第12話「ぼうけんのしょは つくれませんでした」(2)


 冒険者ギルド。



 僕にとっては馴染み深い言葉だけど、リリィは知らないようだった。


 ざっくり説明する。



 冒険者ギルドは、旅人たちに魔物討伐などの依頼を斡旋する、会社みたいなものだ。



 冒険者ギルドに登録すると、旅人たちは冒険者と呼ばれ、ランク毎に様々な依頼を受けられるようになる。


 薬草採取、行商人の警護、魔物の討伐……などなど。



 半ば便利屋のようなものだが、仕事には危険を伴うものが多い。


 たいていは、魔物や野盗を相手にする。


 だから、冒険者は腕っ節が強くないとやっていけない。



 そんな冒険者たちを支えるのが、冒険者ギルドなのだ。





 ルリオス国内において、冒険者ギルドの存在を知らない人はまずいない。


 それくらい、ルリオスでは文化として定着している。



 この国では、冒険者の人気がとても高い。


 "女は文官に、男は冒険者になる国"


 それがルリオス王国。


 男の大半は旅に出て、魔物を狩って生計を立てる。



 "二代目"神聖勇者の影響〜とか、男には出世の道がないから〜とか、色々理由は言われてるけど、実際のところはよく分からない。


 とにかく、ルリオスは冒険者が多い。とても。



 冒険者が多いということは、その分、冒険者ギルドの影響力も強くなる。


 ルリオス国内での力は、もはや国権と同等。


 現在では、ルリオス国内の殆どの都市、街、村にギルド支部が設置されている。



 国にとっては怖い相手だ。


 まぁ……上手くやってるみたいだけど。



 ギルド本部のある隣国、境界都市ヘルデニカとは、随分と仲良し・・・だし。



 ……この話は置いておこう。





 冒険者といえば、彼を語らずには終われない。



 "剣神"ランフル。


 世界最高峰、星級の剣士であり、世界最強と謳われる"三武神"の一人。


 冒険の末、黒龍を屠り、自らの国まで建てた男だ。



 彼を描いた冒険譚が大ベストセラーになると、世界中の色んな人が冒険に憧れを抱くようになった。



 かくいう僕も、彼の冒険譚を読んで、夢を膨らませたクチだ。


 彼の話はとにかくカッコよくて、ロマンがあって、世界の楽しみ方を教えてくれるようなものだった。

 

 僕はすごく冒険者になりたくなったし、きっとみんなもそうだったろう。



 とくれば、真っ先にその恩恵を受けるのは、冒険者文化の整ったルリオス王国だ。


 近年拡大を続ける冒険者人口は、ルリオス国内の魔物の数を大幅に減少させ、治安を改善。


 更には、大量の冒険者たちが各地を旅して齎す経済効果により、ルリオスは大きく豊かになった。


 ……良い影響ばかりでは、ないみたいだけどね。



 ともかく、そのブームっぷりは凄まじく。


 "冒険者が経済を回す"とまで、今では呼ばれ始めている。





 大きな扉を前にして、僕は深呼吸をする。


 強張る体。


 全身に満ちた緊張を僅かずつ解しながら、僕はすべきことを反芻する。



 ①冒険者登録をする。

 ②依頼を受ける。

 ③依頼を達成してお金を受け取る。



 これだけ、これだけだ。



 あ、あと宿屋の場所も聞かないとか。


 ……ん? そういえば、一泊するのに幾らくらいかかるんだろう。


 ……まぁまぁまぁ、それも聞けばいいな。



 ……大丈夫、大丈夫だ。


 売れるかどうか分からないけど、アレも一応あるし……。



 僕はポケットの中のものの感触を確かめて、ふー……と長く息を吐いた。


 リリィの方を振り返って、アイコンタクトをとる。



「じゃあ、入るよ 」


「ん 」



 リリィはただ頷いた。



 僕も覚悟を決めて、扉に向き直り、重い扉を力を込めて押し開く……。



 天井が高い。


 二階までの吹き抜けに、天辺にはシャンデリア。


 両脇につけられた大窓から陽光が差し込み、室内を光いっぱいに照らしている。



 レンガ調の壁には、それを覆うほどに大量に貼り付けられた依頼用紙の数々。


 白い紙、黄色い紙と様々雑多に貼られていて、中には高級そうな縁取りのされた依頼用紙も見受けられた。


 依頼のレベルで分けられているんだろう。



 食堂のようにテーブルと椅子が並ぶ床の向こう、受付カウンターでは、職員らしき若い女性と体格の良い中年が話をしている。


 他にもチラホラと人がーー



「ねえ!!」



 甲高い爆音。


 僕は思わず耳を塞ぎながら、突如視界に割り込んできた少女を見やる。



「あなた冒険者ね!?」



 眉尻をキッと上げて、自信満々な風に尋ねてくる少女。



 少女の背は低い。僕よりひとつかふたつは歳下に見える。


 髪は燃えるような赤色で、頭の後ろで髪を結っているようだ。


 腰には、一本の剣を提げている。



「ち、違いますけど……」


「えぇーっ!!」



 少女はあからさまにガッカリした。



「なんだぁ……」



 眉尻を落とす少女。


 なんだか申し訳ない。



「あー……でも、これから登録しようと思ってるので、実質もう冒険者、みたいな……はは……」



 僕は謎のフォローを入れながら、少女の横を通り過ぎようとして。



「なら問題ないわ!!」



 サッと先回りされた。



 ……面倒なことになったかもしれない。



「あなたたち、私の仲間になって!!」



 少女はドヤ顔で言い放った。



「……ちなみに、理由とか 」


「旅は道連れだからよ!!」



 少女は更に口角を上げて、ドヤァ……と音がしそうな程のドヤ顔を披露してきた。


 決め台詞なんだろうか。



「良いわよね!?ガル!」



 少女はすかさず、後ろを振り返って叫んだ。


 少女の向いた方には、テーブルに突っ伏してぐでーっとしている狼獣人の少年がいる。


 歳は少女と同じ位だろう。


 彼は視線だけこちらに向けると、ふさふさの尻尾をべたんと地面に打ちつけた。



「なんか弱そうじゃね?」



 少年はそれだけ言って、また視線を虚空に戻した。



 失礼なやつだ。


 間違ってはないけど。



「む……」



 少女は少年の言葉を受けて、押し黙った。


 ちらちらとこちらの顔を見たり見なかったりしている。



 特に反論ないらしい。


 間違ってはないけど。



「なにこいつら……」



 少し後ろから、怒気が立ち上ってきたのを感じる。


 空気がギリギリと捩じ上げられているような緊張感。



 僕は慌ててフォローを入れようとして。



「コラ!!」



 ごちん!と少女の頭にゲンコツが炸裂した。



「ぁいたーっ!!?」


「誰でも彼でも声かけるんじゃねえ!」


「でも……!」


「でもじゃない!まったく、お前のパパだってなぁ……まぁ割と節度持って勧誘してたぞ!」


「説得力ない!」



 ゲンコツを降らせたのは、奥で受付の人と会話をしていた体格の良い中年だった。


 涙目になった少女に、男はガミガミと説教を続ける。



 ちょっと可哀想だ。



 お気になさらず……と僕が男を宥めようとしたとき。



 男は少女にひそひそと話し出した。



「……あとな、顔隠してるヤツはやめとけ 」


「なんで?」


「物凄いシャイじゃない限り、大抵はヤバい奴だからだ 」



 聞こえてるぞ。



 少女はきょとんとして、僕に向き直った。



「え、あんたシャイなたち?」


「……いや 」


「えーっ!!? じゃあヤバい奴じゃん!!」



 二度目のゲンコツが降った。


 少女はまたも絶叫して、中年の説教を受け始める。



 僕は苦笑するしかなかった。


 

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