第16話「嵐の前のヘルデニカ」(1)
海岸線を埋め尽くす船着場。
大小新旧様々な船が、ひっきりなしに港を出入りしている。
船から下ろされた積荷の山。
通りを行き交うヒトとモノ。
雑多ながら、活気に溢れる広い都市。
山手には領主の城が聳え立つ。
小高い丘、馬車の内から街並みを見下ろす。
目を閉じ、深く息を吸い込めば、潮の香りが僅かに届く。
ボォーン……!と、出航を知らせる汽笛が鳴った。
境界都市ヘルデニカ。
世界の交差点。
僕らの目的地だ。
「ようやくね!!」
馬車から身を乗り出し、元気よく叫ぶアリア。
纏めた赤いポニーテールが、潮風に揺れている。
ウィンリッドの街を出てから、丸三日。
一日目以降は特にトラブルもなく、平和に過ごしていた。
せいぜい、何回か魔物に襲われたくらいだ。
その魔物も、アリアがあっという間に捌いてしまった。
僕もリリィも出る幕なし。
楽なものだ。
竜神山付近の魔物は強力……なハズなんだけどなぁ。
でかい牛の分厚い首も、スパッと一刀で斬り落としていた。
あれで十歳らしい。
僕より二つも年下。
……なんか複雑だ。
「もう私、先行ってるわ!!」
「ちょ、おい!!」
馬車から飛び降りるアリア。
カブラさんの制止も無視して、公道沿いに真っ直ぐ駆け走っていく。
「まったく……!」
「あー……俺が行くわ 」
「頼む……」
面倒臭そうに立ち上がるガル。
馬車からひょいと飛び降りると、びゅーんと馬車を抜き去って、あっという間に公道の先へと消えて行った。
「うわぁ……速いですね 」
「ま、狼獣人だからな 」
すげぇよなぁ、と笑うカブラさん。
少し自慢気だ。
僕はちょっぴり幸せな気分で、ですね、と頷いた。
ヘルデニカはもうすぐそこだ。
分厚い城門を通り抜ける。
日陰を過ぎて、日差しが僕の肌を焼く。
途端、どっと押し寄せてくる、都会の喧騒。
人の行き交う大通り、ざわざわと細かい音が雑多に街に響いている。
「人がいっぱいね!!」
キラキラと目を輝かせるアリア。
辺りをキョロキョロと見渡して、あれはなに、これはなに、とカブラにせっついている。
「ふわぁ……」
退屈そうに、リリィは欠伸をした。
「眠い?」
「ううん、大丈夫……」
「そか 」
僕の質問に、リリィはゆるゆると首を振る。
ちょっと瞼が下がってる気がする。
「おいおい、そろそろ降りるんだろ。ちゃんと起きろよな 」
「……うん 」
ガルは呆れ顔だ。
「アンタたち、どうしてそんなに冷めてるの!? ホラ!ギルド本部よ!本部!!」
「〜〜ッ!!わーった!わーったから!尻尾を掴むな!回すな!」
ガルの尻尾をむんずと掴んで、そのままぴょんぴょん跳ね回るアリア。
ガルは声にならない絶叫を上げて、全身の毛を逆立てた。
今日も平和だなぁ。
「着いたぞ 」
カブラさんの声。
カブラさんは手綱をぐいっと引いて、馬車を止める。
「中央広場だ 」
言われて、僕は辺りを見渡す。
無数の馬車が行き交う、一際大きな交差点。
路傍には屋台が立ち並び、背の高い建物がぎっしりと建てられている。
「……ここでお別れですね 」
中央広場から東に行けば港、西に行けば冒険者ギルドの本部がある。
僕とリリィは、ここで降ろしてもらうことになっていた。
僕は席を立つ。
「御三方とも、ありがとうございました。お世話になりました 」
深々と頭を下げる。
王族が下々に頭を〜なんて、王宮の人たちが見たら、怒るかもしれないけど。
そうすべきと思ったから。
「…………ん 」
僕に合わせて、リリィもペコっと頭を下げた。
「もう行っちゃうの?」
唇を尖らせるアリア。
「しゃーないだろ 」
「でもっ」
「旅に別れは付きモンだ。よっ、と 」
アリアの言葉を遮って、御者台から荷台に入ってくるカブラさん。
「ホラよ。持っていきな 」
ずしり……と重い鞄を手渡される。
「これ……」
「まぁ、その、餞別だ。お前ら、無一文なんだろ。旅の道具と、金が幾らか入ってる。船代の足しにでもしてくれ 」
小っ恥ずかしそうに、カブラさんは頬を掻く。
僕は鞄をぎゅうっと強く抱きしめた。
去来する歓喜と、感謝と、申し訳なさに、ぎゅう……と胸を締め付けられる。
「……有難いです 」
「白竜泉の代金に比べりゃ、安いもんだ 」
ニッと笑うカブラさん。
ぽん、と僕とリリィの肩を叩く。
「達者でな 」
「はい……カブラさんも 」
僕はもう一度頭を下げて、馬車を降りた。
「ファウスト、リリィ……またね 」
「うん……また 」
「……ん 」
荷台から身を乗り出して、こちらに両手を差し出すアリア。
僕らはその手を片手ずつ合わせて、握手のようなハイタッチのようなことをした。
涙ぐむアリア。
アリアは眉をしおらせながら、奥に座るガルを見つめた。
「…………なんだ、次俺か?」
瞬きを一回、ガルは口を開く。
それから、鼻頭をぐしぐしと擦って、腕を組むと、憮然とした顔でこちらを向いた。
「なんつーか……楽しかったぜ 」
「はは、なにそれ 」
「うるせ 」
「ううん……ありがとう 」
「……おう 」
ガルはぷいとそっぽを向く。
本当に……楽しい時間だった。
「そろそろ行くぞ 」
馬車がのっそりと動き出す。
一生懸命に手を振るアリアが、段々と遠ざかっていく。
やがて、大量の人と喧騒に飲み込まれて、馬車は見えなくなるだろう。
蹄の音も、車輪の音も、すぐに周りと紛れてしまって、もう分からない。
僕はずっしりと重い鞄を背負い上げる。
詰め込まれた金貨の重み。
もしかしたら……手切金、なのかもしれない。
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