第3話◆昼まで寝ていたかった

 深夜、代理で行った依頼を終えて、そのまま借りているアパートメントへと帰る。

 名門貴族の出身ではあるが、寝に帰るだけの為に屋敷を用意するのは面倒臭いし、その管理も面倒臭い為、防犯管理がしっかりしている小綺麗な集合住宅の一室を借りている。

 家賃がそこそこ高い為、住人達も比較的まともな人ばかりで、暮らしやすく気に入っている。


 アパートメントの門をくぐると、こちらに向かって庭を駆けてくる番犬の足音が聞こえて来た。

「ただいま、ユウイチロウ」

 姿を現したのは頭が三つある大型の番犬、ケルベロスのユウイチロウだ。

 ユウイチロウは俺の前まで来ると、ゴロンと腹を上にして地面に転がった。それでいいのかケルベロス!?


 ユウイチロウはこのアパートメントの番犬として、管理人が飼っているケルベロスなのだが、知能が高くここの住人には基本的に愛想がいい。長毛種のケルベロスの為、ものすごくもっふもふで、ぱっと見とても可愛い頭が三つあるだけの大型犬だ。

 光の加減で金色に見えるもふもふの見事な長毛に、ぺろんと垂れた大きな耳、やや垂れ目の目に、ハッハッと息をしながらニコーと上がる口角、ちょっと大きくて頭が三つあるけど、その可愛さと愛想の良さでアパートメントの住人の間ではアイドル的存在である。


 住人には懐っこいユウイチロウであるが、不審な侵入者には容赦がない。

 もふもふで愛らしく普段は大人しいが、そこはやはり地獄の番犬とも呼ばれるケルベロス。不審な侵入者を発見すると、三つの口から吐き出されるブレスや、強力な噛みつき攻撃、魔法に番犬パンチ、巨体を生かした番犬タックルなど多彩な攻撃で、不審者を殺さない程度にボコボコにしてしまう。

「まだ起きてたのか? お前も大変だな、お勤めご苦労様」

「わふぅ」

 これでもかというくらいなで回してやって、ユウイチロウが満足した様子になると、別れを告げて建物の中へ。


 三階建ての建物の三階に俺の部屋がある。

 集合住宅と言っても一つの部屋が広く、各フロアに二戸のみで、一階には管理人さんが住んでいる部屋がある。

 このアパートメントは現在満室で、住人は俺を含めて五人。そして、管理人と番犬のユウイチロウがここで暮らしている。


 すでに深夜、住人達が寝静まっていると思われるこの時間、足音をさせないように階段を上り自分の部屋へ。

 最上階で南向き、日当たりの良い部屋でバルコニー付なのだが、昼間に家にいる事はまずない。

 広いリビングとそこからバルコニーに出る事ができる。リビングからキッチンにも繋がっているが、そこを使う事はあまりない。

 そして風呂トイレ洗面所に、無駄に大きなベッドが置いてある寝室、それが俺の住居だ。


 シャワーを浴びた後、キッチンからグラスとワインを持ってリビングへ。

 帰り際に店で貰ったお裾分けの料理の入った包みを、テーブルの上で広げた。野菜とローストチキンがパンに挟んであり、片手で食べられるのがありがたい。

 仕事中にまかないも貰ったのだが、やはり仕事を終えた後は小腹が減る。

 ワインと一緒に貰った料理を流し込みながら、時計を見れば日付が変わっている。

 定時で帰るつもりが、結局いつもよりも遅い時間。明日は昼からの出勤だからまぁいい。

 何事もなければ、昼前までゆっくり寝ていられるはずだ。






 昼前までゆっくり寝ていられるはず……だったのだが。

 チリンチリンチリンチリンチリンチリンッ!!

 起きる予定の時間より早く、冒険者ギルドの職員に渡されている通信用の魔道具の呼び出し音で起こされた。

 というか、まだ早朝というか日の出前である。

 寝起きでボーッとする頭で、通信用の魔道具を取り返事をする。

 出勤前に来る連絡なんて、たいがい碌でもない事なのはわかっているのだが、つい反応してしまう自分が悔しい。

 まぁ、無視したところで後で面倒臭い事になるだけなので、対応するしかない。


「……はい、ユーグランスだ。ああ、おはよう」

 寝起きの低いテンションで通信用の魔道具を取ると、夜勤の同僚の声が聞こえてきた。

「ん……わかった。了解すぐ行く」

 のろのろとベッドから這い出し、仕事の為に服を着替える。

 冒険者ギルドへ出勤する為の服ではなく、冒険者として活動する為の服だ。


 依頼当日の朝、予定していた冒険者が、何らかのトラブルで依頼に行けない事はよくある。

 そういった場合は、欠員が出た時の為に待機している冒険者や、特に固定の依頼を受けず当日依頼を探してギルドに来ている冒険者の中から、条件に合う者に代わりにその穴の開いた依頼に行ってもらう。

 しかし条件の厳しい依頼や、時間帯が悪いとなかなか代わりの冒険者がみつからない。

 その時は冒険者職員で条件に合う者が引っ張り出されてしまう。

 突然のトラブルで欠勤する事になった冒険者の代わりがみつからず、まだ暗い時間に叩き起こされて引っ張り出される事になった。



 そんなわけで僅かな睡眠の後、早朝に叩き起こされ依頼の現場へ。

 その依頼の内容は貴重品を輸送する商人の護衛。

 高額の品物を運ぶ馬車の護衛の為、高ランクでなおかつ信用のある冒険者、そして貴族が絡む仕事なので、接し方を弁えている人物というのが条件だった。条件が厳しめだった為、人員がみつからず俺が引っ張り出される事になったわけだ。

 冒険者の職員になるには最低Cランク相当の実力が必要だ。そして、俺はBランクの資格を持っている。

 Bより上のAとかSとかは次元が違う強さで、大きな町のギルドでもその数は少ない。Sまで行くと国に片手で数えられる程しかいないし、その強さはもう人外レベルだ。

 俺は一介の冒険者ギルド職員なのでBで充分だし、ほとんどの依頼はBランクで問題ない。


 まだ薄暗い町の中、一度冒険者ギルドに立ち寄り騎獣を借りて、依頼主の商人の屋敷へと向かった。

 騎乗したまま戦闘に突入する事が多い護衛の仕事では、馬よりも騎乗用の魔物の方が戦いやすい。

 こういった騎乗用の魔物や馬は、ランクの制限があり有料だがギルドで借りる事ができる。

 俺が借りたのは二足歩行の亜竜だ。亜竜系の騎獣は気性は少々荒いが、いざ戦闘になっても怯む事がないので、騎乗したまま戦い易い。




「おろ? キルキルの代わりはユーグなんだ」

 集合場所である商人の屋敷の前に行くと、金色の長い髪を高い位置で一つに束ねた長身のチャラ男が、大型の狼の魔物を従えて立っていた。キルキルというのは、元々この依頼に入る予定だった冒険者の男だ。

「あんなギリギリで連絡されても、人いねーから俺が来た」

「なるほど、ユーグが相方なら楽出来そうだ、今日はよろしくたのむよ」

「こちらこそよろしくたのむ。何かあってもエリュオンのペットが全部片付けそうだな」

 狼の魔物を従えたこの金髪チャラ男、エリュオンという名のBランク冒険者だ。

 ヒョロヒョロして弱そうというか、実際こいつ自体は、魔力量が多く回復や補助系の魔法が得意なだけで、そんなに強くない。

 しかし、こいつの従えている魔物の強さがやばい。こいつ自身がさほど強くない為、冒険者ランクはBで止まっているが、従えている魔物を含めた強さはAランクでも上の方になると推測される。

 魔物使い、いわゆるテイマーというやつだ。

 しかもこいつの場合、使役できるのは従えている魔物だけではない。精霊を使役する事もできる。

 魔物に精霊、一人でその辺の中級冒険者のフルパーティーを超える火力を使役しているのだ。

 人当たりも悪くなく、交渉上手で顔もそこそこ良い。それでいて魔物や精霊を使った安定の戦力に、本人は回復魔法持ちだ、そんな優良冒険者が人気でないわけがない。

 あちこちから指名をもらい引っ張りだこで、うちのギルドきっての稼ぎ頭だ。

 俺とは別の意味で働きづめの男である。


「ユーグも内勤なのに大変だな。もう冒険者になればいいのに。その方が楽なんじゃないか?」

「いや、俺はこのまま出世して、幹部になって定時で帰れる生活を手に入れるんだ!」

 今の生活なら、冒険者になった方が稼ぎも良さそうだし休みも好きに取れるが、将来的には冒険者ギルドの幹部になって、建物の中で書類仕事しながらふんぞり返って、定時にお家に帰れるポジションになってやるんだ!!

 やめろ、そんな同情に満ちた生温い目で見るな。


 エリュオンと話しているうちに、荷物を積んだ馬車と依頼主が雇っている護衛がやって来た。

 依頼主に挨拶をして出発だ。

 ここラウルスの町から馬車で半日程の場所にある町の貴族の屋敷まで、この馬車を護衛するのが今日の仕事だ。馬車を送り届けた後は現地解散で、そのままラウルスに戻って来る予定だ。

 夕方には戻る予定なので、その後はギルドで今日の仕事を処理しなければいけない。

 俺がいない間に誰かが代わりに俺の仕事をしてくれているなんて優しい話はない。ギルドの職員は皆、自分の仕事で手一杯なのだ。


 届け先が貴族邸のうえに、積み荷は非常に高価な物のようで、依頼主が連れて来た護衛の数が多く、馬車も大きく頑丈で物々しい為とても目立つ。

 何事もなく無事に依頼が終わって、さっさと戻って来られますように。

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