第6話「農民の王子」(2)


 授業で知識が増えるたび、自分の置かれた状況に理解が追いついてくる。



 【神聖】。


 この【神聖】というのが、僕が軟禁なんきんされ、邪険にされている大きな理由だ。



 【神聖】は、神聖教のかかげる神。


  遥か昔、世界を滅ぼさんとする【魔神】を封印した、救世の神とされている。


 その大きな特徴は、"生まれ変わる神"だということ。


 "【神聖】は、人から成った神である"


 故に、死にもすれば、再び生まれもするのだとか。


 変な神様だ。



 ただ、流石救世の神というべきか。

 彼は決まって、世界規模の危機の時代に再臨する。

 

 約2000年前の"魔王襲来"が、その代表的な例だ。



 当時の覇権国家、アグナス王国に魔王が襲来し、都市を破壊、"初代"【神聖】の子孫を虐殺した事件から始まる、人と魔の大戦争。


 混乱を極める大陸に颯爽と現れたのが、"二代目"【神聖】、通称、神聖勇者だった。


 彼はその圧倒的な神の権能と、星々を鍛え上げて創った十二の星剣で、あっという間に大陸を調伏。魔王を撃破し、世界に安寧を齎した。



 ……が、彼が人々に与えたのは、良い影響だけではなかった。


 "二代目"は、"初代"の記憶を持っていなかったのだ。


 結果、彼が唱える教えは、"初代"のそれとは少し違っていた。


 "初代"は、博愛主義よりの教えを。

 "二代目"は、個人主義よりの教えを、それぞれ説いた。


 結果、人類は"初代派"と二代目派ーー"勇者派"に分裂。


 アグナス王国も、"初代派"の神聖アグナス皇国と、"勇者派"のルリオス王国に、分断されることとなった。


 一種の宗教対立とも呼べるこの二国間の対立は、現代でも根強く残っている。




 それで、問題なのはここからで。



 僕は、【神聖】の生まれ変わりらしい。


 

 ルリオス王国のある天才予言者が、辺境へんきょうの村に神子が生まれると予言をした。


 数年後、その村で予言通り、不思議な子供が生まれる。


 髪も肌も全身真っ白で、目だけは、蒼海に星々を散らしたような青い瞳の赤ん坊。


 それが、僕。


 初代【神聖】と同じ外見の赤ん坊。



 王国は即座に動いた。


 もし本当に【神聖】が生まれてきたのなら、それはルリオス王国、神聖アグナス帝国両国にとって、最重要のジョーカーになりる。


 なんたって、あがめる神様の生まれ変わりだ。


 利用価値は果てしない。



 僕の身柄みがらは王家に回収され、僕の存在を知る者にはすべて緘口令かんこうれいが敷かれた。


 実際どういう話し合いがあったのかは知らないけれど、僕は王家に生まれた子供として扱われることになったらしい。


 きっと、そうするのが一番都合が良かったんだろう。


 王家の血にはくがつくとでも思ったのかもしれない。



 こうして、ただの農民の子は、ルリオス王国第二王子ファウストとなった。





 けれど、僕は"神聖術"が使えなかった。


 【神聖】にのみ行使できるという、なにやら凄いらしい術が。


 それどころか、剣術も魔術もろくに使えず、勉学も要領が悪い始末。


 これでは【神聖】の生まれ変わりだなんて、とても喧伝けんでんできない。


 【神聖】にあるまじき役立たずっぷりだ。


 むしろこう言うべきだろうか。


 「ただの農民の子なら当然 」と。



 僕が【神聖】の生まれ変わりである、という話が怪しくなると、王宮内で意見が対立し始めたらしい。


 ファウストを王家に生まれた【神聖】として、今後も扱っていくべき、という派閥はばつと。


 ファウストは平民出身の無能なガキで、予言は間違っていた、という派閥はばつが生まれた。



 その二つの勢力の板挟いたばさみになった結果、僕は空晶宮に軟禁なんきんされているのだと、八歳になってようやく分かった。







 読み飽きた聖典のページをめくりながら、僕はひとり考える。



 僕って……なんなんだろう。


 僕って、本当に【神聖】なの?


 【神聖】だったら、どうなの?


 【神聖】じゃなかったら、どうなの?



 考えようとして、考え方がよく分からなくて、漠然ばくぜんとした不安だけが積み上がっていく。


 

 僕は聖典を閉じて、椅子に体重を預けた。


 見慣れた天井を見上げ、また考え始める。

 


 昔、四歳くらいのとき、よく甘やかしてくれたメイドがいた。


 彼女が雑談に応じてくれるとき、彼女は決まって「ファウスト様は特別です 」と言った。


 特別。


 僕が特別だなんて言われても、今ではなんだかお笑い草だ。


 ダメダメな僕に、世界なんて大きなもの、救えるパワーがあるとは到底思えない。


 まだひとつの魔法だって使えないのに。


 ……あぁ、でも、少し魔法が使えたからって、何かを救えるものでもないのかな。


 いやいや、回復魔法が使えれば、傷付いたひとをいやせるし、きっと役立つよな。


 まぁ、使えないんだけど……。



 そもそも、"救う"ってなんなんだろう。



 "救い"が必要なのは、なんとなく分かる。


 みんな苦しさを抱えている。


 でも、それでも、みんな充分幸せな気がする。



 清潔せいけつな家に、お洒落しゃれな服に、豪華ごうかな食事、指輪とか、装飾品そうしょくひんを着けているひとも少なくないし、安全な水を好きなだけ使える。


 家族がいて、仲のいい友人や恋人やペットがいて、信頼のある仲間がいて。


 僕がこれまで見てきた王族や大臣、官僚かんりょう、騎士やメイド、執事、庭師、その他大勢のひと、みんな幸せな生活をしているようにしか見えない。


 それなのに、これ以上幸せになる必要があるっていうのは、僕にはうまく納得できない。


 欲張りばかりで、理不尽というか、不自然さをぬぐいきれなかった。



「ねぇ、君はどう思う?」



 前を真っ直ぐ見据みすえて、問い掛ける。


 目の前には、椅子があるだけ。



 独り言だ。


 でも、対話の形をとると、ほんの少しだけ安心できた。





『そんなの、決まってるわーー』





 ーーあぁ、そういえば、答えてくれたんだっけ……。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る