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ポケットの中が小刻みに振動する。
篠宮天祷はスマートフォンを取り出し、ディスプレイを灯すと、
「……ハァ?」
届いたのは一通のメール。差出人は轟遊奈、件名は『バイバイしのみー』、文面はシンプルに――――『ひょっとしたら世界が壊れちゃうかも』。
アマトは引きつった笑みで、携帯電話を元のポケットに仕舞い、
「おいおい、話が飛びすぎだろ……。単なる女子同士のイザコザじゃないのか……? まさかのセカイ系とは……」
思いがけず、乾いた笑いさえ口から洩れる。が、
「チッ、アイツらどこ行った? 探さないとマジで……」
時間の国の選ばれし七人のお嬢様、一人ひとりには
(たしか琴夜にはあと一回、『
部室を出たアマト、廊下を足早に進んでゆき、
「どこだ? 二人はどこに……」
徐々に呼吸を荒げ、教室を一つひとつ確認しながら前へと突き進む。
(ったく、二人だけの問題にするなよっ。時嬢部にはここにもう一人いることを忘れてないだろうな、アイツら!)
目的のシルエットを探しているうちに、刻一刻と時は刻まれていく。次第に焦りを女顔に浮かべ、歩みも少しずつ加速の気配を見せ始める。
時間に比例し、廊下に差し込む光は赤みを増す。すれ違う人影も減っていく。
――そうして二階の奥、二年一組の教室へとアマトは辿り着き、
(二年の教室はこれが最後……。ここにいないとなると――……、……?)
思考が一旦停止する。それは、彼女の佇まいにはからずも釘付けになったから。
――――一人の女子生徒が艶めかしく脚を組み、窓辺の学習机に腰掛けていた。腰にまで伸びる白髪を大胆に髪先で結う、切れ長で大きな瞳が特徴的なタヌキ顔の姿形。
アマトは探し人を一度頭から消し、思わず歩みを止める。
なぜなら、あの日出会った
白髪少女の背後、開いた窓から入る風が、ベージュ色のカーテンを風船のように膨らませる。
まるで神のごとく居座る彼女は、少年をその切れ長な目で確かに捉え、
「逢いたかったよ、篠宮天祷くん。――――私は元『神様』、白土みらい」
「……元、『神様』? ってことは、アンタも――……」
白髪の女子生徒に吸い込まれるように、アマトは二年一組の教室内へと足を運ぶ。
「ちなみに今は七階級第三位の『姫』。何にせよ、神の座から堕ちた憐れな女の子とでも覚えてもらえば結構さ」
白土みらいと名乗る彼女はクスッと、頬に寂しい自嘲の痕を感じさせるような笑いを見せた。
「なら話は早いけど、琴夜と遊奈がどこにいるか知らないか? 今、ちょっとマズイことになって……」
「ああ、知ってるよ。だけど篠宮くん、その前に私とおしゃべりでもしていかない?」
「姫様には興味あるけどごめん、今は忙しいんだ。だからおしゃべりはあとで――……」
だがみらいは、彼の焦燥など全くもって意に介さず、
「……――それなら」
彼女は一度だけ、左の指を弾いた。
「時間を止めちゃえば、文句はないよね?」
その拍子。
風を膨らませていたカーテンは、凍ったように宙へと固定される。黒板の横に掛けられている時計は、時針、分針、秒針ともに、壊れたように刻みを止める。
まるで世界そのものが凍りついたがごとく、何もかもが停止をしていた。
否――――、篠宮天祷と白土みらいだけは別。
「これが姫様の、魔法……?」
「そう、これが私に与えられた
子どもの自慢のように、白髪の彼女は無邪気にそう言ってみせた。
「時間を止めてくれるなら、ゆっくり話ができるな……、ははっ……」
「名前は『みらい』だけど、魔法は時間停止だからね。未来系の魔法が涼乃の領分なのはご存じだと思うけど、一応言っておくよ。キミは何かとお嬢様をおちょくるし」
短めのスカートから覗く、比較的肉付きのある太ももを強調付けでもするように、みらいは一度脚を組み直し、
「まずは簡単に自己紹介といこうか。あらためまして、私は白土みらい。『誰よりも無個性だけどある意味誰よりも個性的』とは私のこと。モットーは『いつまでも中立』、お嬢様歴はメンバー最長の三十年」
「さっきの元『神様』ってハナシ、あれは?」
「今から十五年近く前の話さ。盛大に就任パレードまでしてもらった身分だけど、情けない話、私には耐え切れなかった。就任期間半年という名誉なレコードの持ち主だね。ちなみに、色を抜いたこの髪は戒めの一つ。自慢だった長い黒髪は、私が殺しちゃった」
目を狭め、きめの細かい白髪を撫でるように触れた彼女。
「……右腕の袖から覗くリストバンドも、戒めの一つで?」
「そうだね、ここにはいっぱい戒めをしたよ。当時は慰めだと錯覚していたけど、今になったらあれは戒めと呼ぶに相応しい行為なのかもね」
するとみらいはブレザーを脱ぎ、ブラウスの右袖を肘まで上げ、前腕の半分を覆う真っ白なリストバンドをおもむろに外した。
「うぇ……ッ」
アマトの反応を見届けたのち、彼女はリストバンドをはめ直し、
「時間の国の子どもはやたらと『神様』を崇拝していたけど、私からしたら苦痛以外の何者でもないポジションだね、あれは。年ごろの女の子を『神様』に仕立てるためにとんでも魔法を与え、世界を平等に見るための目を植え付ける。まったく、非人道的なことだよ」
「世界を……、平等に見るための目?」
「因果律を自在に操る
みらいの言葉は、アマトの抱えていた疑念という名の隙間を埋めていく。――彼女の言ったすべてが、今の琴夜に当てはまるのだから。
「琴夜ちゃんは強いよ。心が壊れかけても、それでもあの地位を守ろうとするのだから。――――でもね、次第に変わっていく彼女を間近で見ていたあの子も辛かったはずだ」
「……、遊奈のことか?」
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