終章
七人のお嬢様たち
アマト、琴夜、遊奈によるプレゼントの交換を終えた直後だった。
ガラリと扉が開かれて――――、
「やあ、こんにちは。久しぶりだね、琴夜ちゃん、遊奈ちゃん。それに篠宮くんも」
姿を見せたのは、切れ長の目、腰にまで伸びる白髪が際立つタヌキ顔の少女、白土みらい。
その風体を目の当たりにした琴夜、遊奈ははっと口を開け、
「あ、みらい先輩っ。お久しぶりです、先輩が学校に来るなんて珍しい」
「こんにちは、センパイっ。元気にしてた?」
「うん、いつでも元気にしていたよ。二人も元気そうでなにより。ま、最近は気分的に登校することが多くてね」
そしてみらいに続く形で、
「やっほー、琴夜。元気にしてた?」
「ここに来るのも久しぶりね。最近は文化祭で忙しかったし」
お嬢様の一員である紅林凪沙、および氷上涼乃が、さらには、
「私の知らない間にちょっとしたイザコザがあったそうですね。もう、私にも相談してほしかったです」
生徒会長、風間飾音が入室する。……が、それだけに留まらず、
「久しぶり、お嬢。元気にしてたならそれで結構。遊奈は遊奈でいつもどおりみたい」
金髪セミショート、右頭部の髪をピョコンと房のように結う、小動物のような形容の女子中学生。
何食わぬ顔で入ってきた彼女を見たアマトは、
「誰だよ、あの金髪女子……。新キャラのクセして当たり前のように入ってきたけど」
遊奈がクスクスと笑い堪える中、金髪少女はムッとアマトを睨み、
「『新キャラ』はあんた視点の印象でしょ。私はお嬢様七階級第六位の『妖精』、
訊かれてもいないのに、ぶっきらぼうな上から目線、かつ甘めの声で自身を明かす。
遊奈はスタイル抜群な飾音に抱き着き、その豊満なバストへと気持ちよさそうに顔を埋め、
「おねーちゃん、相変わらずおっぱいおっきいっ」
静穏なお姉さまを体現する微笑みで飾音は、黒髪を撫でるよう、遊奈の頭にしっとりと掌を置き、
「元気にしていましたか、死神さん。よかったです、琴夜さんと仲直りができたようで」
琴夜は凪沙、涼乃の下へ申し訳なさそうに寄り、
「いろいろとご迷惑をかけてごめんなさい。もちろん遊奈ちゃんも悪かったけど、私にも責任がないと言ったら嘘になるから……」
凪沙はやれやれと流して、琴夜の頭にポンと手を乗せ、
「もういいよ、その件は。……それに元はと言えば、あたしたちに責任があるわけだし。ずっと言えなかったけど……こちらこそ、ごめんね」
涼乃も琴夜の頬を優しく撫で、
「そう、何も知らない二人に嫌な仕事を押し付けたのは私たち。本当にごめんなさい」
お嬢様の面々が琴夜、遊奈に謝意を示す中、
「何年もお嬢様を経験していた私たちは、『神様』と『死神』という役職なんて罰ゲームとしか考えていなかった。だから、結束の強い幼馴染同士ならば一緒に乗り越えてくれるかもしれないなんて都合のいい甘い考えをしたけど、結果的に――……」
……――結果的に壁は乗り越えられはしたが、二人の仲は引き裂かれてしまったという結末。
みらいは悔やんだ顔つきで、自己を戒めるようにそう口にした。
けれども、
「おそらく、私自身はお嬢様に届かない程度の力量しかありません。でも先輩たちは、遊奈ちゃんとなら壁を乗り越えられるだろうと期待して、この私を選んでくれたんですよね?」
「あたしたち、その期待に応えられなくてごめんなさい。でもね、この先は琴夜ちゃんと頑張るよ。だからセンパイ、自分を責めないで?」
琴夜と遊奈、二人は揃ってもう一度、かつて自分らを導いてくれたあの『神様』へ、決意と笑みを示す。
みらいは目尻を指で拭って、
「よかった……。昔の呼び名に、戻したんだね」
琴夜と遊奈に両腕を回し、後輩たちを強く抱き寄せたのであった。
その様子を、口元を緩め見守る涼乃、目元を光らせて見つめる凪沙、安堵の笑みで眺める飾音、腕を組み一件落着と息つくアリス。
だが、
「あのー……、俺のことを忘れてないっすか?」
お嬢様らがしんみりとした雰囲気を出す中、空気を読まずひょっこりとアマトは顔を出す。
彼はみらいの肩に手を置いて、
「姫様がこうして二人を抱けるのも、この篠宮天祷サマの功績があってこそ。それは忘れてないよな?」
みらいは顔を上げ、涙を流しつつも無理に笑って、
「ばーか。平気でウソ告白をするなんて、頭おかしいんじゃないの?」
「勝算があるからしただけだね。じゃなきゃ、俺があんなマネするわけないし」
アマトは顔を上げた琴夜、遊奈に視線を配り、
「それに勘違いしてほしくないけど、俺は繋がるキッカケを作っただけだし。二人は完全に仲直りしたわけじゃないから。まだよそよそしいトコもあるし」
「……、そうだね。まだ、キッカケだけだ」
だけど、ふんと目を瞑ったアマトは、
「けど、今から戻していけばいいんだよ、時間をかけてでも。二人きりはまだ難しくても、俺が間に入れば大丈夫みたいだし。だろ?」
「んー、まだちょっと間が持たないかも……。でも、アマトくんとなら大丈夫だよ」
「あたしも……本音を言えば……だね。だけどしのみーと一緒なら大丈夫だよ、きっと」
みらいは切れ長の目を和らげ、安堵を示すように口元を綻ばせて、
「お互いの前でそう言えるのなら、時間はかからないのかもね。篠宮くん、頼りない
凪沙は琴夜の、涼乃は遊奈の両肩を握って、
「琴夜はいい子だから心配ないけど、そこの性悪死神にはきーっと手を焼くぞ? ま、よろしくねあまっち」
「ふふっ。その両手の花、大事に抱えてくれると助かるわ」
飾音は目元を緩め、年離れした大人の表情で、
「篠宮さんの女装シリーズ、楽しみにしています。今度はシンプルに女子用のブレザーを試してみてはどうでしょう?」
「会長だけ流れおかしくない……?」
そしたら大人の表情から一転、飾音は琴夜ばりにペロッと舌を出し、イタズラっぽく笑って、
「どうぞ、私のかわいい後輩をよろしくお願いしますっ。相談したいことがあったら、遠慮なく私を尋ねてくださいね」
アマトと関わりのなかったアリスは、困り顔で首を傾げたが、
「まあ、よくわからないけど遊奈とお嬢を頼んだ」
お嬢様それぞれの頼みを耳に入れたアマト、彼女らに承諾の返事を告げた。
だがしかし、当の琴夜はというと、
「なんかアマトくんが私たちの保護者扱いになってない? 立場逆だよ、私がアマトくんの保護者みたいなものなんだから」
けれども遊奈はチッチッと、得意げに人差し指を振り、
「違うでしょ、琴夜ちゃん? あたしたちには上も下もない、みんな対等だってさっき確認し合ったよね。あたしだってお世話されるし、あたしだってお世話する。でしょ、しのみー?」
「そんなの当たり前だよなぁ? 創部者のクセして、琴夜が一番わかってないんじゃ?」
琴夜は腕組みをつくり、む~っとふくれっ面。
「それはそうだけどぉ。アマトくん何をしでかすかわからないし、私がしっかり制御してあげないとダメなときもあるんだからね?」
「ったく、いつから俺の姉ちゃんになったんだよ。まあ、俺よりも年上だけど」
「忘れてもらっちゃ困るけど、あたしだってしのみーより年上だからね?」
「遊奈は姉ちゃんってよりも妹って感じがする、なんとなくだけど」
「ほぉ、妹かぁ。これはこれは、意外な見られ方かも。あたしと琴夜ちゃんなら、あたしのほうがお姉ちゃんって感じしてたし」
「えー、私のほうがお姉ちゃんだったでしょ? 遊奈ちゃん何かと泣き虫だったし」
「あたしがグイグイ琴夜ちゃん引っ張ってたし、あたしこそがお姉ちゃんですー」
「それ、争うことか?」
と、三人で賑やかに争論していると、他のお嬢様らは微笑ましそうに笑いを漏らし、
「私たちは正規の部員ではないけど、いつでも三人に協力するよ。ユートピア法の廃止に向け、皆で協力していこう」
「ああ、助かるぜ。三人だけじゃ、どうしても限界があるし」
琴夜は優しいスマイルで面々に、
「みんな、いつでも遊びにきてね。喜んで歓迎するよ」
遊奈は大きな瞳にピースサインをかざし、
「ふふーん、遊奈の顔を拝みたくなったらいつでも遊びにおいでっ」
他のお嬢様たちも、時嬢部に協力の意志を伝えたのであった。
こうして一段落した部室内。しかし、ふと飾音が、
「私からの提案なんですけれども、時嬢部の皆さんで絵本の読み聞かせをしてみてはいかがです? 文学部では成し遂げられなかった、あの企画を」
遊奈はポカンと口を半分ほど開け、
「おー、そういえばそんな企画してたっけ。部の解散でお流れになっちゃったけど」
「って、どうして会長がそれを知ってるんだよ」
「以前職員室に伺った際、矢作さんと先生のお話しをたまたま小耳に入れまして」
凪沙、涼乃も好奇の目で、
「絵本って、みらいの描いたアレ? へー、面白そうじゃん。やってみたらどう?」
「たしかそんな絵本があったわね。いいんじゃない? 部にとってのいい始まりになるのかもしれないし」
一人蚊帳の外なアリスは首を捻りながら、
「ちょっと、全然話に付いていけないんだけど……。まあ、遊奈とお嬢の読み聞かせは私も聴いてみたいけど」
当の本人である琴夜は悩ましげに、
「よりによってあの絵本とは……。恥ずかしいけどぉ……」
しかしみらいはクスッと笑み、
「涼乃も言ったけど、いい始まりのきっかけになるとは私も思うよ。まあ、無理強いしないけどね」
琴夜はチラッとアマトに目配せをするが、そのアマトは本意なさそうに目を逸らし、
「そもそも、まだ保育園にキャンセルの電話入れてなかった……。今さら断りの連絡を入れるのも悪いし……」
「んん……、アマトくんと遊奈ちゃんはどう?」
「どうせやるつもりだったし、俺はいいぜ?」
「うん、あたしも。あの企画、何気に好きだったし」
「そっか……。うん、わかった」
琴夜は一つ呟き、目の色をほのかに変化させて、
「そうだね。やってみようか、私たちで」
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