第16話「嵐の前のヘルデニカ」(2)
人の狂騒に揉まれながら、ヘルデニカの街を歩く。
随分な人混みだ。
リリィと逸れないようにしないと……。
僕は繋いだリリィの手を引いて、せっせと前に進んでいく。
「ピキュイっ」
肩の上でピケーが鳴く。
どこに行ったかと思ったら、ピケーはいつの間にか僕の肩に止まっていた。
お前、てっきりアリアたちに着いてくのかと思ったぞ。
じと……と肩の小鳥に目線をやる。
ピケーは一瞬こっちに顔を向けると、ぷいっと嘴を逸らした。
こんにゃろう……。
アリアにはあれだけ懐いたくせに。
まぁ良い。思考を切り替えよう。
人混みを縫うように歩きながら、僕は空の太陽に目線を向ける。
時間は有限。
そうこうしているうちに、また一日が終わってしまう。
これから僕らがすべきことは、船を探すことだ。
外国に行く船を探して、どれくらいのお金が要るか調べる。
カブラさんから貰った分で間に合うなら良し。
足りないようなら、金策を絞り出さないといけない。
早急に、だ。
追手はいつやってくるか、分からないんだから。
視線を地上に戻す。
旧人、獣人、森人……様々な人種がごった返す大通り。
すぐ脇を高級そうな馬車が何台も通っていく。
辺りを点々とパトロールしている衛兵。
冒険者らしい格好の人たちも多く目に付く。
……皆、上等な服を着ていて、ウィンリッドの人たちとは様相が異なる。
有り体に言って、都会っぽい。
そんなことを思って、はたと気付く。
振り向いてみると、すぐそこにリリィ。
「……?」
革製の白いコートに、だぼだぼの靴を履いた少女。
着ているのは、それで全部だ。
コートの裾からは白い太腿が惜しげもなく晒され、余裕のある胸元からは肌色の三角形が覗いている。
コート一枚剥いでしまえば、とんでもないことになるだろう。
……まずは、服を買わなきゃな。
こじんまりとした服屋。
真新しいニスの匂いが鼻をくすぐる。
店内には、ベーシックな服やアクセサリーなんかの小物、それに加えて革製のベルトなんかが幾つも吊られて売られている。
外の喧騒が僅かに響く静かな店内で、僕は窓際に座ってぼーっとピケーを眺めていた。
指先に止まったピケーは、キョロキョロ辺りを見渡している。
ここは、冒険者向けの、カジュアルで機能性の高い服を売っているお店だ。
都合良く目に着いたところにあったので、急遽入店させてもらった。
店員さんは最初僕たちを見て訝しげな顔をしていたけど、金貨を十枚ほど積んでみせたら、目の色を変えて丁寧に接客してくれるようになった。
今は、リリィに適当な服を見繕って貰っている。
男子禁制ということで、女性店員さんたちは服をいっぱい担いで、リリィと奥の部屋に行ってしまった。
今頃は、リリィも着せ替え人形にされているんじゃないだろうか。
ピケーの止まる指先をゆーらゆーらと動かしながら、暇な脳みそを働かせる。
金貨数枚でも、相当な価値があるらしい。
僕みたいな子供が金貨を積み上げるのは、中々の衝撃だったようだし。
たしか……王宮の文官が月に金貨百枚くらい貰っていた気がする。
それは……どれくらいだろう?
分からないな。
うーん……。
今まで買い物したことがなかったし、貨幣の価値をイマイチ理解してないや。
でも、カブラさんがかなりの大金を僕たちに寄越してくれたのは確かだ。
貰った鞄の中には、金貨が三十枚ほど詰まった巾着袋が入っていた。
きっと、貰いすぎな額だ。
……大事に使おう。
「お待たせしました〜!」
ガチャン、とドアが勢いよく開く音。
視線を向けると、奥の扉から、意気揚々と女性店員さんが出てくるところだった。
店員さんの後ろをリリィが付いて来ている。
揺れる黄金の長髪。
流れる髪の隙間から、大きな太陽みたいな瞳と目線が噛み合う。
さっと目を伏せるように、目を逸らすリリィ。
店員さんに促されるまま、リリィはすごすごと僕の元へと歩いてくる。
黒をベースにした軽いドレスコート。
施された金の刺繍がドレス全体を煌びやかにしながらも、煩い感じはしない格好良いデザイン。
袖口や、ドレスのスカート部分には白いフリルが施され、年相応の可愛らしさも引き出されている。
「こちら最近トレンドの〜、リリィさんの綺麗な金髪に合わせて〜、こちら丈夫で耐久性にも優れていて〜」
店員さんのプレゼンを聞きながら、僕はリリィをマジマジと見つめていた。
リリィも少し不安そうに、僕の顔をじーっと見上げている。
「どうですか?」
店員さんが僕に聞く。
「可愛くしてもらったね 」
僕はリリィの頭を撫ですかした。
「……えへ…………」
リリィは長い髪を両手で掬って口元を隠すと、頭を少しこちらに差し出した。
嬉しそうで何よりだ。
僕はリリィの頭を撫でながら、店員さんに頭を下げる。
店員さんは満足気にドヤァと笑った。
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