2-8

(なんというか、微妙な作品だった……)


 決して悪くはないストーリーではあったが、作品に肥えたアマトを満足させるには至らなかった。が、


「面白かったね。いいロマンチックに浸れたかも」


 アマトとは違い、隣の琴夜は満足げ。柔らかな目尻も心なしか湿っている。


「アマトくんは、この世で最も素敵な魔法は何だと思った?」


 それは作中でヒロインが主人公に発した、物語の複線とも取れそうなセリフ。

 アマトは適当に館内を眺め、


「……んーと、愛の告白」


 たまたま目に入った、若い男女のキス五秒前な宣伝用ポスター。


「んもうっ、嘘つき!」

「なんで嘘って決めつけるんだよっ。じゃあ、俺になんて言ってほしかったんだ……? 『神のみぞ知る物語ロマンチックノベリスト』とでも言えばよかったのか?」

「私はアマトくんの考えが知りたかっただけ。私のお伺いを立てられても嬉しくないんだから」


 俺の考えに何の価値があるのやらと首を捻ったが、ここでふと一つの疑問が生じ、


「琴夜って前にさ、『人間は石ころと同じ』とか言ってなかったっけ? そんな目で映画楽しめたのかよ?」

「登場人物がある程度記号になってると、普通に楽しめるよ。アマトくんだって個性のないキャラばかりの作品にのめり込めないでしょ?」


「それはある。凡人であっても、キャラには最低限の色が欲しいね」

「映画は久しぶりだけど、普段からドラマとかは見てまして。ロマンチックで素敵な気分に浸れる世界は好き。ま、のめり込み過ぎちゃうと、現実と区別が付かなくなっちゃうから注意しないとね」


「だな、電波少女は困るぜ。……って、今も半分そんな感じか?」

「何か言った? ……女子用の制服着たい?」


 口こそ緩めてはいるが、目と声は一切笑っていない。アマトはサッと前を向き、気持ち早足で先を進む。


「ともかく琴夜、今日の要件って誰かさんへのプレゼントを買うことだよな? 何を買うのかはもう決めた?」

「ううん、これから決めるつもり。でもその前に時間もちょうどいいし、お昼ごはんでも食べない? ごはん食べながら午後のスケジュールを決めよっか?」


 こうして二人はフードコートに赴き、アマトはオムライス、琴夜は天ぷらそばとオレンジジュースを各々の店舗で注文した。

 一つのテーブルに集合した二人は食事にありつき、


「そーいや会長の件、放ったらかしだった。すぐに解決できないとは前に言ったけど、そろそろ動かないとマズくね?」

「そうだね、最近は何かと忙しいし。これからはもっと忙しくなると思うから、そろそろ何かしらの答えを見つけないと。できればこのデート中にね?」


 ナチュラルに「デート」と放った琴夜にアマトはツッコミかけたが、わざわざ反論するのも億劫なので、言葉は喉元でグッと呑み込む。代わりに、


「それに時嬢部の三人目も探さないとマズイんだっけ?」


 琴夜はエビの天ぷらを頬張りながら、あっと声を上げ、


「忘れてたっ。期限は来週の水曜日までだったかな……? それまでに探さないと、部室が取り上げられちゃうし……」


 丞山中学校の規則では、部を存続させるためには最低三名の部員が必要になる。現在の時嬢部は琴夜、アマトの二人のみだが、これは琴夜がコネを用いて生徒会に頼み込んだ特別措置により許されているもので、それでもリミットまでに三人目を確保しなければなるまい。


「凪沙は茶道部、ひかみんはテニス部、会長は生徒会か……。他のお嬢様で部に入ってくれそうなのは?」

「一人は滅多に学校に来ないし、もう一人は弓道部だし……。アマトくんの知り合いにヒマそうな人はいない?」

「その不登校なお嬢様を幽霊部員には……無理だな。たしかその手はダメって前例がある」


 アマトはうーんと唸ったが、すぐ琴夜に待ったをかけ、


「琴夜の言った候補、二人だよな? お嬢様は七人だから、一人忘れてない?」


 が、琴夜は憂い顔で控え目に目線を下げ、


「ごめん、あの子は…………」

「そ、そう……。ま、俺もヒマそうな連中にまた声掛けてみるわ。期限は近いけど、時間はまだある。焦ら……なきゃいけないけど、探す努力はしていこう」


 アマトはスプーンでオムライスを掬い、気を取り直してもぐもぐ頬張っていく。


(……あの子? ひょっとして『死神』のことか?)


 お嬢様の二つ名は降順に『神様』、『死神』、『姫』、『王子』、『騎士』、『妖精』、『魔女』。そしてナンバー2である『死神』の役割は組織におけるストッパーであると同時に、ナンバー1、すなわち『神様』の対照となることだ(凪沙、涼乃から聞いた話による)。


(琴夜が言いよどむってことは、やっぱ――……)


 オムライスを口に含みつつ、琴夜の様子をこっそり伺うアマトだが、


「どうしたの? 私の食べっぷり、気になった?」

「いや、天ぷらそばとオレンジジュースって組み合わせが気になって。典型的な和食にジュースは合わないような気が」

「いいでしょ、どっちも好きなんだから。キミだってオムライスだけじゃなくて、もう一品頼むくらいの気概を見せてほしいよ。食べ盛りに食べないと大きくならないよ? ただでさえ線が細いんだし」


「線が太くなったら琴夜の大好きな女装姿が台無しになるだろ?」

「そっ、それはそうだけど……」

「なに悩んでるんだよっ」


 ここは「女装姿よりも、アマトくんがしっかりと成長してくれるほうが大事だもんっ」とでも言うべきだろ、とアマトは心中で苦言を呈する。

 琴夜が最後のそばを啜るのと同時に、アマトも残りの一口を食べ終え、


「でー、午後はどうする? 雑貨屋でも適当にぶらついてみる?」

「そうだね。かわいい雑貨が揃ってるお店を知ってるから、まずはそこに行ってみようか」

 こうして食事を終えた二人は、話に挙がった雑貨屋へと向かうことにした。


「んー……、このお店にはよさそうのないなぁ……」


 三十分ほど店内を物色してみたものの、琴夜は満足する品に巡り合えていないようだ。


「そんなに焦らなくても結構。時間置いて、あとで探してみてもいいし」


 琴夜は申し訳なさそうに片目を瞑り、


「ごめんね、それじゃあお言葉に甘えさせていただきます」

「てことは、プレゼント選びは後回し?」


 琴夜は一つ頷き、


「考えとか整理したいのもあるけど、個人的な買い物にもちょっと行きたいし。だから、ここは二手に別れない?」

「いいぜ、俺もちょっくら見たい店あるし。んじゃ、三十分後にあのベンチ前で待ち合わせな」


 そういうわけで、一旦別行動に移ることになったアマトと琴夜。

 アマトはDVDショップに寄る、本屋で参考書を漁るなど適当に時間を潰し、集合時間の五分前には待ち合わせ場所のベンチへと腰かけ、


(プレゼント選びってのも、案外大変なんだな。時間をかけるってことは、それだけ大切な人のプレゼントなのかな?)


 ぼんやりと顔を上げ、開放感溢れる吹き抜けから伺える多数の人通りを眺めていると、


「しーのみっ、こんなトコで会うなんて奇遇だねっ」

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