第15話「耳舐め風逃げ鳥魚〜現実の冷たさを添えて〜」(1)
景色が流れて行く。
ガラガラガラガラ馬車の車輪が忙しく回って、ガコン!と小石を蹴飛ばした。
「てっ……」
馬車がバウンドして、尻を強打する。
荒々しい乗り心地だ。
「二人は平気なんだね……」
「慣れたわ!」
「…………まぁな 」
対面に座るのは、赤髪の少女アリアと、狼獣人の少年、ガル。
アリアはドヤ顔、ガルは気怠そうな顔だ。
「リリィはどう……?馬車酔いとか 」
「大丈夫……」
僕の隣に座っているリリィ。
いつも通り、平気そうな顔をしている。
カブラさんは御者台で、手綱を握っている。
随分と元気の良い馬だけど、カブラさんに苦労してる様子はない。
その大きな背中がちょっと格好良い。
「……ここ、つまんない道ね!」
アリアが元気よく文句を言う。
まぁ、たしかに、道は平坦で真っ直ぐだし、見えるのは森の断面ばかりだ。
変わり映えしない。
幌馬車の外から視線を外して、アリアがパッとこちらを向いた。
「ねぇ、そういえば二人ってお尋ね者みたいだけど、何したの!?」
「え 」
急な質問に思考が固まる。
え、なんて言えば良い。
うまい誤魔化し方を……。
「……おい、それ、のんでりかしー、ってやつだぞ 」
「あ!そっか!ごめん、やっぱ話さなくて大丈夫よ!」
ガルのボソボソした叱責に、アリアは己の口元を両手で抑える。
話さなくて大丈夫なんだ……。
「ありがとう……ちょっと、色々事情があって 」
「そうなのね……。大変じゃない?ギルドでもさ、ほら……あ!」
アリアはハッとした顔をして、リリィの両手をバッと取る。
「リリィ、魔法使ってたわよね!しかも無詠唱!すごいわ!どこで習ったの?本当に子供?貴女ってもしかして……天才なの!?」
間髪入れず捲し立てるアリア。
目が好奇心の光にキラッキラ輝いている。
アリアのがっつきように、リリィは身を捻らせた。
助けを求めてか、リリィがこちらを見る。
僕はアリアの両手首を掴んで、そっとリリィから引き剥がした。
「リリィは…………まぁ、秘密、かな 」
「えー!気になる!」
「どうどうどぅ……」
不満を垂れるアリアを、ガルが嗜める。
……そういえば、僕もリリィがなんなのか知らない。
多分、普通の人類種ではないんだろうけど。
天使とか?
……あとで本人に聞いてみよう。
「というか……二人とも、僕らのこと、そんなイヤじゃないの?」
「もちろん、仲間だもの!」
アリアは即答した。
「いや、仲間になったワケじゃねーんだろ。相乗り客ってだけで 」
「知らないわそんなこと!旅は道連れなんだから!」
フフン、とドヤ顔を披露するアリア。
ガルは呆れ顔だ。
旅は道連れ、か。
「それ、剣神ランフルの口癖だよね。『剣神』にも、よく出てくる……」
「知ってるの!?そうなの、うちのパーー」
ガルが尻尾でアリアの口を塞ぐ。
「こいつ、剣神サンの大ファンでな、そう、こいつの
「……はぁ 」
ガルの目線が強い。
なんか、謎の圧力を感じる。
「ぷはぁ!なにすんの!」
尻尾から解放されたアリアが、ガルに噛み付く。
「うっさい黙れ。お前はもっと落ち着きをもて 」
「ふん!アリガトウ!」
ジト目のガル。
アリアは膨れっ面だ。
……ずいぶん賑やかな二人だなぁ。
つらいことも吹っ飛んでしまいそうだ。
隣のリリィを見る。
「…………?」
なんとも言えない顔で二人を見つめていたリリィ。
視線に気付いてこちらを向くと、こてんと小首を傾げた。
可愛い。
「……はむ 」
僕は、食道を駆け上ってきた衝動そのまま、リリィの耳を甘噛みした。
「ひゃ!」
リリィが耳を抑えて跳ねる。
目を白黒させて僕を見るリリィ。
「あ、ごめん、つい……」
「う、ううん……」
リリィは耳を真っ赤にして、視線を床へと這わせる。
悪いことしたかな……と僕が不安になった頃。
バッ!とリリィは、僕に襲い掛かった。
ガチン、と耳に金属音。
「あ……」
リリィが口元を抑えながら、僕の耳を見る。
そこには、竜人から貰ったイヤーカフが付いていた。
表情を曇らせるリリィ。
「ごめん、なさい……」
「ううん、いいんだよ……ほら 」
俯くリリィの頭を撫でながら、僕はもう片方の、イヤーカフの付いてない耳を差し出した。
顔をきゅっとさせるリリィ。
瞬間、がばっとリリィが突進してきて、僕は床に押し倒された。
同時に、耳を小さな舌がちろちろ這い回る。
「はは、ふふ……!くすぐったい……」
「…………!」
体を捩らせ、リリィの背中を叩く僕。
リリィは夢中な様子で、僕の耳を舐め続けている。
「はー、いちゃいちゃしてんなぁ……」
「なにあれ面白そう!私もやりたい!」
「は? おっ……い、待て、こら」
ガルの頭をわし、と掴むアリア。
その手をガシッと掴み返すガル。
力み具合に、両者の腕がぶるぶる震える。
「だめだ、俺の耳はダメ。舐めるな 」
「なんで?」
「獣人の耳はでりけーとなんだよ……舐めるならカブラのにしろ 」
「やだ!カブラの耳不味そうだし! ガルの舐める!」
アリアの込める力が更に強くなる。
「こら、こら、おい! やめろ!」
「なーめーるーのー!!!」
「やめ、ぐっ、つよ……うぉぉあ!!」
どんがらがっしゃん、一転騒がしくなる馬車内。
御者台に座るカブラは、遠い目をして、フ……と肺に沈むような溜息をした。
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