第15話「耳舐め風逃げ鳥魚〜現実の冷たさを添えて〜」(2)


「止まれ 」



 キツそうな女性の声。



 ヒヒィーン!と高く鳴いて、馬が急停止する。



「……盗賊か?」


「いや……竜人族ドラゴニアだ 」



 その一言に、胃が緊縮する。



 僕はリリィごと、こそこそと荷物を包装するようの布に包まった。



「今朝方、ギルドにて指名手配中の件の少年と少女が、この馬車に乗り込んだと情報が入った。その幌の内、改めても異論ないか?」



 ハキハキと話す竜人の女性。


 声が静かな森によく響く。



 まずいな……誰かに見られてたのか。



 僕はどくんどくんと暴れる心臓を意識しながら、ぎゅっとリリィを固く抱き寄せる。


 いざとなったら……だ。



「件の……?いや、知らんが 」



 カブラさんがシラを切る。



 庇ってくれるらしい。



「下手な芝居はよせ。おい、お前ら、調べろ 」


「はーー」


「それ、私たちのこと?」



 女性が部下たちに指示を出した瞬間、間髪入れずにアリアが幌から顔を出す。


 それに乗じて、ガルも表に顔を出した。



「どうせ勘違いだろ。今朝は霧も出てたし。俺らと見間違えてもしょうがねーよ。残念だったな、竜人サン方 」



 ガルの援護射撃。


 返答はない。



「……ってわけだ。もう行っていいか?」



 しばらくの沈黙のあと、カブラさんが口を開く。



「……いや、念のため、確認させてくれ 」



 少し勢いを削がれつつも、女性のスタンスは変わらない。



 確認されたらおしまいだ。



「断る。俺らにとって、アンタらは盗賊とそう変わらねぇ。いいか、俺らは今、 大事な荷物を運んでるんだ。隙を突いて盗まれたら、溜まったもんじゃない 」


「竜人はそのような低俗なことなどしない!」


「保証はできねぇだろうが!」


「ぐぅ……!」



 口八丁で押し切るカブラさん。


 竜人の方は、あまり舌戦が得意じゃないらしい。



「エィルィー様、どうしますか……?」


「………………行かせてやろう。旧人族ウルズの見間違えだ 」



 竜人たちがごにょごにょ小声で会議する。



 見逃してくれるみたいだ。



 竜人ーーエィルィーさんたちは、街道から避けてくれたらしい。



 馬車がのろのろと進み始める。



 安堵感から、僕はふぅ……と息を吐いた。



「ん?今、呼吸音が聞こえたな……?」



 呟くエィルィーさん。



 僕は咄嗟に息を殺す。



「待て、聞こえたぞ。たしかに、幌の中から、お前ら三人ではない者の呼吸音が……!」



 馬車がガコンと急停止する。


 ブルル……!と鳴いて、激しく懸命に、馬が蹄を鳴らしている。



 まさか……手で無理矢理止めたのか!?



「ぐっ!馬鹿力が!」



 悪態を吐くカブラさん。



 幾ら手綱を振っても、馬車が進む気配はない。



 冷や汗が噴き出てくる。



「その布が怪しいな……」



 呟くエィルィーさん。


 気配がすぐ直近だ。


 彼女の僅かな呼吸音さえ、聞こえてきそうな程の距離……!



 僕は酸欠の中、必死に脳味噌を回転させる。



 打開する……方法……!



 あ……う……う……!



 ……そうだ!



 指先に、小さな蒼い炎を灯す。



 ハヤブサぁ……!



 心の中で、勇猛な二対の翼の、ちょっと小さいバージョンをイメージする。



 祈りを込めて指先をスッとくねらすと、拳ほどの小さな白隼が僕の指から飛び立った。



「ぴくぇー!」


「むっ……」



 布の端から、勢いよくミニハヤブサが飛び出して行く。


 ハヤブサはバサバサと幌の中を飛び回ると、アリアの肩に止まった。



「可愛い!」



 目をキラキラさせるアリア。



「あー……アンタが聞いた呼吸音って、こいつのだったんだろ。まったく、お騒がせな鳥だぜ 」



 やれやれ、と言いたげにガルが話を纏める。



 エィルィーさんは喋らない。



 しばらくの沈黙のあと。



「…………失礼した 」



 それだけ言うと、馬車は急発進した。



 ……どうやら、立ち去ったらしい。



 あ、危なかったぁ……。



「……もう良いと思うぜ 」



 ガルの呟きに、ようやく布を剥いで、激しく呼吸をする。



「ぷはぁ……っ!」


「ふぅ……」



 心臓バックバクだ。


 隣のリリィも似たようで、冷や汗が頬を伝っている。



「ふぅー……三人とも、ありがとう……」


「どういたしまして!」


「結構やばかったな 」


「まったく、どうなることかと……」



 カブラさんが、はぁ……と重く溜息する。



 相当緊張したんだろう。


 ……ありがたいことだ。



「ねねね!この鳥なに!?飼ってるの?ペット?それとも、魔獣使いみたいな!?」



 興奮した様子で質問攻めしてくるアリア。



 僕は彼女の好奇心を満足させるまで、適当な嘘を吐き続けるしかなかった。



 ハヤブサは馬車の縁に止まって、僕を残念そうに見つめていた。



 なんだよ……良いだろ。手品師のハトでも。


 ダメか。


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