第2話「【急募】幼女と仲良くなる方法」(2)


 僕は死にかけていた。


 

 脇の下を樹木の槍が掠める。


 冷や汗を流しながら、僕は更に走るスピードを上げた。


 僕の身長くらいもある木の根っこを乗り越えながら、死に物狂いで駆け走る。


 背後から、むちがヒュッと空気を切り裂く音。


 木の幹が真ん中までえぐり取られて、進路をふさぐように倒れ出した。


 僕はその下をギリギリ通り抜けて、まだまだ走る。


 チラと後ろに目を向ける。


 周りの木々より更に一回り大きい樹木が、木々の間隙かんげきうように、根っこをウネウネさせて追ってきていた。


 視界の端で、暴れ乱れる枝のむちがしなってーー。



「やぁっばい!」



 急いで地面を転がる。


 頭上を枝のむちかすめた。


 辺りの木々が空ぶった枝に当たって、三、四つぎ倒されていく。


 背中に嫌な汗が伝った。



「枝で幹がえぐれるってどういうことだよ!」



 僕は走る。悪態あくたいを吐きながら、死物狂しにものぐるいで。


 止まれば死である。


 なんなら、止まらなくても死にそうだけれど。



 こうなった経緯けいいは、かれこれ数分前。



 森を散策していたところ、僕は開けた場所にポツンと立つ木を見つけた。


 灰色で生気のない木だったけど、なんと、その木には美味しそうな白い果実が成っていた。


 あの実はきっと美味しいに違いないと、ぎゅるぎゅる鳴る腹が言うので、僕はその果実を採って食べることにしたのだ。



 実に近づく僕。


 急にうごめき出した木。


 振われる枝のむち

 

 腰抜かせて尻餅つく僕。


 えぐれる地面。


 逃げる僕。


 

 こうして、ただ近くに寄っただけであの樹木モドキは怒り心頭しんとう。ない目を怒らせて僕を追いかけ回しているのでした。


 領土侵犯だったのかもしれない。


 せめて一言、「近づいたら殺すぞ〜」とでも忠告してから攻撃して欲しいものだ。

 

 

 木に擬態する魔物。


 トレントだ。


 普通に弱い。



 ただ、竜神山のトレントは、通常のトレントとはまた毛色が違う。


 長い年月を掛けて養分を溜め込み、進化を遂げた特別種。


 わば、エルダートレント。


 普通に強い。



 なんて、エルダートレントについて知ってる情報を、頭の中で並べていく。


 けれど、あんまり意味はなかった。


 現状を打開する策は、結局ないから。


 情けないことに、僕のできることは少なすぎる。


 逃げの一択。それしかない。



 というわけで、走り続けていくばくか。


 トレントとの距離を中々広げられないまま、体力の限界が近づいていた。

 

 トレントは足が遅かった。


 でも、僕も足が遅かった。


 子供の身長では、越えられない段差も多い。


 僕は順調に体力を削られ、徐々に余裕がなくなってきた。


 次、当たる攻撃が来たら、もう避けられる自信がない。


 

 そう思った瞬間、目の前の木がうごめき出した。


 根っこをウネウネさせて、枝葉を揺らし始める。


 白い魔樹ーーエルダートレント。


 二体目だ。



「うわ、どうしよ 」



 背後を見る。



 興奮冷めやらぬ様子の激怒トレント。


 

 正面を見る。



 うごめきうねり殺意溌剌はつらつな第二トレント。



 マズい、どうしよう。

 


 後退あとずさる。

 


 はさみ撃ちの状態だ。


 逃げ場がない。



 マズい。



 二体分のむちが空気をビュンビュン切り裂く音が、僕の焦りに拍車はくしゃを掛ける。

 


 正面の白トレントが動いた。


 枝の鞭がビュンとふるわれる。


 

 回避ーー間に合わない。



 反射的に体が強張る。


 次の瞬間、体の上下が泣き別れーーとは、ならなかった。



 僕のすぐ背後で、枝のむちがバシッとなにかを弾いた。


 また別の枝が振われる。


 今度は、その枝と、また別の枝がからみ付く。


 枝がギシギシ軋む音。



 僕は背後を見上げた。



 正面の白トレントと、背後の灰トレントが組み合っている。



 背後の灰トレントが、僕に枝の槍を突き出す。


 それを、正面の白トレントが枝で払い退ける。


 また灰トレントが攻撃を仕掛けて。


 白トレントが防ぐ。



 樹木のギシギシきしむ音が、辺りに木霊こだまする。



「どういうこと……?」



 僕は混乱しながらも、地をうようにその場を離れようとした。



 それを察したのか、灰トレントが激しく暴れ出す。


 葉っぱが落ち、小枝が落ち。



 そんな灰トレントを押さえ込もうとする白トレント。



 更に暴れる灰トレント。


 あまりの抵抗の激しさに、成っていた白い大きな果実がひとつ、地面に落ちた。



「あっ!」



 僕はもう吸い寄せられるように、落ちた果実に手を伸ばした。


 灰トレントが体をきしませて絶叫する。


 僕はその不快な音に眉をしかめながら、白い果実を抱えた。



 そして、逃走。



 絡み合う二体のトレントを置き去りに、僕は全力でその場から逃げ出した。

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