第14話「朝露」(1)
暖炉の薪に火が灯る。
黒い薪が段々と赤熱して、炎が薪に伝播していく。
ぱち、ぱち、と火花を散らし、炎はゆらゆら膨らんで、暖かい赤が室内を照らした。
「あったかい……」
暖炉の前、しゃがんだリリィが呟く。
「すみません、お力になれず 」
「いいのよ 」
僕の謝罪に、ソプラおばあちゃんは鷹揚に頷いた。
ソプラさんは暖炉の脇の魔法陣から手を離し、近くの椅子にゆったりと座る。
この暖炉は、亡き旦那さんの魔道具だそうだ。
魔法陣に手動で魔力を流し込み、起動する、魔法陣起動型の暖炉。
魔道具の中でも、一番シンプルなタイプだ。
僕はソプラさんに代わり、この暖炉を起動しようとしたんだけど……上手く火が着かなかった。
暖炉はウンともスンとも言わず、冷たいまま。
結局、ソプラさんにやってもらってしまった。
……どうしてできないんだろう。
「さ、焼いてみて 」
「はい 」
ソプラさんに促されるまま、僕はテーブルの上の籠から、バゲットを一つ取り出す。
やたら固くて長いそれを、暖炉の中に提げられた鉄鍋の上に橋渡しに置いた。
……これで合ってるのかな。
「今日も冷えるわね……」
「そうですね……」
暖炉の前、ソプラおばあちゃんとリリィと僕と、三人並んで温まる。
香ばしいパンの香りが立ち上り、僅かに開いた窓の隙間から、煙がすーっ……と、夜の闇に抜けていく。
リリィの湯浴みのあと、リリィには少し部屋を出てもらって、僕も湯浴みを済ませた。
少しぬるいお湯をぺちゃぺちゃしながら、リリィのことを意識しないよう、せっせと体を拭いていった。
そのとき気付いたこと。
左腕の傷口。
それが中々グロかった。
見てみると、思ったより生々しい傷でびっくりした。
でも、不思議とそこまで痛くない。
なんでだろう。
竜神様の加護のおかげだろうか。
あと、右腕の蒼痣は相変わらずだ。
心なしか痣が大きくなっている気もする。
こっちも不思議だ。
……そういえば、竜神様に聞き忘れたな。
折角の機会だったのに……。
リリィがくしっ!とクシャミした。
僕はリリィの背中をさする。
「冷え込んできたかしら 」
「ちょっと寒い気もします 」
「そうねぇ、日も大分落ちたし……あ、そろそろフィオネさんが来る頃かも……」
フィオネさん……例の、お手伝いさんだ。
晩ご飯を作りに来てくれるらしい。
「晩ご飯は、一緒に食べる?」
ソプラさんが尋ねる。
僕は振り返って、ソプラさんの閉じた目を見て、頭を下げる。
「……いえ、さほどお腹は空いていませんので、もう部屋で休ませて頂こうと思います 」
「そう……」
嘘だ。
腹ペコだ。
なにせ、昨日の朝から何にも食べてない。
「すみません……折角、お誘い頂いてるのに 」
「いいのよ。パンは持っていって下さいな 」
「ありがとうございます 」
「じゃあ……おやすみなさい 」
「おやすみなさい 」
「…………おやすみなさい 」
温めたバゲットを頂いて、僕らは客室に戻る。
……おやすみ、なんて、いつぶりに言ったろうか。
扉をゆっくり閉める。
暗い室内。
ぎゅるる……と僕のお腹が鳴った。
「食べよっか 」
「ん 」
僕はバゲットを半分こにしようとして……。
……片腕じゃできない。
呆然とする僕の手の反対側、リリィの手が、バゲットの端に添えられる。
「一緒に割ろ……?」
微笑むリリィ。
「……助かる 」
苦笑する僕。
よいしょ、と小さい掛け声をかけて、僕らは同時にバゲットを引っ張った。
むぎゅ……と、割れるバゲット。
断面から、湯気が僅かに立ち上る。
顔を見合わせ、小さく笑い合う僕とリリィ。
もそもそと、僕らはバゲットを食べ始めた。
「明日の早朝、お手伝いさんが来る前に、家を出よう。これ以上は迷惑になる 」
「ん 」
「ヘルデニカまでの道順は聞けたから……うん……助け合って、頑張ろう。まぁ、リリィに助けられることの方が、ずっと多いだろうけど……」
「……いい。それに……」
もぐもぐ……とリリィの口元が動いて、ごくんと喉が揺れる。
「助けられてるのは、私の方……」
トントントン……。
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