1-7
翌日、放課後。
篠宮天祷は在籍する二年五組の教室に居残り、
(『部活動の目的』はと……、個性を守ることで生徒たちが健やかに過ごせる環境を整えていくことを……、はつまらないか?)
雑な字で記入するのは部活動申請用紙(正式版)。ちなみに以前提出した申請用紙はあくまで簡易的な届出であり、部の目的、部費の使い道、部室の管理等、詳細を正式な用紙の事項に記入しなければならない。であるからしてアマトは用紙の記入に取りかかっていた。
「それにしても……」
アマトはボソッと呟き、ウンザリした面持ちで背後を振り向き、
(まーたやってるのか、コイツら。まったく、毎日毎日飽きないのか……?)
教室の後方、一同に集まる数人の女子。それも対照的な二つの組ができあがり、お互いが激しい火花を散らして対立している。
右サイドの中心に立つ――
「ハァ? 巨大オブジェ造りってなに? そんなの文化祭でやって、いったい誰が喜ぶってワケ? 結局それって氷上たちの自己満でしょ?」
ベージュのスクールセーター、外れた胸元のボタン、太ももを大胆に覗かせるスカート丈、膝下まで覆うルーズソックスという格好の彼女。大きめの瞳ではあるが、鋭さ含む強気な目つきで対面をキッと捉えている。
対するグループの中央――
「ふーん、文化祭という行事を理解していないみたい。クラスの出し物というからには、クラスが一丸となって成果を出さなければ意味ないのに。そちら提案の『JC喫茶』、本当にみんなが主役になって参加できるの?」
着こなし抜群な白のブラウス姿、着飾りは氷結晶柄の髪飾り程度の彼女。
凪沙は傲然たる顔つきで腕組みをし、ふんっと鼻で笑い、
「ま、あんたみたいな冷たい女に『ドリンクよ、どうぞ』なんて素っ気なく言われても、だーれも喜ばないか」
涼乃は冷淡に嘲笑し、
「紅林さんこそ、そんなに短いスカート丈でサービスでもしてみたら? 異物混入できっと大騒ぎね」
「なっ! それ、どーゆーこと!?」
「校則違反丸出しの女子がみっともないのは明白。いい? 喫茶を運営するからには管理が大事なの。紅林さんには到底ムリね」
クールに蔑み笑う涼乃とは対照的に、ぐぬぬと悔しそうに歯を食いしばる凪沙。
そんな光景を間近で拝見するアマトは、やれやれと目を細めて、
(紅林凪沙と氷上涼乃、女子のリーダー格ってトコか。ま、正反対の二人だからいつも対立してるけど)
そのおかげか、クラスの女子は絶賛真っ二つ中。先日行われた文化祭の出し物を議論するホームルームの時間も、この対立のせいで担任(二年目)が涙目になってしまった始末。
できるなら職員室に近いこの教室で要件を済ませたいところだが、ひょっとしたらこの争いの巻き添えを食らうかもしれない、そう踏んだアマトはよいしょと足腰に力を入れ、
(しゃあない、移動はメンドイけど部室で続きを書くか)
だが立ち上がる寸前、涼乃が凪沙の耳元へ寄るのを目にし、
「たかが『魔女』のクセして、私に勝てるはずないのに」
(……魔女?)
即座に涼乃、ならびに凪沙を見たアマト。
涼乃が背後の女子を連れて教室から去る中、
「……ッ」
イラッと目を開いた凪沙は立ち尽くす。
(おいおい、魔女って言ったよな? たしか時永さんいわく、お嬢様はこの中学に――……。だとしたら、まさか……)
「まさか、――――お嬢様?」
アマトは思わず口を滑らせた。すると――――、
「ねぇ、―――今、何か言った?」
ギロリと強気な目を向け、瞬く間にアマトへ詰め寄る茶髪ロング。
「ヤッベ。……悪い、ちょっと職員室に用事思い出した。じゃあなっ」
アマトは記入用紙を手にし、慌ただしく席を離れかけたが、肉付きの少ない腕はブレザーごと凪沙に掴まれ、
「うぉいっ、ちょ!」
「ごっめーん、ちょっとコイツに用事あるわ。お先に帰ってていいよ、バイバーイ」
凪沙はアマトの腕を強引に引っ張ると、廊下の先へと早足で彼を引き連れ、
「ちょちょちょ待てい! 元々そっちに用があったからバッグ持ってこさせてくれ!」
「うっさい、口答えすんなっ」
フルフルと揺れる、滑らかな赤混じりの茶髪。星模様の髪留めに始まり、数種の細かい髪飾りでデコレーションされている。
しばらくアマトを連行した凪沙は周囲をキョロキョロと確認したのち、クラスメイトの彼を乱暴に壁に押し付け、
「さてと、ちょっとお伺いしてもいい? あんた、さっきはどういう意図で口走ったの?」
アマトをまじまじと覗き込むギャル。性格や派手な外見はどうあれ、美少女と呼んでも差し支えのない容姿に詰め寄られるアマトは、目を逸らしながらの苦い笑みで、
「まっ、魔女と言ったらやっぱ絵本の『時間の国のお嬢様』だろ? なんでも、魔女はビリ……かっ、階級の一つとかなんとか……」
「あの絵本って発行されたのは七年前でしょ? 『魔女』と聞いてまずそれを浮かべるなんて、なんかおかしくない?」
一層増す腕の力に比例するように、アマトは顔を歪ませてゆき、
「わっ、わかった……。知ってること言うから、ちっ力を緩めて……」
「……ふんっ」
凪沙は顔こそ逸らしたものの、アマトを壁から解放する。
アマトは崩れた服装、髪をサッと手で直し、
「だけど条件だ、氷上さんと一緒に紅林さんを連れていく。話すのはそれからだ」
「えー氷上とぉ? そんなの嫌に決まってるし……。それこそ氷上だって拒否るだろうし……。って、連れてくってどこに?」
「場所は来てからのお楽しみ。とにかく氷上さんと来られないようなら、知ってることは言わないんで」
アマトは振り払うように背を向けたが、逃がすまいとでも言わんばかりに凪沙は彼の右肩を掴み、
「……、氷上と行ってあげる。だけどあたしと氷上を二人きりにさせない、これだけは守ってよね?」
その言葉を確かに聞き届けたアマト、凪沙の手に自身の手を被せ、
「わかった。その約束、守ってやるよ」
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