2-7

 翌日、放課後。


 時嬢部の部室、会議机の端々に座って各々の時間を過ごす篠宮天祷と時永琴夜。

 アマトが琴夜愛読の中高生向けファッション雑誌にパラパラと目を通していると、


「アマトくん、一つお話しがあるけどいい?」


 声に反応すると、琴夜は丁寧な微笑に添えるように薄っすらと頬を染め、プラスしてあざとい上目使いをアマトに向けていた。


「どうでもいいけど琴夜って……ぶりっこ?」


 なっ!! とあっけらかんな声を漏らした彼女、


「ぶっ、ぶりっこ……? そう……かな? 普通……だと、思うけど?」

「わざとらしく首を傾けてるし、上目使い多いし、それに他にも……。…………あざとい」


 微笑はギリギリ崩さないものの、琴夜は頬をピクピクと震わせ、


「あ、あざといって……ッ。私のこと、いつも男を狙ってるメス猫とでも言いたいのかな?」


 額に青筋を走らせる琴夜を抑え込むように、アマトは広げた両掌を彼女に強調し、


「なにもぶりっこが悪いとは言ってないだろ? 琴夜のルックスなら許されるんだよ。ブスのぶりっこは顔と仕草の二重苦だけど、琴夜ならプラスに働くから大丈夫」


 それでも琴夜はむすっと右頬を膨らませ、物言いたげな視線でアマトを威圧し、


「ふんっ、キミにどうこう言われたってやめませんから! 子どものころからずっとこうだけど、誰からも文句言われたことないしっ」


(子どものころからこうだったんだ……)


 プイっと顔を逸らした琴夜、不機嫌そうにアヒル口をつくり、


「私はともかく、ぶりっこも大事な個性なんだからね。……それに、一人称が下の名前じゃないだけマシだし」


 最後は小声で呟いた彼女。誰か心当たりでもいるのか、とアマトは勘ぐったが、わざわざ訊くことはしない。


「もう、またお嬢様わたしをイジるんだから。そんなキミには明日、かわいいエプロンを着させてお弁当を作らせようかな? アマトくんの手作り弁当食べてみたいし」

「やめい、絶対ないわっ。……って、明日?」


 琴夜はコホンと可愛く咳払いをして、


「話は戻すけど土曜日あした、アマトくん空いてないかなって訊こうとしてたんだ。プレゼントを買いにショッピングしたいけど、私だけじゃ決めきれないだろうし」

「プレゼント? 誰かの記念日? ヒマしてるけど、俺でいいなら?」

「まぁ、毎年あげてる知り合いの誕生日プレゼントなんだけど……。アマトくんなのは……キミってインドア派そうだし、休日は空いてそうだし」


 とは口にする琴夜であるが、その言い分は自分をからかうためではなく、何かを隠伏しているような口調だと、アマトは薄っすらと感じた。


 ともかくショッピングの場所、集合時間を琴夜と確認して、


「ただし、女物の服を着せるとかはナシで。それを約束してくれるならOK」

「それは安心して。カチンとくる発言をしたらわからないけど、基本は大丈夫だから。それじゃ、明日は約束どおり来てね」

「…………、基本?」


 そして当日。


 通う中学校から二駅ほど離れたショッピングモール。集合場所として人々が立ち寄る噴水前、柱時計を確認するのは茶髪の男子中学生、篠宮天祷。ファッション雑誌で特集を組まれていそうなコーディネートで、その身をカジュアルにあしらっている。


 頃合いかと思い、アマトは一度周囲を眺めると、


「アマトくん、おはよう」


 背後からの声に反応し、彼はスッと振り返る。


「おっ、その服いいね」


 背後で手を組み、整った顔立ちに微笑みを添える同級生、時永琴夜。校内で目にするブレザーやスクールセーターとは異なる、薄色を基調とした秋物の私服で身を着飾っていた。


「ほうほう、ワンピースにロングカーディね。それも全部ブランドものとは……。やっぱり腐ってもお嬢様か」


 膝下を覆う程度の水色ワンピースに、薄ベージュのロングカーディガン。また、ニーソで脚を覆っている普段とは違い、素足とサンダルという組み合わせは大人っぽさを漂わせている。


「別に腐ってません、今でも立派なお嬢様のつもりですっ。……けど私のコーデ、全部ブランドものだってよくわかったね?」

「ふふ、伊達にファッション雑誌をチェックしていない俺だからな。オシャレに精通してるほうが人としてのポイントが高いんだよ」

「そういう男の子、オシャレ系男子って言うらしいね。私とは気が合うかも」

「うわっ、そーゆー○○系男子って言葉キライ。なんか生理的に無理」


 嫌そうに顔を歪めるアマトを苦笑した琴夜だが、――彼女はさりげなく左手を差し出し、


「それじゃあ行こうか、アマトくん。……アマトくん?」


 ……が、アマトは琴夜の綺麗な掌をじーっと眺め、


「…………、その手は握ったほうがいいんですかね?」


 琴夜とはショッピングに来ただけであって、手を繋ぐともなるとそれは……。

 あっ、と漏らした琴夜。伸ばした手をサッと引っ込め、


「そんなつもりは全然ないのに。でもごめんね、勘違いさせちゃったかな? ま、気を取り直して行こうか」


 手を繋ぐことを拒否されたのにもかかわらず、機嫌よくアマトへ促す琴夜。


「…………」


 琴夜が一歩先に進む中、アマトはオレンジ髪の後姿を黙って眺め、


「えっ、……アマトくん!?」


 ギュッと、――アマトは琴夜の右手を確かに掴んだ。しなやかな指、および柔らかな感触を掌全体で感じ取るように。


 はっとする琴夜に、アマトは白い歯を覗かせ、


「こんな美少女と手を繋げるのは光栄だね。せっかくだし、経験できるものは経験しておかないと。ただし、出入口までで」

「くすっ、アマトくんなりの照れ隠しかわいい」

「照れてねーし。照れてたら手を繋ごうとしないから」


 とは反論をするものの、琴夜は「はいはい」と、珍しく彼女が主導権を握ってアマトの言葉を容易くかわす。


 ショッピングモールの入口へと続く石畳のストリート。家族連れや友達同士、はたまた男女のカップルがぞろぞろと歩く中、手を繋ぎ並んで足を運ぶアマト、琴夜。


「やっぱデートみたいだよな、こういうのって」

「今日みたいに男女が一緒に買い物をするだけで、十分デートって呼べると思うけど?」

「あんまり考えたことなかったけど、デートの定義って何だろ? 琴夜の言うとおり、男女が一緒に過ごせばデートになるのか?」


 ま、定義なんぞネットで適当に検索して調べればいいか、とアマトは軽く流す。

 すると、琴夜はお伺いを立てるようにアマトへ、


「…………、やっぱりドキドキしちゃう?」

「……、どっかの誰かさんに大切なもの奪われたし、そんなに感じてないのかも」


 奪われたものが関係あるかどうかは定かではないが、琴夜の尋ねた気持ちに達していないのは事実。


 が、その瞬間、――握られる右手は軽い力を覚え、


「そっか……。私はね、ちょっと胸が熱いかも」


 琴夜ははにかむ。それは普段の表情かおとは違う、自分の表情かお


「感じてないとか言ってごめん。今まで女子を異性として見ることってそうなかったし、どう感じていいか……」

「責めてなんかないよ。だって、それを奪ったのは私だし」


 琴夜はあさっての方向を向く。だから、彼女の感情を読み取ることができない。


「ドキドキとまではいかないけど、琴夜と手を握ってるって気持ちはある。んー……、うまく言えないけど」

「えー、何それ? ……でも、ちょっぴり嬉しいかも」


 琴夜がニコリと笑ってくれたので、アマトも口元を綻ばせることで返してあげた。

 そうして入口までやって来た二人は約束どおり手のアーチを解くと、琴夜は軽い身の動きで前に躍り出て、


「今日はこちらから誘ったわけだし、まずは私からのおもてなしということで、最初はキミの要望に応えてあげるよ」


 アマトは一切迷うことなく、


「いいね、ならまずは映画館だ!」


 というわけでショッピングモール内の映画館に足を運ぶアマト、琴夜ではあったが、


「ってしまった、今はマトモな映画がなかったんだ……」


 無論、アマトが対象とするのは洋画だ。かつて文学部という部で活動していたことからも伺えるように、物語全般を好みとする彼だが、中でも洋画はアマトの専門。ネットで欠かさず情報を収集しており、近ごろ公開された映画の評判についても当然熟知していた。


「来週ならアタリが輸入されてくるのに……、チッ」


 アマトはガックリとうな垂れたが、ふと顔を上げると、


「……ん、琴夜?」


 洋画ゾーンの対面に位置する邦画ゾーンで立ち止まっている伴連れの彼女。一枚の宣伝ポスターを見つめているその琴夜に近寄りつつ、アマトはそれをチェックし、


「なになに……、『絶望に瀕した少女を救ったのは恋でした』? あー、典型的って感じのキャッチコピーだ」


 半笑いで小馬鹿にしながらも、ポスターに夢中の琴夜に視線が向かい、


(へー、こういうのに興味があるんだ。そういえば、部室でもよく恋愛小説読んでたっけ。ま、ひょっとしたら俺も食わず嫌いなだけかもしれないか)


 このジャンルに対しては基本アンチの姿勢だが、実際にこの手の映画を観たのは、実は随分と前だった。今から観たら、ひょっとしたら新たな世界が開けるかもしれないとアマトは踏み、


「公開中の映画で観たい作品ないし、コレでも観ない?」

「え、いいの?」

「好きなジャンルばかり観てると飽きるし。たまにはこういうのもいいのかも」


「ふふっ、男の子と恋愛ものの映画観るの、たしか初めてだったかな? こういうシチュエーション、なんだか恋人同士みたいだね」

「まあ一緒に映画鑑賞するのって、ラブコメにはありがちな展開とも言えるし。ひょっとしたらこれから観る作品も、こんなシーンがあったりして」


 こうして二人はチケットや映画のお供を購入し、シアターの中へと入っていった。

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