4-3
「おめでとう、二人とも。今日から晴れて私たちお嬢様の一員だ」
かつて二人を見出し導いてくれた彼女、加えて他のお嬢様たちは手を叩いて二人の就任を讃えてくれる。
宮殿のテラスに佇む二人を鳴りやまない歓声で祝福する、広場に集まる数多の民衆。
胸を支配したのは、かつて覚えた憧れに、本当に自分たちが到達したのだという、言葉では表すことのできない実感。
すべての少年少女らの頂に立ち、模範となり憧れの象徴へと確かに届いた事実。心の底から湧く嬉々とした気持ちは、決して嘘ではない。
だけど。
二人の少女は、ある共通の疑念をこの時思い浮かべたはずだ。
――――どうして最初から『神様』なのかな?
――――どうして『死神』になれたんだろ?
と。
一般論を考えれば、新入りの階級は言わずもがな、下層からのスタート。それゆえに、二人が疑問を抱くのは当然のこと。
でも、
「これからのキミたちの活躍、期待しているよ」
五人のお嬢様は心から祝福してくれている。それが嘘ではないことは、その目を身につけている彼女らにはわかった。だから二人は抱えた疑念を、今は気にしないことにした。
疑念に対する確かな答えが用意されているということは、今は知る由もなく――……。
それから七年の月日があっという間に流れ、
「続いての議題は、高等教育における文系科目の授業時間削減案です。現状、我が国では理系科目にやや弱いという統計が出ているので、その比率を交えながら議論してみたいと思います」
豪華絢爛な会議の間。奥に居座る七階級一位、時永琴夜は議題を読み上げ、会議は新たな展開へと入ってゆく。
「……――データを見ると他国に比べ、明らかに文系科目の授業に時間を割いています。ですので、理系科目の授業時間を数パーセント引き上げる方向で構わないと私は思います」
『神様』がお嬢様たちに伺ったその時、七階級第二位の『死神』、轟遊奈は静かに手を挙げ、
「……、全生徒を対象にその案を可決するのは反対。理系科目を得意とする生徒にはより多くの時間を割り当て、それ以外の生徒はこれまでどおりで構わないと考えます」
その意見を受けた『神様』は、事務的に一つ頷き、
「……、その考えも踏まえ、意見のある方は挙手をお願いします」
こうしてそれぞれの役目を全うしながら、本日もお嬢様は公務をこなしてゆく。
「ねーひかみん、りーちゃんっ、今日は遊奈とごはん食べない?」
『死神』という、外見から推し測るにはあまりにも不釣り合いな二つ名で呼ばれる少女は、お嬢様の七階級五位、六位を気さくに食事に誘う。
「飾音ちゃん、凪沙ちゃん、今日はお弁当を作ってきたんだ。よかったら一緒にどう?」
『神様』という二つ名を与えられた少女は、その名で呼ばれるに相応しい微笑みを浮かべ、七階級四位、七位のお嬢様に呼びかける。
「…………」
その光景を離れて見守る、神の頂きから堕ちた一人の少女。
あのころは伸ばしていた自慢の黒髪、――今はない。伸びるのは、色の抜けた長い白髪。
口は堅く結ばれ、憂いを帯びた切れ長な目は、背くようによそを向いた。
「ねぇねぇセンパイ」
可憐な女の子の声が、彼女の意識を前方へと戻す。
「どうしたのかな、遊奈ちゃん?」
愛らしさ満天の瞳は、幼少のころと変わりはしない。けれども、あの日見せてくれた無垢な顔は失せ、仮面を被りどこか人の様子を終始伺う細やかな仕草が、堕ちた神の目に淡く映る。
「おっと、琴夜ちゃんも用があるのかな? それとも――……」
みらいへと近づきかけていた琴夜は、前方の遊奈を垣間見ると、
「あっ、いえ……、なんでもないです。失礼しました」
安心を与えるためか、すぐに笑みを戻して彼女は背を見せた。皆を平等に捉えるに相応しい、あの笑顔を仕向けて。
みらいは目を逸らす。その冷たい表情を植え付けられることが嫌で、神の座から逃げた過去を想起したのもあるけど、罪悪感とも呼べそうな思いが胸を嫌に圧迫したから。
『死神』はそっぽを向いて顔をしかめたが、すぐに明るさを顔に取り戻し、
「えっと、センパイもあたしたちとごはん食べない?」
「ごめんね、ちょっと私用があって。また今度、誘ってくれたら嬉しいよ」
みらいは席を立ち、その場を後にした。
ふと、みらいは振り返り、
「…………」
手を繋ぎ、一緒にお嬢様になろうと宣言してのけた姿は、今では想像できないほどに遠い。姉妹のように仲良しだった過去は昨晩見た夢とさえ思えてしまうほどに、今は――……。
いや、それは仕方のないこと。
『神様』は頂きに立ち、『死神』は頂きの対照としての存在である以上、二人の関係は相応に変わるのだから。
今は今、昔は昔。たったそれだけのおはなし。
でも――――、
「もう一度、二人が並んでくれるシーンを見せてよ。絵本の世界じゃない、私の目の前で」
それは自分勝手な想いかもしれない。そんな未来は決して訪れないのかもしれない。
だけど、それでも――――……。
少女は漠然と現実を抱きつつも、天へと縋るように儚い願いを乞う。
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