時間の国のお嬢様

「……――うんん……しょうがないなあ、『神様かみさま』と『死神しにがみ』は言われたとおりに男の子と遊んであげます。だけどふしぎと、男の子と遊んだ時間を二人は――……」


 丁寧で柔らかな発声で紡がれる琴夜の語りに、わくわく熱心な眼差しで耳を傾けている、十数人の園児たち。


 絵本は琴夜の横、遊奈の手に渡り、


「なんと、きのうの男の子がまたまた二人の前にあらわれたのです! 『おねえちゃんたち、今日もあそぼ! なかよしの二人見たい!』。『神様』と――……」


 そんな二人の読み聞かせを後ろで、二人を見守るように控えているアマト。


「……――毎日のように遊びにきていたあの男の子は、パタリと姿を見せなくなってしまいました。『どうしたのかな?』、そう思った二人のお嬢様。やがて――……」


 思いがけず、絵本に目を通したあの日のことを篠宮天祷は思い起こす。

 たしかあの日は、ページのすべてを捲ることは叶わなかった。

 時間の問題じゃない、――心があの「つづき」を知ることを許さなかったから。


「……――『おねえちゃんたちがなかよしで手をつなぐとこ、見てみたいなあ』。たしかその一言が、二人が聞いた男の子の――……」


 いつもの仕草や口調とは違う、どこか背伸びをした遊奈による語り。その語りは、アマトが躊躇っていた「つづき」の前まで読み上げていく。


 読み手は再び琴夜に代わり、


「だからって、二人の仲はかんたんには変わりません。だけどそれでも、二人は変わろうとします。だってそれが男の子への――……」


 変わろうとするために、この部に自分を引き込んでやると、初対面でありながらも面と言ってのけた彼女の姿が、鮮明に脳裏に浮かぶ。


「……――『手をにぎってみようか?』――、『死神』はつぶやきます」


 生徒会の件を解決してこれから、という時に現れた彼女。やはり彼女の立ち位置は、幼馴染の隣なのかもしれない。なぜなら、自分からそこに立とうとしたのだから。


「『うん』――、『神様』は返してあげます。そして――……」


 琴夜、遊奈は一緒に絵本を手に取り、


「「……――二人は手と手をつなぎます。それは小さな小さな一歩、決して大きくはありません。でも、たしかな一歩を二人はふみ出すことができたのでした。……おわり」」


 パタンと、絵本は閉じられた。


 園児たちや保育士は絵本を朗読した二人に拍手を送る。釣られるようにアマトも、目の前の女子メンバーに拍手を送った。


「どうだろ、うまく読めたかな? 遊奈ちゃんは慣れてるから上手だったけど」

「ううん、琴夜ちゃんもよかったよ。ま、みんなのハートを鷲掴みにしたのは遊奈のほうだけどね」


 園児たちは園児たちで、琴夜と遊奈、どちらがよかったのかという論争が始まったが。ついでに男子園児たちは、どちらが好みのタイプかという論争も。


(あー、子どもってこういうとこ素直……)


 しかし仕事柄、子どもとは接し慣れているのか、両者とも流石と言わんばかりに園児たちの人気をガッチリ集めている。黄色い声で寄ってたかられている二人を遠目から見つめる若い保育士は、微笑みの中に嫉妬めいた頬の引きつりを覗かせていた。


(女子中学生に嫉妬するなよ……、情けないぞお姉さん)


 そんなことをひっそり思いつつもアマトは、おいおい、この俺を忘れてもらっちゃ困るぜ、そんな気持ちで輪の中に割って入ろうとする。だが、


「………?」


 チラッと、ともにアマトに目配せを仕向けた琴夜と遊奈。


 と、同時に瞳に映った、園児の誰かが興味本位で開いたのであろう、絵本の一ページ。背を向ける成長した二人の少女が手と手を握り合う、見開きの一枚。


「……………」


 琴夜は左手を、遊奈は右手をお互いに差し出した。


 アマトはそっと、表情を和らげる。


 園児たちが群がる中、人知れず繋がれる、手と手を結ぶアーチ。


 二人は繋いだ手をこっそりと示し、彼だけにはにかんで見せた。

 

 それは、『神様』のあの表情カオを知った時から見たかった最後の一ページ。



 ふと、篠宮天祷は思う。




 時永琴夜、轟遊奈、そして篠宮天祷で紡いだこの『時間の国のお嬢様』は、確かに「おわり」を迎えることができたのだと。

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時計仕掛けの女神はあざとく青春する。 安桜砂名 @kageusura

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