第12話「ぼうけんのしょは つくれませんでした」(1)
無くなった左手が、木の幹を空振る。
体勢を崩した僕を、リリィが支えてくれた。
「っと……ありがとう 」
「ううん……」
手をそっと放しながら、小さく笑うリリィ。
「まだ慣れないや……」
僕は照れ隠しに、無くなった左腕を右手で隠すようにして見せた。
リリィは、少し目を伏せて。
「いっぱい支える……」
きゅっと僕の脇腹に引っ付いた。
甘い衝撃。
僕は一瞬身を震わせて、それから、ごまかすようにリリィの髪を撫でた。
びゅう、と、突風が吹く。
ーーグォァアア…………!
憤怒の滲む、竜の咆哮。
咄嗟に僕らは身を縮め、木の陰に隠れる。
直後、僕らのすぐ上空を、赤い純竜が通り過ぎていった。
余波に木の葉が揺れて、ざわざわと森が鳴く……。
「ふぅ……」
息を漏らす。
僕らは木の陰から出て、辺りを見渡し、また進行方向へと視線を向ける。
雑木林の向こう側、少し見下ろした先には、大きな湖と、その周囲に立ち並ぶ建物群が見えていた。
竜神山の麓の街……。
巨大な湖があるのは、確か……ウィンリッド。
ルリオス王国北東、瑞々しい美と水産業の街だ。
「……もう少しだね 」
「うん 」
僕らは一度目を合わせると、程なくして、また進み始めた。
昨晩。
逃げたり追ったり、色々したりしたあと、僕とリリィはそのまま山を下った。
落ち着かなくて、寝る気にはならなかった。
月光の下、川の端を歩きながら、ぽつぽつと会話をしているうち、僕らは整備された山道に行き着いた。
この道を下れば、きっと人里に……。
そう思い、道なりに進んでいった結果、湖畔の街並みが遠目に見えた。
自然から脱せる安堵感に、僕はへたり込みそうだった。
その後は、少し休憩。
これからのこと、必要な支度なんかを話し合い、僕らは街に降りてきた。
明朝、ウィンリッドの街を歩く。
石灰の街並みは清々しい青空に照らされて、すっきりとした明るさを纏っていた。
道行く人々も、どこか明るげだ。
朝の空気に鼻を浸すと、爽やかな瑞々しさが肺に満ちていく。
湖畔の香り。
清々しい。
「…………ファウスト……」
「なに?」
「歩き難くない……?」
リリィが僕の頭を見て尋ねる。
僕の頭には、リリィがさっきまで纏っていたボロボロの外套がぐるぐるに巻かれていた。
白髪と蒼い目を隠すために、急遽巻いたものだ。
僕の容姿はかなり目立つ。
ちゃんと隠しておかないと、厄介者の神子を殺そうと怖い追手がやってきて、火やら酸やらを飛ばしてくるのだ。
それに今は、竜人たちの追撃も怖い。
顔を隠すのは当然だ。
それはそうと、前はあんまり見えない。
「大丈夫だよ。ちょっとは見えてるから 」
「そう……」
リリィは少し不思議そうな顔をして、再び前を向いた。
リリィから外套を追い剥ぎしたわけだけど、リリィは今、僕が竜人たちから貰った白いコートを着ている。
逆に言えば、それだけしか着てない。
前と違って、コートのサイズは色々とギリギリだ。
血と泥に煤けたすらっとした脚が、惜しげもなく晒されている。
更には裸足。
……パッと見、変質者にしか見えない。
まぁ、それは僕も同じなんだけど。
剥き出しのインナーに、血泥に塗れたボロ布で頭部を隠した子供だ。
ちなみに、ペンダントはインナーの内側に入れている。
衣服自体は上等なものなので、街の門衛もただの変人として済ませてくれた。
ありがたい。
きっと他の国では無理だったろう。
「…………」
ちらと隣のリリィを見る。
リリィは何も言わず、僕の隣を歩いている。
何の文句も、不安も漏らさない。
疲れたの一言さえ、彼女は言わない。
僕は寒いし眠いしお腹も空いたのに。
「……少し休もうか?」
僕が聞くと、リリィは僕の顔を見上げて、小首を傾げた。
「ファウストは、休みたい……?」
「ううん、僕は大丈夫 」
「なら、私も大丈夫……」
目元を優しく緩ませて、小さく笑うリリィ。
僕は耳の裏を掻きながら、そっか、と呟いた。
すん、と鼻を鳴らして、話題を変える。
「あ、あそこが冒険者ギルドだよ 」
僕は上り坂の向こうにある、大きなレンガ調の建物を指差す。
周囲の景観と一体化しながらも、やはり僅かな異質さが見える独特な建築物。
正面についた大きな看板には、星と剣の意匠が施されている。
冒険者ギルド。
真っ先に僕らが行くべき場所。
まずは、お金を稼がなきゃならない。
ご飯を食べるにも、宿に泊まるにも、旅支度を整えるにも、とにかくお金が必要だ。
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