前世は神さま……だったのに!! 〜ヒロインとイチャイチャするだけで、世界は救えないようです〜
八日目のセミ
第1章 ロリショタ逃亡編
第1話「始発→」(1)
地平線の向こうに、赤い太陽が沈んでいく。
木々を茜色に焼いて、山はどんどんとその輪郭を影へと落としていく。
ふ……と、僕はバレないように、そっと鼻で
「聖騎士サマよぉ……ホンット〜に、竜神山を突っ切るんですかい……?」
御者が震える声で尋ねる。
馬車は、もう随分と山道を進んでいる。
「あぁ、そうしてくれ……」
聖騎士と呼ばれた男は、ただ淡々と返答した。
「しかしですね……純竜が出るってんじゃ……ねえ、ホラ……色々と怖い噂もありますしぃ……」
「…………」
男は答えない。
落ち
流れる沈黙。
御者は、ついに押し黙った。
車輪が小石を蹴飛ばしていく。
ガコン、と揺れに合わせて、ジャラ……と鎖が鳴った。
静まっていく森のざわめき。
夜はもう、すぐそこまで迫っている。
「ねぇ……」
「……」
「これから、僕は、どうなるの……?」
僕は、目の前の男に尋ねた。
「……悪いようにはしない 」
男は、それだけ答えた。
馬車が揺れて、ジャラ、ジャラ……と鎖が鳴る。
視線を落とせば、足には重い鉄枷が
びゅう、と山風が吹いて、僕の白い前髪を揺らした。
……悪いようにはしない……か。
目に写るのは、真っ暗な道の先。
まだ、夜は浅いだろう。
僕はそのまま、重い瞼を閉じようとして……。
ーーゴルォロロゥ……!!
雷鳴。
睡魔を切り裂く轟音に鼓膜が揺れるのを感じながら、僕はパッと夜空を見上げた。
曇天。
いつの間にか、分厚い黒雲が空を覆い隠している。
ヒヒィーン!と馬が高く鳴いて、馬車の速度がグンと上がった。
「ヒッ!逃げーー」
「止まるな!!進めッ!!」
「は、はひぃ……」
泣き言を
あっちこっちと視線を巡らせ、最後にチッと舌打ちをした。
「黒龍か……」
「こっ、ここ、黒龍!?はぁ!?」
声を上擦らせる御者。
顔色が真っ青だ。
「ヤツは私が足止めする……このまま、皇都に向けて走り続けろ。いいな?」
「えっ、いっ……足止めとか、無茶ですよ!?」
「安心しろ。黒龍がいるなら、他には竜どころか魔物一匹出てこん 」
「そういう問題じゃ……!」
緊迫した空気感。
僕は状況を上手く飲み込めない。
「あのっ」
「神子よ 」
僕の言葉を遮って、男は僕の目線に合わせてしゃがむ。
「皇都に着いたら
男は一息にそう語った。
その表情は固く、ぎこちなく、そして、瞳が寂しげに燃えていた。
知っている。
これは……死にに往く者の顔だ。
「待って、どういうこと。いかないで……!」
「悪いが、無理だな 」
僕はドキッとして、荷台から身を乗り出し、男に向かって手を伸ばす。
空振る手。
ほんの一瞬で、遠ざかっていく男の背中。
もう届かない。
そして僕は、ソレを……見た。
遥か彼方まで続く曇天。
その分厚い天井を突き破り、巨大な暗黒が、ゆっくりと、地上へと首を伸ばしている。
それは、夜空を丸ごと肉体にしたような大きさの、黒き龍の鼻先だった。
……思い出した。聖典に書いてあった。
黒龍。
神話の怪物。
その
ーーゴォルォォオロロゥッ!!!
辺りに
大質量から発せられる音の圧力が、地面を揺らめかせる。
今まで感じたことのない、超常的暴力の波動に、背筋が凍る。
「走れッ! 走れッ! 走れぇッ!! あぁクソォ!!こんな仕事受けなきゃ良かった!!」
馬たちはもはやお構いなしに全速力で駆けている。
あっという間に流れていく景色。
風圧に、髪が振り乱れる。
「……足止め、するって……? あんなのを相手に……?」
僕は
「来いッ!! 俺が相手だ!!」
黒龍に向かって、男は吠える。
引き抜いたロングソードは、鈍色に光って見えた。
遥か上空。
黒龍の紫の瞳が、吠える男の顔を映した。
黒龍は巨大な
まるで
山脈が落ちてくるような光景に
ーーする直前、強烈な暴風に、馬車が吹っ飛ばされた。
「ーーうわっ!」
一瞬の浮遊感。
地面を転がる馬車。
視界がグルグルッと回って、気づけば僕は山道に投げ出されていた。
「……いっ……た……」
鋭い痛みが全身を刺す。
遅れて、
側には横転した馬車。
御者の姿は見当たらず、
「僕も……逃げなきゃ……」
僕は地面に這いつくばったまま、地面を必死に指で引っ掻き、前へ進もうとする。
しかしちっとも進まない。体にうまく力が入らない。
気持ちが焦る。
このままでは不味い、と思うと尚更焦りが
ふと、地面が震える。
次いで、黒龍の
僕の脳裏に、"覚悟"を決めた男の顔が
ギリィッ!と奥歯が砕ける勢いで、僕は強く歯を噛み締める。
土煙で見えない道の向こうを睨みつけ、僕は体から力を振り絞った。
瞬間、足首に走る鋭い痛み。
「いっ……!」
僕は地面に倒れ込んだ。
目の端から涙が
「逃げなきゃ……生きなきゃ……」
人が死んだ。何人も。
こんな僕のせいで。
まだ何にも償えてないっていうのに、このままでは、誰の死も無駄になってしまう。
それだけは、それだけは……!
「ダメだ……!」
僕は再び立ち上がる。
ちょっと痛いくらいで泣くな。
僕は男で、もう十二歳で、
歯を食いしばる。
今度は倒れない。
そうやって、足の痛みを意識しないよう努めながら、僕は一歩ずつ歩き出した。
山道の続く、薄暗い先へと。
ただただ先へと。
気配を黒龍に悟られないよう、努めて息を殺して。
黒龍のやたら大きな呼吸音が、遠くで聞こえているのか、近くで聞こえているのか、僕には判別つかなかった。
ただ、無我夢中で歩いた。
歩き出してから、二分かそこら。
もしかしたら、十秒くらいだったかもしれない。
突如、僕の全身に悪寒が
振り向く。
巨大な口腔が、気付けばすぐ目前に迫っていた。
肉の桃色と、
香る吐息は獣臭い。
吸い込まれるように、僕へと迫り来る肉壁。
僕は反射的に、きゅっと目を
◇ーー
頭の内側から。
……波のさざめきが聞こえていた。
◇ーー
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