冒険者ギルド職員ユーグランスは定時で帰りたい

えりまし圭多

第一章

第1話◆冒険者ギルド職員のお仕事

「よぉし、これで明日の現場は全て人員の手配完了だ」

 ポチッと魔道具の画面にあるボタンを押して、机の上の時計を見ると終業時間の五分前だ。

 今日こそ定時でお家に帰る事ができるぞおおおおおお!!


 ここは王都から離れた商業都市ラウルスにある、冒険者ギルド・ラウルス支部。

 冒険者ギルドは、冒険者と依頼主を仲介する機関で、世界各地に支部がある国際的組織だ。

 冒険者ギルドで請け負う仕事は幅が広く、簡単なお遣いから危険な魔物の討伐、素材の採取や護衛まで幅が広い。犯罪やそれを助長するような依頼以外ならほぼ何でも請け負う、超なんでも屋組織だ。


 請け負う依頼の幅が広い為、安全で簡単なものから、高い身体能力が求められるもの、時には命の危険が付きまとうものまである為、依頼はその難易度によってランク分けされ、登録されている冒険者の情報によって適切に振り分けられる。

 また世界各地で登録された冒険者も、その能力や実績、素行でランク分けされ、その者に適した仕事が紹介されるシステムになっている。


 冒険者のランクはその実力と実績、素行でGランクからSランクに分けられており、依頼の難易度も冒険者と同様のランク分けがされ、冒険者は自分のランクに見合った依頼を選ぶ事できるシステムになっている。

 高ランクの依頼は難易度が高く危険が付きまとう為、ランク的条件を満たした冒険者が希望してもその実力と実績次第では、受ける事ができない時もある。

 冒険者ギルドには種族年齢問わず誰でも登録する事ができ、戦闘能力の低い冒険者の為の、戦闘行為の絡まない依頼や、子供向けの依頼もあり生活弱者の受け皿にもなっている。

 Eランクまでは町の中やその周辺の比較的安全な依頼が多く、危険度の増す依頼が多くなるDランク以上になるには年齢制限があり、それなりの実績と実力が必要とされ、それ以下のランクより厳しい昇級試験がある。

 必ずしも安全とは言い難い、いや危険が多い冒険者だが、依頼を受ける冒険者の安全を考慮したシステムになっている。


 俺は、そんな冒険者ギルドの内勤職員である。

 肩書きは冒険者コーディネイター。冒険者ギルドに持ち込まれた依頼を、登録している冒険者に振り分けるのが主な仕事である。

 なんだかすごく楽そうな仕事に聞こえるかもしれないが、とんでもない。

 誰でも登録出来るという事は、品行方正な者ばかりではなく、破落戸のような者も多いし、言葉は通じるが話が通じない者もたくさんいる。その上性格に難がない者の方が少ないのではないかってくらい、冒険者には個性的な者が多い。

 そんな奴らに仕事を紹介して、内容を説明するのが俺の仕事だ。


 もちろんその行程で依頼主とのやり取りもあるし、依頼主と冒険者の橋渡しをする事もある。

 その依頼主にもまた、時折癖の強い者がおり、何かトラブルが起きてクレームなんかになった日には……うっ胃がっ!!

 とまぁ、わりと胃とか髪の毛に来る職場である。


 そんな職場なので残業も多いのだが、今日は珍しくトラブルもなく定時前に全ての仕事が片付いた。

 冒険者ギルドの依頼は、あらかじめ日時と募集人数がはっきりと決まっている依頼があり、そういった依頼は前日までにその依頼を受ける冒険者を手配するのが常で、それが俺の主な仕事だ。

 これまた楽そうに見えてめんどくさい、依頼に対して冒険者の人数が足りないなんて日常茶飯事だし、早めに手配しておいても前日の夕方すぎて「やっぱ行けませーん」とか、体調不良や不慮の事故とかでいきなり欠員が出たりする。

 そうなると、残業確定だ。もちろん依頼を受けてくれる人が見つかるまで帰れない。酷い話である。

 いないものはいない、で済まない時もあるのでそういう時は、内勤のギルド職員が駆り出される。

 明日の人員は全て手配した、残り五分何事もなければ、俺は定時で帰れる。俺が帰った後はもう何があろうと知らん。

 俺は定時でお家に帰るんだよおおおおおおお!!


 残り四分。

 俺は机の上の書類を片付け始める。


 残り三分。

 私物を収納用の魔道具で回収する。


 残り二分。

 業務用の魔道具を停止する準備をする。


 残り一分。

 いいか! 鳴るなよ! 絶対鳴るなよ! 通信用の魔道具!

 

 チリンチリンチリンッ!


 通信用の魔道具が着信を告げる音を出した。

 ふざけんなああああああああああああ!!

 心の中で叫びながら、通信用の魔道具――伝話を取った。


 冒険者ギルドに登録した時に渡される冒険者カードはカード型の魔道具で、それには複数の機能が付与されている。

 本人証明、容量は少ないが収納機能、そして通信機能。

 通信機能は冒険者がいる付近の冒険者ギルドと、カードを通して会話をする事ができる。

 距離に制限があり、魔力の消費も大きいが、緊急時の連絡には非常に役に立つ。また冒険者ギルドからの連絡も、このカードに送られる。

 小さなカードではあるが、高度な技術の詰まったカードの為、なくした場合の再発行料はめちゃくちゃ高い。

 尚、登録時のランクの低いうちは本人証明機能しか付いておらず、ランクが上がると収納機能、通信機能といった順で追加される。

 ちなみに、通信機能が追加されるのは、町の外やダンジョンでの仕事が増えるDランクからだ。


 で、そのギルドカードの通信機能を使った冒険者からの着信音が、目の前の魔道具から鳴っている。

 この時間に鳴る伝話は、たいがい碌でもない案件だ。

 翌日の依頼をいきなりドタキャンならまだいい。今日この後の依頼をドタキャンのパターンもあるし、現場でのトラブルの可能性もある。

 いやむしろ、そういった連絡をしてくる冒険者はまだマシだ、連絡もなく依頼をすっぽかす奴もいる。もちろん当日無断ですっぽかすのはペナルティの対象なのだが、そういう奴がいなくなる事はない。

 


 憂鬱な気持ちになりながら、チリンチリンと鳴り続ける伝話を取った。

 どうやら、俺の定時帰宅の目論見は砕け散ってしまったようだ。


「はい、冒険者ギルド・ラウルス支部でございます」

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