそっちの方が楽だな」
控え室を出て、トラブル発生中らしき四番テーブルへ向かった。
そこには冒険者風の男三人組と彼らに指名されたと、おぼしき店員の女の子が三人。
男達はすでにかなり酔っ払っているらしく、女の子の肩に腕を回してベタベタと体を触っている。
このお店は女の子が給仕してくれて、指名すれば一緒にテーブルに着いて、お話しながお酒の相手をしてくれるがお触りは禁止だ。
女の子による接客を主とした店なので、多少のボディタッチくらいなら黙認されるが、度が過ぎるのはダメだ。俺的には酒の席とは言え、不躾に女性の体に触るのはアウトだけどな!!
というわけでアウト!!
店でのトラブルはどんな小さなトラブルでも店の護衛が出ていく。
お店の性質上、トラブルの場には男性客と女性店員がいる。その女性達が、酔っ払った客に暴力を振るわれる事も少なくない。
店で働く女の子達は店の大切な財産である為、小さなトラブルとは言えもしもの事で傷つけられる事があってはならない。それがこの店の店主の方針で、決して安くはない料金で冒険者ギルドに店の護衛を依頼している。
「はーい、そこまで。女の子にお触りは禁止だ。マナーを守って楽しく飲もうな?」
女の子の肩に手を回している、冒険者風の男の肩に後ろからポンと手を載せる。
この三人組、ギルドで見た事あるな。確か全員Cランクの、むっさい仲良し三人組パーティーだったか?
「ああ? 何だぁおま……うげぇ! ユーグランス!」
「ユーグランスさんだろぉ? お酒は、女の子に迷惑をかけずに楽しく飲もうな?」
悪態をつきながら振り返った男が、俺の顔を見て顔を歪ませた。何だよその、面倒臭い魔物に出くわした時みたいな顔は。
「イタタタ……力入れ過ぎ! お触りしませんから! 手、離してくださいよ!! って、何でこんなとこにいるんスか?」
男の肩に置く手に少し力を入れると、素直に女の肩に回した腕を下げてくれた。素直でよろしい。
「ああ、普段ここに入ってる奴が体調不良で、俺が代わりに入ってる。あんま、悪さしてるとランクの査定にマイナス付けるぞ」
冒険者のランクには日頃の行いも考慮される。素行が悪いとランクアップに支障が出てくるし、悪すぎるとペナルティとしてランクを下げられる事もある。
ランクは給料にも関わる為、冒険者として生計を立てている者にとって、ランクは重要なのだ。
「お勤めご苦労様ッス。あ、マイナス査定は勘弁してください」
普段はそこまで素行が悪い者でもなく、酒の勢いで悪乗りをしてしまったのだろう。反省しているのなら、厳しめに注意をしてそれで終わりだ。残りの二人も俺が現れて、悪乗りしていた事をマズイと思ったのか、女の子と適切な距離に座り直していた。
これでも店の客だしな、以後気を付けるなら追い出す必要はない。
「酒はマナー守って楽しく飲もうな。それに、紳士的な方が女の子には印象がいいぞ」
「了解ッス!」
うむ、普段の仕事っぷりからして、根は悪い奴らではないようだからな。釘を刺して席から離れた。
「ふざけんなああ!」
「ああん? やんのか!?」
むっさい冒険者三人組の席を離れた直後、別の席から怒声と女の子のキャーという悲鳴が聞こえてきた。
見れば、通路を挟んで隣り合ったボックス席同士の男が睨み合っている。どうやら、席に来た女の子を取り合って揉めているようだ。
ホント、酒くらい大人しく飲めっつーの!!
「はいはーい、そこまでー。他のお客さんにも女の子達にも迷惑だからな。ケンカは人に迷惑にならない町の外でやろうな?」
今にも掴みかかりそうな勢いの男達の間に割って入り、近くの女の子達に安全な場所に移動するように目で合図をする。
店の外でケンカされても通行人の邪魔になるからな。町の外ならいくら殴り合おうが誰も文句を言わない。
「なんだ、てめぇ!?」
男のうちの一人がこちらに掴みかかって来た。体格はいいが、冒険者とか兵士とかそういう雰囲気ではなく破落戸のようだ。
その手首を掴み、男の親指の付け根を手のひらの方に押し込むように、親指で押さえる。
「いたたたたたっ!」
この程度で悲鳴をあげるなら、やはり柄の悪いだけの一般人のようだ。
「やんのか、こるぁ……は?」
もう一人の男がテーブルの上の酒瓶を掴もうとする体勢で止まって、間の抜けた声を出した。
「酒の瓶は酒を入れる容器であって、武器じゃねーつーの」
「体が動かない? 何で!?」
男はテーブルの上の酒瓶を取ろうとした体勢のまま固まって、驚きで見開いたその目だけがキョロキョロとしている。
これがどういう状況か理解できないのなら、こちらも少し柄の悪いだけの一般人だろう。
手荒な事をする必要はなさそうだし、少し注意して終わりかな。
男が動けない理由――それは俺が得意とする闇属性の魔法だ。
俺の闇魔法によって男の影が固定され、男の動きもまた影同様に固定されているのだ。
「酒は飲んでも飲まれるな。お行儀よく酒を飲めないなら、裏でお兄さんとお話ししましょうか?」
ニッコリと微笑んで、少し威圧をすれば固まっている男の肩がビクンと揺れた。
魔物と戦うだけが冒険者の仕事ではない。冒険者の仕事の幅は広い。
こういう輩がいるから町の中でも冒険者の仕事はある。そして、時には魔物より人間の方が恐ろしい事だってある。
時には力尽くで止めに入る事もある為、町の中の仕事とは言え決して楽な仕事ではないのだ。
冒険者――それは何でも屋のようなもので、冒険者ギルドはその仲介役。
そして、俺はその冒険者ギルドの職員。人が足らなければ、冒険者としての仕事が俺に回ってくる。
それが俺の日常だ。
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