第16話「嵐の前のヘルデニカ」(3)

 うっかり寝過ごし、こんな時間の投稿になってしまいました。

 今度から怪しい日は大人しく予約投稿使います。

 遅れてすいませんでした<(_ _)>


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 見繕って貰った服と合わせて、僕はサングラスを購入した。


 目の色を隠すためと、単純に太陽光が眩しいからだ。


 大人用で、少し大きめだけど、むしろ都合が良いだろう。



 ターバンにしていた外套はクビにされ、今は鞄に仕舞われている。


 いつまでも血埃に塗れた外套を頭にぐるぐるしてるわけにはいかない。



 これで、不審者スタイルから晴れて卒業だ。


 もう道行く人に怪訝な目で見られずに済む。



 僕はリリィと手を繋いで、並んで歩く。



 港は近く、強い潮風が僕らの髪を揺らしていた。



「……〜♪」



 リリィはそこはかとなくご機嫌だ。


 表情が穏やかで、足取りも軽い。



 新しいドレスコート、気に入ってくれたみたいだ。


 良かった。


 リリィが嬉しそうだと、僕も心が軽くなる。


 

「ふふっ……」


「……なに?」


「なんでも 」



 急に笑った僕に、不思議そうな顔をするリリィ。


 僕は道の先に目線を戻して、下手くそな鼻唄を歌う。



 今日は良い天気だ。







 地平線の彼方、どこまでも続く港。


 立ち並ぶ船と船と船。


 どれを見ても目新しく、カラフルで、雄大だ。



 こんな大きなものが動き出し、人を乗せて海を渡るのかと思うと、なんだか胸が熱くなる。



 また、港も変わらず人が多い。


 これから漁に行くだろう人たちや、船から荷物を下ろす人たち、逆に運び込む人たち、更には船に乗り込む乗客たち……。


 色んな人の話し声やら怒号やらが、開けたこの空間に満ち満ちていた。



「……どの船に乗れば良いんだろう 」



 僕はキョロキョロと辺りを見渡す。



 無数にある船。


 どれが目当ての船なのか、見当もつかない。



 どうしたものか。



 取り敢えず、動いてみないと……と、僕がどこかへ歩き出そうとしたとき。



「君たち、船に乗るのは初めてかい?」



 脇から声をかけられる。


 軽薄そうな男の声。



 見てみると、痩せ型の鼠獣人の男が、人好きのする笑みを浮かべていた。


 ぴこ、ぴこ、と動く、頭頂部の丸い鼠耳。



「……ええ、そうですけど 」


「ふーん?」



 切長の目が一瞬、じろりと僕らの顔を舐め回す。



 ……嫌な視線だ。


 知っている。こういう奴は信用できない。



「どこ行きたいの?」


「…………」



 僕はただ沈黙する。


 さっさとこの場を立ち去りたいが、上手い断り文句が思い付かない。



 こんなところで対話経験のなさが……。



 男は僕の態度を見て、困ったように肩をすくめた。



「そーんな疑わないでよう。お兄さんは危ないヤツじゃないからさ、ね?」


「……何の用ですか?」


「ビジネスさ 」



 鼠獣人の男は、指を丸めて銭のジェスチャーをする。


 顔には清々しい微笑が張り付いていた。



「お兄さん、情報屋なんだ♪ 」



 情報屋。


 有益な情報をかき集め、必要としている人に情報を売る商売。



 港には船がごまんとある。


 どれが目的の船か、一つ一つ探して回るのは骨の折れる作業だ。


 だからこそ、彼のような情報屋が案内役をしつつ、小金を稼いでいるんだろう。



「船ってのは気まぐれでね。満員になればさっさと出港しちまうし、トラブルで出発予定日から数日遅れるなんてのも珍しくない。ま、そんな気まぐれに振り回されて、金と時間を無駄にするのも結構だけどさぁ……今なら銀貨四枚で、親切で物知りなお兄さんがベストな船にご案内してあげるぜ……?」



 オーバーな身振り手振りを交えながら、男は楽しげに演説する。



「ね、どう?」



 綺麗に笑う男。


 僕は沈黙する。



 銀貨四枚……。


 ………………どれくらいの価値だ?



 僕は頭を捻る。



「おーい、そんな悠長に悩んでて良いの?今にもお目当ての船が出ていっちまうかもよ?」



 手応えがなくて焦ったか、鼠獣人の男は僕の焦りを煽ってくる。



 ……たしかに、船のことを色々教えてくれるのはありがたい。


 現に困ってたわけだし。


 でも、銀貨四枚。


 銀貨十枚で金貨一枚分だから、金貨換算で0.4枚……。


 安いか……?



「うーん……」


「悩むねえ……」



 ふむ、と顎をさすって、男はニカっと笑った。



「じゃあ大サービス!乗りたい船の、出港予定日時までタダで教えてやるよ。出港まで時間があれば自力で船を探すも良し。逆に時間がなかったら、俺に頼ってくれりゃ良いさ 」



 良い笑顔でサムズアップする鼠獣人の男。



「……ホントですか?」


「あぁ、わざと嘘を教えるようなことはしないぜ? 情報屋は信用が命だからな。ほんで、どこ行くご予定?」


「待って 」



 リリィの鋭い制止。


 リリィは一歩僕の前に立ち、男から庇うように片腕を僕の前に差し出した。



「……なーに、お嬢ちゃん?」



 笑顔を崩さない鼠獣人。


 リリィはただ、ジ……と、その作られた笑顔を見つめ続ける。


 瞬きもせず。



 男の額に、ほんの僅かに冷や汗が浮かんだことを、僕は見逃さなかった。



 ぱちり、とリリィが瞬きをする。


 それから、しばらくして、リリィはそっぽを向いた。



「……なんでもない 」


「……そうかい?」


 

 あくまでにこやかな鼠獣人。


 表情は若干引き攣っている。



「良いの?」


「……うん。大丈夫みたい 」



 大丈夫みたい、か。


 まぁ、リリィがそう言うならそうなんだろう。


 説得力というか、なんというか……安心感がある。



「それで、お求めの便は?」



 話が纏まったのを感じたか、男は単刀直入に聞いてきた。



「……天竜王国です 」


「オッケー。それなら明日の朝の出発だ。人気の便だからな、今日のうちにスペースを取っちまった方が良いぜ 」


「なるほど……」



 明日の朝か……。


 スペースって口振りからすると、個室があったりはしないんだろうな。


 なら、今日は宿で一泊するか。


 それとも、アドバイス通り自分たちのスペースを確保した上で、船に泊まってしまうか。



 ……うーん、よく分かんない。


 もう船に乗ってしまった方が、楽かもな。



「銀貨四枚……でしたね 」


「あぁ 」



 銀貨四枚、金貨袋から出して、男に手渡す。



「毎度あり。へへっ 」



 ニヤッと軽薄に笑う男。



「天竜王国行きの船は幾つかあるんだ。料金によって差別化されてるんだが、ご予算はどれくらいで?」


「金貨二十枚は……手元にあります 」


「なるほどなるほど……」



 顎に手を当て、考え込む男。


 うん、とひとつ頷いて。



「なら中流向けの少し良いヤツがオススメだな。ギリギリ高級客船に乗れなくもないが……あんまり気乗りしないでしょ?」


「そうですね 」


「よーし、じゃあ案内させてもらうわ。着いてきな 」



 意気揚々と、鼠獣人の男は歩き出す。



 僕とリリィは改めて手を繋ぎ直して、男のあとに付いて行った。







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