第12話「ぼうけんのしょは つくれませんでした」(3)


「……いこっか 」


「……ん 」



 僕はそそくさとカウンターに向かい、リリィがその後ろに続く。



 カウンターに着いた僕は、受付の人に話しかけた。



「冒険者登録をお願いします 」



 受付の人は数回瞬きをして、僕とリリィの顔を交互に見る。



「どうかしましたか?」


「………………いえ、失礼しました。ではこの書類に……」



 少しの間のあと、受付の人が書類を取り出して、説明を始めた。



 ……子供が珍しいわけじゃなさそうだけど……。


 内心疑問に思いながら、僕は集中して、書類に必要事項を記入していく。


 色々と複雑な手順や仕組みが多く、僕は覚えるのに手一杯だった。



 しばらく経った頃、リリィがちょんちょんと僕の脇腹をつついた。



「ねぇ……」



 リリィの方を見る。


 リリィは受付の人の顔を見ていた。



 僕も職員の顔を見てみる。


 彼女は、サッと僕から目を逸らした。



 ……どうかしたかな?


 僕が不思議に首を捻ったとき。



 カウンターの背後に目が行った。



 高い位置に貼られている、高級そうな依頼用紙の数々。


 その中に、心当たりのあるものがあった。



 『ルリオス王国第二王子誘拐。犯人と目される聖騎士五人の情報求む 』



 王国から出された、僕の捜索依頼。


 それとーー。



 『竜神様に大逆した大罪人、幼い少年と少女。捕らえた者に白竜泉瓶百本。生死は問わない。詳細は以下ーー』



 僕とリリィを探す、竜人たちの依頼書だ。



 硬直する。



 まさか、人里に降りてこない竜人たちが、冒険者ギルドに依頼を出すなんて……。



 マズイ。


 この用紙は多分、あれだ。


 全ギルド支部に転写される最優先魔法依頼書プライオリティ・クエストだ。



 本部で発行される最優先魔法依頼書プライオリティ・クエストは、全支部の同型の転写用紙に自動でコピーされる。


 冒険者全体に通知する目的の、魔法品マジックアイテム



 つまりは……この依頼書によって、僕とリリィは、冒険者全員に指名手配されてるってことだ。



 手が強張る。


 心臓がドクドクと脈打って、呼吸が浅くなっていく。



 絶対バレた。


 山を降りたこのタイミング。


 顔を隠した少年と少女。


 特徴も、僕はともかく、リリィのはバッチリ書かれてしまっている。



「きょ、うは……今日は帰ります 」



 僕は喉からそれだけ絞り出して、羽ペンを置くと、リリィの手を引いて扉へと向かう。



「待ちな 」



 行く手を、数人の冒険者が立ち塞がった。



「まさかと思ったが……今日はツイてるぜ……」



 正面に立つ一際大きいスキンヘッドが、ニヤけた笑みを浮かべる。



 僕よりも遥かに大きい男たち。


 それぞれの獲物に手をかけながら、彼らは僕とリリィを囲み始める。



 僕は咄嗟に間を抜けようとして。



「おっと 」


「逃がさねーよ 」



 進路を塞がれた。



 周りを見渡す。


 大人の壁。


 誰も彼もギラついたニヤけ顔だ。



「カブラさぁん。アンタはいいのかい?」


「……俺はパスしとくわ 」


「へへ……悪いな……」



 スキンヘッドが、端の席に座っていたさっきの中年男性に声をかけた。



 カブラと呼ばれた男は、少女の首根っこを掴んでいる。


 少女は不服そうな顔だ。



 スキンヘッドは彼の返答にニヤッと笑うと、一気に腰の剣を引き抜く。



「なぁ、おふたりさん。痛いのはヤだろう? ここは穏便に、なんとか捕まってくんねぇかなあ?」



 直剣が、陽光に照らされギラっと光る。



 闇虎に裂かれた胴体に、激痛の記憶がビッと走った。


 恐怖に思わず、体が強張る。



「見逃しては……くれませんか?」


「ハハ……いやぁ、俺らも心が痛むんだけどよぉ、こっちも生活かかってるもんで……ま、悪いことしたツケだと思いな 」



 嗤う男たち。


 目には悦楽が宿っている。



 ……仏心は望めなさそうだ。



 僕は視線を落として、床を見つめる。



 ……ルリオス王国の王子だと分かったら、彼らも矛を収めてくれるだろうか。


 王子のネームバリューが、冒険者たちにどれほど通じるのか、よく知らないけど。


 やってみる価値は……あるだろう。



 けど……怖い。



 脳裏に、聖騎士たちの死に様が浮かんでくる。


 溶けて焼けて潰され犯され喰われ……。



 彼らを殺した恐ろしい追手たちが、今にもやってくるかもしれない。



 でも……。



 隣のリリィを見る。



 リリィは心配そうに、僕を見つめていた。



 ……よし。



 僕が右手で頭の布を取ろうとしたとき。



 リリィが僕の手を掴んだ。



「……っ?」



 繋いだ手から、隣のリリィに視線を移す。


 リリィは僕の目をじっと見て、そして、冒険者たちに顔を向けた。


 淡白で、色のない表情。


 その横顔を見て、僕はハッとする。



「待って、リリィ、殺しちゃダメだーー」


「ん 」


「……何を喋ってやがーー」



ーードォン!!



 男の声を、雷鳴が掻き消す。


 室内はカッと黄金に染まって、光が世界を轟き裂く。



 眩しさに目を瞑る僕。


 明転が解ける頃、何人もの呻き声が聞こえてきた。



「ぐぉ……ぅ……お……」



 床に転がる大男たち。


 彼らは陸に打ち上がった魚のように、体を痙攣させている。


 何かを喋ろうにも、口が動かないようだった。



 血の気が引く。



 僕は咄嗟に周囲を見渡した。



 中年と少年と少女。その三人は驚愕に目を見開いている。


 中年の目つきが鋭い。



 受付嬢は耳元を押さえながら、こちらを見て硬直している。


 顔色が青い。



 最後にリリィを見やる。


 リリィは何でもない顔で話し出した。



「相当抑えたけど……しばらくは動けないと思う 」


「……リリィ 」



 リリィは僕の表情を見ると、ビクッと肩を震わせた。



「だ、ダメ、だった……?」



 怯えた様子で、僕の顔色を伺うリリィ。


 とても、こんな状況を作り出した人物とは思えない、弱々しい仕草。



 僕は自分の表情を解すように努めて、ゆるゆると首を振って見せる。



「……ううん。リリィのおかげで助かったよ。ありがとう 」


「う、うん……」


「でも、暴力で簡単に解決しちゃいけないんだ。できれば、話し合いで解決した方が、良いんだよ 」



 僕は言葉を選びながら、ゆっくりとリリィに語った。



 何故そうしなければならないのか、自分でもうまく説明できないのに……。



「……うん、分かった 」



 リリィは疑問も言わずに、素直にうんと首を振った。



 僕は改めて周囲を見る。


 アクションを起こしそうな人は誰もいない。



「……行こう、リリィ 」


「ん 」



 背中に視線を浴びながら、僕らは冒険者ギルドから逃げ出した。


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