第9話「砂浜の茶会」(2)
◇ーーー
波のさざめきが聞こえている。
左右を凪いだ海に囲まれた、白い砂浜。
細い砂浜の道が、ずーっと向こうまで続いている。
雲も太陽もない青い空。
辺りは温かな光に包まれている。
さざーんと穏やかな波の音を聞いているうちに、気付けば、そんな場所にいる。
不思議なことはなかった。
目の前を、幾つかの眩い光が明滅して、ふわっふわっと砂浜の奥へと向かっていく。
その光に導かれるように、僕は砂浜の道を進んだ。
いくらか歩いて。
砂浜の道に、ポツンとテーブルセットが置かれている。
白いテーブルクロスの引かれた小さなテーブルに、白い椅子が二席。
椅子の一方には、長身の青年が座っていた。
遠目に青年を眺めて、その美しさに呆然とする。
白い肌、白い髪、白い瞳、白い礼服、全身余すことなく白い風貌。
その姿、どこを切り取って見ても美しい。
もはや官能的でさえある。
そんな眩いばかりの美青年が、微笑みながら、こちらを見るともなく視線を向けている。
明滅する光たちは、その青年の元へ浮遊していくと、青年の周りをふわふわ漂った。
テーブルまで辿り着いた僕は、なんの疑問もなく、空いていたもう一方の席に腰掛ける。
「紅茶を
静かな、けれどハッキリとした声。
テーブルに視線を落とすと、紅茶の入ったティーカップが二つ。
「良ければ。落ち着くよ 」
さざーん、と波の音。
僕は取り敢えず、言われた通り紅茶を飲んだ。
カップを煽る。
ふわっと香る茶葉。
美味しい。
僕に合わせて、青年もカップを手に取った。
そっと、カップの
その
綺麗だった。
「あの、ここって……どこなんですか 」
浮かんだ疑問を、そのまま口に出す。
「……秘密」
悪戯げに微笑む青年。
「大丈夫。すぐに帰れるから 」
そう言って、青年はもう一口紅茶を飲んだ。
「どう?紅茶は 」
「美味しいです 」
「そっか。良かった 」
嬉しそうだ。
カチャ……と小さく、ティーカップが鳴った。
しばらく、お互い何も言わないで、ただ紅茶の香りと波の音を楽しむ。
何故だろう。
このひとの前にいると、なんだか胸が安らぐ。
安心する。
このゆったりとした時間に、満足感を覚えてしまう。
「あの……」
自然と口は開かれた。
「僕は、これから……どうしたらいいんでしょうか……」
海を眺める。
水平線が遠い。
「そうだね……」
青年の優しげな声。
「君はもう、分かってるんじゃないかな 」
紅茶に落とされていた視線が、真っ直ぐ僕の顔を捉える。
僕も、彼の顔を見つめる。
優しい顔だ。
「……でも、分からないんです……僕は……」
尻窄みに、言葉を口から零していく。
さざーん……と、波が砂浜に当たって、ふっと引いていった。
「"罪を憎んで、人を憎まず"……罪は行動であって、人じゃないよ 」
柔らかい声音。
不思議と、心が揺れる。
「そう、でしたね……」
そういえば、聖典にそんなこと、書いてたっけ。
僕はまた、ティーカップを煽る。
あったかい紅茶が、胃の底にゆらっと溜まった。
青年もティーカップを一口飲むと、カップを受け皿にそっと置いた。
空になったティーカップ。
青年がほうっと息を吹く。
「ティータイムは終わりかな……」
青年の言葉に、僕はハッとして、席を立つ。
「あ、ありがとうございました……色々と。紅茶、美味しかったです 」
「僕も、君と話せて良かったよ 」
頭を下げて礼する僕に、微笑む青年。
そのとき、青年の周りに漂っていた光球のひとつがピカピカと自己主張するように
青年はそれを見て、手で宙を撫でるように、その光球をこちらに渡した。
「この子を連れて行くと良い。君の良き友となってくれるよ 」
光球が僕の周りをくるくると回る。
ツン、と指先でつつくと、抗議するように光を
「君に祝福あれ。さようなら、ファウスト 」
青年はゆるやかに十字を切ると、一度ひらひらっと手を振る。
すると、僕の目の前がチリチリ……と白く弾けてーー視界が一気に白く染まった。
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