第43話◆蛍竜の光
「ギッギッギッギ」
「ギチッギチッ」
オッサン・オ・ランタンに抱えられ、俺とドッラは木々の間を流れる川の傍らに無事着地した。
俺達を助けてくれたオッサン・オ・ランタンは一仕事終えたような空気を出しながら、河原に繁っている草むらの中に体を隠し頭だけを出して、ドッラと何やら会話をするように音を出している。
流れる川の音と、細く高い虫の音のを上書きするように、ドッラ・オ・ランタンの出す音が周囲に響いている。
「危なかったなー、ユーグ。まぁ無事に着地できたようでよかったな。こんなところにドッラ・オ・ランタンが単体で棲んでいたのか」
上空でワールウインドを小型化させ、風の精霊の力を借りてフワリと降りてきたエリュオンと少年と彼に抱きかかえられた鶏、そして感じの悪いワンコロ。
俺もそれくらい優雅に着地したかったよ。
「ああ、一匹だけみたいだしはぐれ個体かなぁ。俺も助かったし、ドッラにとっては仲間がいてよかったなぁ。ドッラはここで仲間と一緒にお迎えが来るのを待つかい?」
俺に懐いてくれていて、俺を助けようとしてくれたドッラは可愛いのだが、ドッラの家族が町にお迎えに来たらまずいので、オッサン・オ・ランタンがドッラを引き取ってくれるならとてもありがたい。
「ギギギギギッ! ギギッ!」
オッサンと話していたふうだったドッラが俺の問いにこちらを振り返り、前足と中足を動かして何かを訴えるような、説明するような素振りを見せた。
すまん、ドッラ・オ・ランタンは習得していないな。
魔物で困った時はエリュオン!
エリュオンの方をチラリと見ると首を横に振られてしまった。
それを見たドッラは諦めたのか、少ししょんぼりした気配をさせながら足を下ろして空を見上げた。
「ギッギッギッギッギッギッギッ!」
そして大きな音を出し始めた。
「ギチッギチッギチッ! ギチギチギチギチギチ……」
オッサンまで草むらから上の方向に頭を出して、空を見上げて音を出し始めた。
オッサンのほうがドッラより体が大きいぶん音も大きく、真っ黒な夜空にその音が響き渡っていった。
なんだぁ? なんかの儀式かぁ? 仲間と会えて喜びの歌かなぁ?
俺、あんま魔物の生態というか虫系には詳しくないのだよな。ドッラ・オ・ランタンは亜竜だけれど、行動は虫に近いからなぁ。
「これは虫系の魔物が仲間を呼ぶ時の行動に似てますね」
「みたいだな。警戒音ではないようだから、周囲に被害はでないと思うけど」
照明用魔道具の光に照らされて、戸惑ったような幼年とエリュオンの渋い表情が見えた。
「マジか!? でもここなら平気か? いや、ここにいるとお迎えが来た時にドッラ・オ・ランタンの集団に轢かれるかもしれないな」
集団でお迎えに来られて、うっかり敵認定をされて攻撃をされたらまずいな。
まだ小さいドッラの出す音だけなら遠くまで届かなかったかもしれないが、オッサンの出す音はドッラの数倍大きくこれなら遠くまで届きそうだ。
近くで聞いているとかなりうるさく感じるが、これでドッラが親元に帰れるなら安心だ。
オッサンはドッラのために仲間を呼んでくれているのだろうか? 優しいオッサンに会えてよかったな!
ドッラの先ほどの行動は、仲間の元に帰ると俺に伝えようとしたのかな?
可愛い奴め。
「お迎えが来るのかな?」
「ギギギッ!」
俺が話しかけるとドッラは音を出すのを止め、こちらを振り向いた。
「じゃあ、俺達がここにいたら邪魔になるかな?」
「ギギ……」
少ししょんぼりしているが、ドッラを攫ったのは人間だ。俺達はここにいないほうがいいだろう。
「家族のとこに戻って達者に暮らすんだぞ。一応、明日また様子を見に来るからな」
ドッラがちゃんと群れに戻って、ドッラ・オ・ランタンの群れが町に来ることがないか確認もしないといけないからな。
「ギギギッ!」
「じゃあ、俺達は邪魔にならないように行くよ、達者でな」
ドッラとオッサンに手を振って、その場から離れる。
ここは川の周囲に木がや茂みがあり、ワールウインドが羽を広げて飛び立つには少し狭い。
それにこんなとこで巨大な鳥が羽ばたくと、ドッラ達が吹き飛ばされてしまいそうだ。仲間を呼んでいるようだし、余計なトラブルを起こしてはいけない。
このまま無事に仲間と合流して、住み処に帰って元気で暮らしておくれ。
怒らせると数でごり押しをされ恐ろしいドッラ・オ・ランタンだが、普段は人があまり住んでいないような自然が多く水の綺麗な場所で、ひっそりと暮らしている温厚な生き物だ。
ドッラ達がいる場所から離れ、時々空を見上げ周囲の広さを確認しながらワールウインドが大きくなれそうな場所を探して川沿いを進む。
何度目か空を見上げた時、木々の向こうに薄い光の点がチラチラと見えた。
「来たか……」
懐から時計を出して時間を見ると、そろそろ日付が変わる頃だ。
「そろそろドッラ・オ・ランタンの活動が落ち着く時間だけど、音を聞いて飛んで来たか。しかし綺麗だな」
エリュオンが目を細めながら空を見上げている。
最初は薄い小さな光の点がポツポツと見えただけ。
その数は少しずつ増え、はっきりとした光の点になり、こちらへ――ドッラのいる方へと向かって飛んでいく。
「すごい数ですねぇ」
「コケェ……」
予想していたより多くの光が群れをなして夜の空を横切っていく。
その光景は幻想的、そして圧巻である。
「綺麗だな。だが、あれが町に突っ込んで来なくてよかったな」
綺麗だけれど、まずそれである。ホント、突っ込んでこなくてよかった。
百匹近い群れだろうか。
光の群れは俺達の頭の上を通り過ぎ、ドッラのいる辺りで消えていく。
翅を閉じて着陸したのだろう。無事に再会できてよかったな。
あのはぐれドッラ・オ・ランタンはどうしてあんなとこにいたのだろうか?
やはり一匹狼気質な気難しい個体だったのだろうか?
それでも生体になって間もないドッラのために仲間を呼んでくれた、優しいオジサン・オ・ランタンだったのだろう。
ドッラ・オ・ランタンの群れの光が完全に消えた頃、俺達もワールウインドが飛び立てるほどの広さの場所を見つけ、巨大化したワールウインドの背に乗って町へと戻った。
すっかり遅くなり日付も変わってしまったが、今日はおうちのベッドで寝ることができそうだ。
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