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「そう、『死神』という嫌われ役を押し付けられた遊奈ちゃんのこと。『死神』の役目は『神様』の対照であることだから、あの二人は毎回のようにすれ違わなければならないのさ」

「だから、仲が拗れていたってことか……」

「ただのケンカじゃないよ、二人は幼少のころから元が変わっちゃったんだ。元が違えば、必然的に今の関係が変わることはおかしな話じゃないのかもね……」


 みらいは目に悲しい影をチラつかせ、声を潜めてそう告げる。


「それに忘れかけているかもしれないけど、あの二人はただの女の子じゃない。私と同じ魔法使いだ。もし琴夜ちゃんの『神のみぞ知る物語ロマンチックノベリスト』と遊奈ちゃんの『孤独な時空の観測者ディメンジョナルパラドックス』が衝突した場合、世界は間違いなく壊れるよ」

「まさに『セカイ系』ってか、この物語は。……ふん、セカイ系って括りを除けば、まさしくあの絵本の物語構図だよな、現状いまって」


「ま、絵本はあの二人をモデルにこの私が描いたものだからね。どうしても似てしまうのは仕方がないよ」

「二人がモデルってことは薄々気づいてたけど……アンタが作者かよ……、ビックリ」


 だが驚嘆と併せて、アマトは絵本のあの結末を脳裏によぎらせる。


「私だって、あの二人が並んでいるところをまた見たい。たとえ昔のような仲には戻らなかったとしても……絵本の優しい世界のように。そのためには、キミの力が必要になるんだ」

「……俺の力?」

「おそらく、読者はあのヒロインズを主人公として捉えているだろうね。だけど作者わたしからしてみれば、あの平民の少年こそが真の主人公なんだ」


 そうして彼女は、アマトに指先を差し向け、


「つまり篠宮天祷くん、――――キミこそがあのヒロインたちの間に立つべき主人公だよ」


 曇り一点ない声で、彼女は少年にそう宣言した。

 しかれども、当の本人は納得していない様相で、


「あのキャラ、ポッと出だろ? 物語を都合よく達成させるためだけのキャラは、俺からしたら主人公とは言えねえよ。それに、アイツの役割ってことは……」


 物語の後半から登場する平民の少年は、自身の死を代償にする形で、『神様』と『死神』という二人の少女の仲を取り戻した、――物語としてのキーマン。


「物語というものはつまり、キャラに個性が無ければ成り立たない。琴夜ちゃん、遊奈ちゃん、それにキミという個性があるからこそ物語は紡がれる。個性に重点を置いた活動は時嬢部の本質じゃないかな?」

「だからって、俺が犠牲になってもいいってことかよ?」


「そうとは言っていないけどね。あくまで、あの二人を助けてくれる主人公になってほしいとお願いしているだけさ」

「――――本音、言ってみろよ」


 アマトは容赦のない顔で、みらいに物問う。


 みらいは静かにため息を一つ。


 そして、


「わかりきったこと、イチイチ訊かないでくれる? ああ、どうだっていいよキミの命なんて。病気で死のうが自殺しようが殺されようが。だって、しょせん他人なんだし。だって、情なんてこれっぽっちもないし」


「あっそ、そうかよ」


 みらいは軽く首を振り、


「おいおい、怒るのはよしてくれよ? 訊いたのは篠宮くんのほうだし。私は要望のとおり、本音を話してあげただけ」


 疲れたようにみらいは、色気づいた息を漏らしつつも、


「けどね、思い入れのない他人が命を落とそうがどうだっていい、そう感じるのはキミだって同じはずでしょ? 一見不平等な思考かもしれないけど、実はそれも中立的な見方の一つだよ」

「別に怒ってねーし。よく知らんヤツに死ぬなってお願いされても、そっちのほうがリアクションに困る」


 神の名残を佇まいから撒く白髪の少女は腰を浮かし、ストンと床に足を乗せ、


「厳しい言葉を投げかけた手前でアレだけど、実は私たちにも繋がりがあるんだよね。八年前に顔を合わせたこと、キミに絵本を読み聞かせたこと、さすがに覚えてはいないかな?」


 瞼裏にチラつく銀髪の誰か、面貌は不鮮明。その面影が、ひょっとしたら目の前の女子生徒だとは言えなくもないのかもしれない。


 しかれども、今はそんなこと関係ない。たとえ彼女との繋がりがホンモノだとしても。


「それで姫様は結局さ、何を伝えたくて俺を待ってたんだ?」

「くだらないほどに御託は並べたけど、キミに伝えたいことはたった一つ」


 さればみらいはアマトに歩み寄り、彼の右手をそっと両手で握ると、


「お願い、どうかあの子たちを助けて……。そのためにはキミが主人公にならないと……、ダメなんだ」

「…………」


 彼女は力なく、アマトの肩に頭を委ねる。彼の鼻孔を擽る、甘い制汗剤と彼女自身の匂い。


「ワガママで理不尽な頼みだとは自負してる。そもそもあの子らに『神様』と『死神』を押しつけたのだって、完全に私たちの私情だったんだ。でも、やっぱりこれはキミにしか……」


 声は次第にこもり始める。肩に置かれた頭の重みだって、増していく。


 容姿、身なりは決して大人とは呼べない。けれども、自分よりも何倍も生きてきた彼女の、尊厳を捨ててまでの懇願を目の当たりにし――――、


「ふざけるな、誰がテメェらのために自己犠牲を図るって言うんだ」


 アマトは冷たく、容赦なく切り捨てた。

 そしてみらいを振り切るように、遠慮なくその場を離れていく。


「……えっ」


 みらいはアマトの肩を掴もうと腕を伸ばすが、その手は虚しく空を掴むのみ。


「だって篠宮くん、『主人公』には憧れてたはずじゃ……? だから文学部なんて部を創って、物語の世界に浸っていたんじゃ……」

「そりゃあ主人公には憧れてるぜ? でもな、文学部は単に暇潰しで始めただけだし、それに自己犠牲ってヤツは嫌いなんだ。犠牲になるのなんて、都合よくつくった脇役でいいだろ? たとえば、戦闘機で宇宙船に特攻するオッサンみたいのな」


 アマトはキッパリと、みらいに吐き捨てた。

 けれども廊下に出る一歩手前、アマトは顔を伏せるみらいに振り向き、


「今は主人公とか関係ないんだ、俺がやりたいことをやる。俺が俺のために動く。自己犠牲なんて何も面白くもない方法なんか取らずにね」


 続けてアマトは、心に抱く想いを白土みらいへ伝える。時嬢部、轟遊奈、そして時永琴夜に対して抱く考え、想いを包み隠すことなく。


「……はは、そっか。あんなお願いをした私が、どうやらバカみたいだったね」


 自分に呆れて嗤った声が、空っぽの廊下に凛と響き渡った。

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