第6話「農民の王子」(1)


◇ーーー







 物心ついてすぐの頃は、みんな優しかった。


 幸せで、充実していた。



 雲行きが怪しくなったのは、剣術や魔術の稽古けいこが始まってからだ。







 ぼくは要領が悪かった。



 いくら剣を振ってもヘタクソなままで、いくら魔法を学んでも、ひとつの魔術も使えなかった。


 木剣は重くて、振り回されちゃうし、魔術はうまくいった!と思っても、うまくいかない。


 ぼく専属の先生たちは、みんなガッカリした様子で、ぼくが四苦八苦しているのを見ていた。





 ぼくは"神聖術"というのを使えないらしい。



 水晶玉のついた台座の前に連れてこられて、水晶玉に向かって魔力をたくさん出した。


 そしたら、水晶玉は透き通ったままだった。


 それが、まずかったみたい。


 ぼくには話が難しくて、みんなが一体何に騒いでいるのか、よく分からなかった。


 ただ、その日を境に、みんなの態度は一変した。



 今思えば、稽古けいこが始まった頃から、予兆よちょうはあった気がする。





 それから、ぼくは王族の住む白晶宮を追い出され、離れの空晶宮に住むことになった。


 宮、と言っても、空晶宮はそんな立派な建物じゃなくて、ほとんど一軒家みたいなものだ。


 ぼくの周りには、侍女と、近衛騎士の数人だけが残った。


 一人で食べる豪華な食事は、寂しい味がした。



 前の部屋と比べると、随分ずいぶんせまくなった部屋。


 小さい窓から、遠くの白晶宮を眺めていると、執事が言った。


 「今後、空晶宮からの外出は許可されません」と。


 「兄様たちに、会いに行けないの?」と僕がつぶやくと、執事は否定も肯定もせず、部屋を出て行った。


 

 僕は空晶宮に軟禁なんきんされるらしかった。





 ーーなんでだろう?


 ーーなんで、こんなことになったんだろう?



 疑問が尽きなかった。


 夜中、ベッドで延々と考えた。

 

 ぼくは、「何も上手くできない自分に、みんなが愛想あいそかしたから」だと思った。


 嫌いになっちゃったんだと。


 それなら、この待遇たいぐうもきっと、妥当だとうで当然なんだろうなと。





 それから僕は、できないなりに努力をした。


 本を読み漁って知識をたくわえたり、暇なときに魔力操作に没頭ぼっとうしたり、中庭で地道に剣の素振りをしたり……。



 ただ、一番好きだったのは、庭の手入れだ。


 当時の僕は、庭師のおじさんがお気に入りで、おじさんからこっそりガーデニングを教わっていた。


 自分の花壇かだんを作り、花を育てた。





 あれは確か、僕が七歳のとき。


 霧雨きりさめの降っていた夜。


 女王陛下の誕生日パーティーが開かれた。



 僕は自分の育てた花を花束にして、母様の誕生日にプレゼントしたいと考えた。



 僕は空晶宮を抜け出して、パーティーホールの前で身をひそめる。


 パーティー開始前は忙しいだろうから、パーティーの終わり際、会場から母様が出てくるときに渡す予定だ。


 霧雨きりさめれながら、僕はパーティーが終わるのをひっそりと待った。


 一分一秒が経過するたび、不安が胸のうちにふくらんでいく。


 でも、きっと喜んでくれる。


 庭師のおじさんも、良いアイデアだと褒めてくれたから。



 数分後、パーティーホールから母様が出てきた。


 僕は母様に駆け寄って、小さな花束を差し出した。


 完全なサプライズ。


 僕はまごついて、上手く「おめでとう」の言葉が言えなかった。


 お、お……とか、あ……とか。床を見つめたまま、意味不明なうめき声を上げる僕。


 チラ、と僕は母様の顔色をうかがった。



 女王の表情は、氷のように冷たかった。


 眼差しには、ハッキリと侮蔑ぶべつの色が浮かんでいた。



 女王はそのまま何も言わずに、コツ、コツ、とくつを鳴らして、僕の前を通り過ぎていった。



 力なく花束をぶら下げ、遠ざかる女王の背中を見つめる。



 僕は、自分が馬鹿だったことを自覚した。







 次の日以降、庭師のおじさんが僕の前に姿を現すことはなかった。







 それから、ガーデニングはもうやめてしまって、なんとなく自堕落じだらくな生活を送った。


 花壇かだんは雑草に侵食しんしょくされ、木剣はほこりかぶり、本棚には新しい本が並ばなくなった。


 周りの人間は、以前まではファウストに親身になってくれる人が多かったが、段々と、堅苦しく冷たいひとの割合が増えていく。


 息苦しい日々が続いていた。



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