第16話「嵐の前のヘルデニカ」(5)


 酒場の一席。


 俺は席に着くと、すぐに酒を注文した。



「こんな昼間っから酒かよ 」


「うっせ 」



 ガルのぼやきに、適当に返事する。



「お……?カブラじゃん!久しぶり!」



 突然背後から、ずいっと俺の隣に座ってくる男。



「あ?……おぉ、シンフィか!久しぶりだな。身長前より縮んだんじゃねーか?」


「うるせーなー。テメーがデケーんだよ!!」



 ははは!と笑うイカした男。


 鼠の耳と尻尾を生やした獣人、シンフィ……俺の昔の冒険仲間だ。



 他何人かとパーティを組んで、C級からB級に上がるまで一緒にいた。


 たしか、コイツももうA級に上がってたハズだ。



「へー意外、アンタ子供できたんだ 」


「もうそれ程経ったか……月日が経つのは早いのう 」



 若い女性の声と、落ち着いた老人の声。


 聞き馴染みがある。



 振り返れば、いつぞや見たそのままの顔。



 額の青い水晶が特徴的な森人エルフ、エリン=カァ。


 橙色のチリチリの髭を蓄えた鉱人ドワーフ、カタポッド。



 懐かしい。



「はっ、残念ながら他人の子だ 」


「あー、どうりで、アンタの子にしちゃ美人さんだと思ったのよ 」


「お嬢ちゃんたち、相席しても良いかい?」


「良いわよ!」


「……おう 」



 軽口を叩くエリン=カァに、マイルドな声でガキ二人と話すカタポッド。


 以前のままだ。


 マジで懐かしいな。


 俺、シンフィ、エリン=カァ、カタポッド、ゼパルで……ん?



「そういや、ゼパルはいねーのか?」


「あぁ、アイツなら……」


「その情報なら、銀貨八枚だぜー?」



 エリン=カァの言葉を遮って、シンフィが商売をふっかける。



「オイオイ、まだ情報屋やってんのか?もう十分稼ぎはあるんだろ?」


「へへへっ、こりゃ半分趣味だ 」



 うざいニヤケ面を更に歪めながら、シンフィは笑う。



「実はよ、ゼパルの情報諸々と合わせて、とっておきの情報があるんだが……興味ない?取れたてほやほや新鮮ビッグニュースだ 」


「へぇ、珍しいな……良いぜ、銀貨八枚。ほらよ 」


「まいど♪、おいガキども、好きなモン頼みな。お兄さんが奢ってやるよ 」


「えー!良いの!アンタ優しいのね!」


「……見てたか?あれカブラの金だぞ 」



 ウキウキでメニューを眺めだすアリア。


 隣のガルも、ぶつくさ言いつつ、真剣にメニューを眺め始める。



「まずはゼパルだがな、アイツは今単独で仕事中だ 」


「ソロでか?」


「討伐依頼じゃない。領主の城でルリオスとアグナスの外交会議があってな。ゼパルはそれに護衛として呼ばれてる 」


「……なるほどな 」



 俺は視線だけを辺りに向ける。


 いつも通りの騒がしい店内だが、どこか緊張感が張り詰めている。



 ルリオスとアグナスといえば、絶賛喧嘩中だ。


 ヘルデニカはその境界にある分、その二国の影響を受けやすい。


 この会議次第で、ヘルデニカの進退も決まってくる。



「話の流れ次第じゃ、戦争が始まるかもしれないやべー会議らしくてな……領主はギルド本部より選りすぐりのS級冒険者を護衛にアサインしたのさ 」


「は、S級?」


「そう!ゼパルの野郎、S級になったんだぜ!」



 嬉しそうに語るシンフィ。



 ……まじか。


 アイツも、俺と同じでA級止まりだと……。



 店員が頼んでいた酒を持ってくる。


 一言感謝して、俺は早速、その酒を一口煽った。



 ここにいる奴らと一緒に五人でパーティを組んでいた頃は、俺とゼパルは遊撃アタッカーで、言ってしまえばライバルみたいなものだった。


 ……アイツにまで、抜かれちまったのか……。



「それで、こっちが本題なんだが……最優先魔術依頼書プライオリティ・クエストあったろ?最近追加された」


「……あぁ」



 そこまで言って、シンフィは耳打ちする。



「件のガキ二人を見つけた。間違いねえよ。この俺が案内した船に乗ってる 」


「…………」


「本部に情報を渡しちまおうと思ったんだけどよ、今ならお前に手柄を譲ってやっても良い。逃げるには都合の悪い海の上だ。お前の実力なら、ガキ二人捕まえるなんて屁でもないだろ?しかも、報酬は白竜泉百瓶、金貨にして一万枚はくだらないだろうな。それに、プライオリティは評価点が高い。一発でS級昇格も夢じゃねぇ。どうだ?お礼は後払い、白竜泉の瓶十本くれりゃそれで良い。な、どの船か、教えてほしいか?」


 

 饒舌に、甘い商売文句を垂れ流すシンフィ。



 俺はもう一口酒を飲んで、酒臭い息をはぁ……と吐き出した。



「わりぃ、それ知り合いなんだわ 」


「は?……えぇ……」



 シンフィは露骨に舌打ちして、がしがし頭を掻く。



「しゃーねーなぁ。さっきの話はなかったことにしてくれ。俺も忘れるわ 」


「……悪いな。恩に着る 」


「ったくよぉ……今度メシ奢れよ。ウンと高いやつな!!」


「おう、木枯らし亭な 」


「大衆酒場じゃねーか!」



 二人でケラケラ笑い合う。



 ……そうだな、もうアリアたちのお守りはしなくて良いんだ。


 こいつらとまた、パーティ組むのも良いかもしれない。


 まぁゼパルの奴がなんて言うか分からんが。



 断られたら、そうだな……本腰入れて嫁を探して。


 そんで、ウィンリッドに帰ろう。



 酒を煽る。


 冷たい炭酸が喉を潤し、舌には苦い後味が残った。







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