第17話「踊らぬ会議に悪魔は嗤う」(1)



ーーーハルティス視点ーーー



 ヘルデニカの領主城、その国賓会議室。



 会議机に、ずらりと並ぶ上等な席。



 その上座、一番端の席に、俺は座る。



 俺以外の面々も続々と着席し、場は緊張と静寂、僅かな物音が静かに響く独特の空気に包まれている。



 コの字型に配置された机。


 対面するのは、ルリオス王国とアグナス皇国、それぞれの重鎮たち。



 アグナス側トップ、マルセン大司教殿。


 ルリオス側トップ、俺、第一王子ハルティス・A・ルリオス。



 その中間に座るのが、今回の会議で進行役を努めるヘルデニカ領主夫妻だ。



 席に座っているのは、合わせて二十名ほど。


 そして、その倍は下らない護衛が、それぞれの陣営の背後に並立している。



 アグナスの神聖騎士団。


 ルリオスの王国騎士団。


 ヘルデニカからは、ギルド本部のS級冒険者が何人か。



 広大な筈の会議室は、大量の人員に圧迫され、閉塞感を膨らませていた。


 壁の一面が窓ガラスになっていなかったら、今頃窒息感に溜息のひとつでも吐いていただろう。



「全員着席致しましたな……では、始めさせて頂きます 」



 威厳のある老齢な声。


 ヘルデニカ領主の宣言に、皆居住まいを正す。


 僅かに響いていた物音も消え去り、ピンと静寂が張り詰めた。



 確認する。


 会議の目的と、現在位置。



 この会議は、「【神聖】に関連する諸問題」について、その解決を目的としている。



 ……まぁ、言ってしまえば、罵り合いの喧嘩だ。

 

 相手の責任を追求し、自らの責任は弁明を重ね有耶無耶にする。

 

 普通の喧嘩と違うのは、自分の舌先に国民数千万人の命運が掛かってるってことだ。



 ……大丈夫だ。準備はしてきた。


 不備はない。



 アグナス側の主張は、ざっくりこうだ。


『ルリオス王家に血縁のない"神子"を王子として迎え入れ、挙句軟禁したこと。これは神への不信と背徳であり、到底許されるべき行いではない。また、ルリオス王宮を神聖騎士団の者が強襲し、ルリオス王国第二王子殿を誘拐したというのは、まったく事実と異なる曲解である』



 逆に、ルリオス側はこう主張する。


『"神子"たるルリオス王国第二王子を、神聖騎士団の者をけしかけ不当に誘拐し、王都を混乱に貶めたことは国際法に抵触する極めて悪質な犯罪である。また、ルリオス王国第二王子にルリオス王家と血縁関係がないというのは、まったく事実と異なる誤解である』

 


 とまぁこんな具合だ。


 相手を糾弾しながらも、お互いにその内容については全否定している。



 今回の議論のポイントは、『相手のしたことはお互い分かっているが、その確固たる証拠がない』ってとこだ。


 証拠がなければ、やったやってないの水掛け論はまったく無意味。

 

 だからこそ、話し合いの着地点はお互いの責任をなぁなぁにして、両者痛み分けに終わる。



 ……とは、恐らくならない。



 もし証拠があるならば、パワーバランスなんて一気に崩れる。


 両者痛み分けなんて話には持っていけない。


 一方的に糾弾され、好き放題されて終いだ。


 それは許されない。



 ならどうするか。



 自らの悪事の証拠は消し……相手の証拠をでっちあげるのだ。


 つまるところ、この議論は嘘の証拠の叩きつけ合いになる。


 キツネとタヌキの化かし合いだ。



 対面のマルセン司教が穏やかな笑みを浮かべる。


 俺もとびきりの営業スマイルをお返しした。



 一番怖いのは、相手が真に通用する証拠を持ってきたときだ。


 こっちはアグナス側の証拠を掴むことができなかったから、議論は苦しいことになる。


 ルリオスは国際的な信用を失い、一気に煙が立ち登るだろう。



 だが……証拠は念入りに消した。


 そもそも、ファウストを王家が回収した時点で、生まれの村は焼き払ったって話だ。


 魔術的な洗浄も済んでる。


 問題ない。



「では……まずは先のーー」



 ヘルデニカ領主が、議題を提示しようと口を開いた、そのとき。



 ーーーーガシャァァァン!!



 けたたましい破壊音。


 砕け散るガラスの悲鳴。


 鋭い凶器の断面を覗かせながら、一面のテラス窓は粉々に、バラバラ……と床に散らばった。



「襲撃か!!?」



 誰かの叫びに、騎士たちは即座に動く。


 それぞれの護衛対象を守るよう、曲者の前に並び立ちはだかる騎士たち。



 チャリ……ヂャリン……と、砕けたガラスの上、踏み荒らしていく漆黒の靴。



 現れたのは、漆黒の装備を纏った集団。


 先頭に立つのは、長身の男と、年若い少年。



 その二人を見た瞬間、その場の全員が息を呑んだのを感じた。


 彼らの放つ気配は、あまりにも……異質だった。



 一人は、六フィートを悠に超える長身の美形。


 妖しく濡れる真紅の瞳を爛々と輝かせながら、だらしなく立ち、物色するように騎士たちを見渡している。



 一人は、まだ年端もつかないような、小さな少年。


 全身黒づくめの彼は肩に栗毛のフェレットを乗せており、目元を覆い隠すよう黒灰色の包帯を巻いている。



「ーーッ!!」



 包帯越しに、その見えない筈の目と目が合った。


 瞬間、奔る凄まじい悪寒。


 全身の毛がブアッと逆立つ。



「ーーこんにちは、各国重鎮の皆さん 」

 


 少年の、その透き通るような甘い声が、会議室を貫いた。



 静まる世界。



 この場の趨勢は、一瞬で彼の色に塗り潰された。




「悪いんですけど……僕たちも混ぜてくれません? 」



 口を大きく広げ、綺麗に笑う少年。



 完璧にも近い広角の上げ方。



 それは、そう……悪魔の嗤い方だった。







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