第14話「朝露」(2)


 トントントン……。



 扉を叩く音。


 これは……玄関からだ。



 口を閉じる。



「おばあちゃん、来たよー。入るねー 」



 若い女性の声。


 間髪入れず、ガチャ……と扉の開く音。


 

「……あら、お久しぶりですね、旅の方 」



 旅の方……?



 ドアを僅かに開いて、リビングの方を盗み見る。


 よく見えない……。



 あ、男だ。


 若い女性と……やたらデカい中年。


 顔には、竜のお面を被っている。



 一瞬、ドキッとした。


 竜人、じゃないな。爪がないし、鱗もない。


 普通の旧人ウルズだ。



 というか、なんだか見覚えがある。


 あの体格に、明るい茶髪。


 昼間、冒険者ギルドにいた人だ。


 名前はたしか……カブラ、だったっけ。



 分かってみると、女性の方も見覚えがある。


 多分、受付嬢をしていた人だ。



 お手伝いさんって、あの人だったのか。



 ……ん?なら、男の方は何なんだろう。



「前と同じ人、また手伝いに来てくれたんだよ 」


「あらそう……お久しぶりです。お元気でしたか?」


「…………」



 おばあちゃんの質問に、カブラさんは何も答えない。


 黙りこくったまま、棒立ちしている。



「あら……まだ慣れませんか 」


「まったく……本当にシャイなんですから 」



 フィオネさんが呆れた声で言う。



 シャイ……?


 昼間見たときは、そんな風には見えなかったけど……。



「……ん?暖炉、つけたんですね。それに、紅茶も……誰か来たんですか?」



 フィオネさんが訝しげに尋ねる。



 まずい。


 彼女らに見つかると、すごく面倒なことになる。



 僕は音を立てぬよう、扉から半歩下がった。


 暗い部屋の中、息を殺して、聞き耳を立てる。



「あぁ……お客様がいらしたのよ。良い子たちでね……」


「良い子……」


「えぇ……」



 会話が切れる。


 ほんの僅かな、沈黙。



「あ 」



 フィオネさんの声。



 荒く近付いてくる足音。


 真っ直ぐに、この部屋に迫る。



「待って、待って、いいのよ 」



 ガタ、ガタ、とテーブルが揺れて、カラン……と杖の落ちる音。



「おばあちゃん 」


「いいの 」



 ソプラさんの制止に、足音が止まる。



 ーーその脇を、重い足音が通り過ぎて来た。



「旅の方……!」


「…………」



 音が止む。


 扉の隙間から、男の大きな影が見えている。



「私がお招きしたの。あの人の仕事道具、湖から取ってくれたのよ。ね、悪い子たちじゃないのよ 」


「…………」



 流れる無音。



 心臓の拍動が、やけに大きく耳に響く。



 僕はいつでも飛び出して逃げれるよう、覚悟を決めた。



 無音を破ったのは、さらさらと字を書くような音。


 続いて、ドアの隙間から、一枚の紙が差し込まれた。



『今は許す 悪さしたら殺す 』



 薄紙の裏、殴り書きされた文章。



 脅しの文面だけど……今はノータッチでいてくれるみたいだ。



 胸に広がる安堵感。


 僕は無意識に止めていた呼吸を、ふぅ……とほぐした。



 重い足音が遠ざかっていく。



「良かった……ごめんなさいね 」


「いえ……ま、晩ご飯にしましょっか 」



 フィオネさんの一言で、彼女もソプラさんも客室から離れていった。



「……あぶなかったぁ……」



 胸を撫で下ろす。



 なんとか許してもらえた。


 おばあちゃんが止めてくれなかったら、こうはならなかったろう。


 本当にありがたい。



 ふわぁ……とリリィが欠伸をした。


 寝ぼけ眼を擦っている。



 今の状況でよく欠伸できるなあ。


 肝っ玉が座っている?ってやつだろうか。



 リリィの様子に釣られて、緊張が消えていく。


 すると、僕も急激に瞼が重くなってきた。



「……寝よっか 」


「ん 」



 固苦しいブーツやらをさっさと脱いで、ベッドにごろんと横になる。


 力が抜けていく……。


 疲労がベッドに染み込んでいくようだ。



 もぞもぞとベッドに潜り込むリリィ。


 心なしか温かい。



「起きれるかなぁ 」


「起こすよ……?」


「リリィも寝坊しちゃうかもよ?」


「…………そのときは、ファウストに起こしてもらう 」


「ふふ、そっか……」



 毛布の中、目を閉じて、ひそひそ話す。



 リビングの賑やかさが、耳に木霊する。



 遠くの方で、フクロウが低く鳴いていた。





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