第5話「vs魔神獣」(2)


 そのとき。



 『law・fowdyen!!』



 男の声。


 夜空の向こうから、赤い炎の流星が三つ飛来し、闇虎に突き刺さる。


 途端、炎が一気に燃え上がって、闇虎の巨体を包み込んだ。


 小さく呻き声を上げる闇虎。


 闇虎は炎の飛んできた方向へ、視線を向ける。


 

 そこには、白竜が二体。


 鋭い爪と牙を持ち、首と尾の長い白銀の竜が、巨大な両翼をはためかせ、上空からこちらを睥睨へいげいしている。


 一体はそのまま空中に残り、もう一体は真っ直ぐ僕の方へ降下してきた。


 

「キミ! 意識はあるか!?」



 先の詠唱とは違う女性の声。


 

 白竜は僕のすぐ側に着陸すると、白竜の背中から、一人の女性が飛び降りる。


 

 白い革製のコートに、背中には矢筒と灰色のロングボウ。


 両手の爪は黄金に輝き、背には翼が、肌には鱗がある。


 体格が良く、戦士らしい引き締まった体の女性。


 彼女は僕の元へ駆け寄ると、僕の顔をのぞき込んだ。



 古傷の刻まれた顔。


 その瞳は爬虫類はちゅうるいを思わせる細長いもので、眼力の強い切長きれながの目だった。



 竜人族ドラゴニアだ。


 竜神山の頂上、"竜神の里"に住む人類最強とうたわれる種族。


 山を降りて人里に出てくることはなく、独自の文化と信仰があると聞く。



 僕はパク、パクと、口をわずかに開閉して見せる。



「よし、生きてはいるみたいだな……」



 彼女はそう言うと、明らかにホッとした顔をした。


 次に、彼女は表情を引き締めると、片手をそっと僕の胸に置く。



『光の竜帝・従順・薄明。森の神に乞い願う。傷付いた彼の者に、起死回生の奇跡をーーエクス・ヒーリング』

 


 帝級の魔法詠唱。


 霊級とは、効果も難易度も比べ物にならない。もたらされる効果は、絶大だ。


 

 僕の体を、温かい光が包み込む。


 全身の傷から、あふれ出る血の勢いが弱まっていき、やがて止まる。


 瘡蓋かさぶたもできぬまま、じわじわと赤い傷口の面積が縮まっていき、元から傷などなかったかのように、綺麗に傷がふさがった。


 体からあっという間に苦痛が取り除かれていく感触は、筆舌ひつぜつに尽くしてがたい。


 "救われる感触"とでも言うべきか。


 なんだか、神の奇跡に触れたような気分だった。



「まだ動かない方が良い。血を流し過ぎてる。治療はしたから、今すぐ死ぬことはないだろうけど、安静にしてないと後遺症こういしょうが残る可能性がある……分かったね?」



 僕の目を真っ直ぐ見つめ、ハキハキと語り聞かせる彼女。


 最後に、人差し指を立て念を押してくる。



 そのとき、僕の脳裏にパチっと閃光が弾けた。



 僕は焦燥しょうそうに焼け焦げてしまいそうになりながら、咄嗟とっさに彼女の腕を掴んだ。



「助けてください! 向こうに、女の子がーー」


「アゥスファ!! 終わったんなら手伝え! コイツ硬いぞ! 」



 男の絶叫が、僕の声をき消した。



 アゥスファ、と呼ばれた女性は、弾かれるように声の方へ視線を向ける。



 視線の先には、上空に滞空たいくうしている白竜と、それに騎乗きじょうしている筋骨隆々きんこつりゅうりゅうの男が一人。


 男は灰色のロングボウを引いて、炎の矢を三本同時に闇虎へる。


 それに対し闇虎は、炎の矢を体に生やしながらも、俊敏しゅんびんに地を駆け回り、上空の白竜に飛びかかった。


 迫る闇虎の牙を、ギリギリで旋回せんかいし、かわす白竜。



「お願いします! ひどいケガなんです!あそこです!」



 僕はアゥスファさんの足にすがり付いて、必死に叫んだ。


 帝級の回復魔法が使えるこの人なら、あるいはリリィも……。


 きっと、まだ間に合うはずなんだ。



 僕があそこと指差した先に、視線を向けるアゥスファさん。


 そう遠くない位置に、千切れかけている小さな体が横たわっている。



「オイ! 早くしろーーぐッ!」



 跳躍ちょうやくする闇虎。黒龍の絶壁を駆け登り、飛翔。白竜に襲いかかった。


 男は咄嗟とっさに、矢を闇虎の目玉目掛けて放つが、闇虎の勢いはおとろえず。


 闇虎は白竜の首に喰らいついた。



「ゴォァアッ!」



 白竜の絶叫。


 二つの巨体が、木々をぎ倒しながら地面へと墜落ついらくする。



「イェルガッ!」


 

 アゥスファさんは見るや否や、血相けっそうを変えて落下地点へと駆け出した。


 一陣の風の如く疾駆しっくし、瞬く間に闇虎へと肉薄にくはく

 

 闇虎の頭上を、舞うように飛び越えーー夜闇に黄金一閃。


 闇虎の首から、真っ黒な血がほとばしる。



「チッ、浅いか……!」



 着地と同時、悪態あくたいを吐くアゥスファさん。


 その右手の爪に黒い液体が付着している。



「ふッ!」



 僕が瞬きした一瞬、ドドドン!と重なった鈍い音がして、気付けば、闇虎は吹っ飛んでいた。


 巨体は地面を転がり、一回転すると、四足で地面に着地する。


 アゥスファさんの方を見ると、半身になって腰を落とし、爪を正中線せいちゅうせんに沿って構えていた。



 今の一瞬で、拳打を何度も打ち込んだらしい。



 上に乗っていた闇虎が退いたおかげか、白竜が首をぬーっと上げて起き上がった。


 その喉元からは、青い血が流れ出ている。


 しかし、白竜にそれを気にしている様子はない。


 瞳に揺るぎない闘志を宿して、白竜は静かに闇虎を見据みすえている。



 白竜の下から、イェルガと呼ばれた男がい出てきて、アゥスファさんと同じように構えを取った。



「俺は大丈夫だ……!仕留める。合わせろ!」


「応!」



 目に矢を生やしたまま竜人たちを睨み、警戒を見せる闇虎に、気合い一拍、二人の竜騎士が踊り掛かる。







 そんな様子を横目に、僕は地面にいつくばっていた。


 景色がうねって歪んで見える。


 込み上げてくる気持ち悪さに耐えながら、僕は必死に前へ前へと体を引きずった。


 リリィの元へ。


 その一心で不快に耐え、体を前へ運ぶ。


 どうせ、何をしてやれるわけでもないのに。


 それでも、早る気持ちがおさえられなかった。



「フーッ……! フーッ……!」



 焦りのせいか、貧血のせいか、自然と呼吸が荒くなる。


 歯を食いしばって、ひたすら前に進んだ。



「グルァ……」



 僕の視界を、なにか白いものが覆った。


 獣臭い。


 視線を少し上にやると、大きな爬虫類はちゅうるいの瞳と目が合った。


 白竜が、鼻先で僕の進路をふさいでいるようだ。



 僕は、どいてくれ、と言おうとして、やめた。


 白竜の瞳が、あんまりに優しい光を宿していたから。


 言葉こそ交わさなかったけれど、さとされた気がした。


 僕は白竜から目線をらした。


 無力感に、そっと歯を食いしばる。







 大人しく、戦闘の状況に目を向ける。

 


 竜人二人は、闇虎の周囲を縦横無尽じゅうおうむじんに駆け回り、闇虎の肢体したいいでいく。


 二人が腕を振るうたび、金の燐光りんこうと、黒い血飛沫が夜空に舞った。



 闇虎も攻撃を仕掛けているが、どれも二人には当たっていない。


 闇虎は完全におさえ込まれていた。



 そして、激しい猛攻の間隙かんげき、ついにアゥスファさんが、闇虎の後脚うしろあしを一本、爪剣でぎ飛ばした。


 

 体勢を崩し、ズドンと倒れ込む闇虎。



「ォォオオオッ!」



 雄叫おたけびを上げるイェルガさん。


 後脚うしろあしが飛び、闇虎の体勢が崩れた一瞬、イェルガさんは闇虎の眼前がんぜんに躍り出て、両拳を背後へ引きしぼる。


 イェルガさんの存在感が膨れ上がったーー姿がブレる。

 

 瞬きひとつ、両拳をクロスさせた状態で、闇虎を通り越しているイェルガさん。



 ボフン、と爆発するように、闇虎の首から不定形の闇が膨張ぼうちょうした。

 

 膨張ぼうちょうした闇が弾け、辺りに飛び散ると、巨大な闇虎の生首が、ごろんと地面を転がった。



「やったか!?」


「悪い、イェルガ! 傷の治癒は自分でやってくれ!」


「は? オイ!」



 アゥスファさんは、闇虎の首が落ちたのを認めるとすぐに駆け出した。

 

 手を伸ばすイェルガさんの静止を振り切って、アゥスファさんは僕の方に真っ直ぐ走ってくる。



「無理をするな! 今そっちの子を見てやるから!」



 僕にそう言葉を掛けると、アゥスファさんは地面をう僕を追い抜いて、リリィの元へ到着。


 アゥスファさんはリリィのかたわらに立ち、それから、しばし硬直した。



「こ、れは……」



 言いよどむように、呟くアゥスファさん。



 不穏な様子に、喉が詰まった。


 

「アゥスファッ!!」



 男の叫び声。


 続く、巨体が地を駆ける疾走音しっそうおん


 意識の空白を切り裂くように、何かが僕に迫ってきた。



 背後を見る。



 首のない闇虎が、首元からモクモクと闇をあふれさせながら走っている。僕に向けて。


 その足取りは忙しなく、体勢もグラグラで、しかし、途轍とてつもなく速かった。


 殺意と執念しゅうねんが、物言わぬ首無しの体から有り有りと伝わってくる。



 僕は闇虎を、射殺さんばかりに強く強くにらみつけて、上体を起こす。


 平衡へいこう感覚が、狂ったコンパスみたいにブレる。


 異常は無視。片足を立て、迫る闇虎へ、僕は真っ直ぐ手を伸ばす。



「もう……くたばれ……!」



 吐き捨て、特大の蒼炎をお見舞いしてやろうと、"力"を込めた。


 そのとき。


 地平線が傾く。


 目の前の景色が丸ごと斜めになり、迫る闇虎も斜めの大地を駆けている。


 不可思議な現象を前に、僕の意識は遠ざかっていく。


 地平線が九十度傾き、垂直に変わった頃。


 

 僕の意識は、暗闇に落ちた。

 

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