4-10

 それから一週間が経過した。


 準備段階ではどうなることかと文化祭ほんばんが危ぶまれた二年五組、六組企画の出し物も、無事に成功を収めることができた。


 そして文化祭後の翌日。時嬢部の部室には篠宮天祷、時永琴夜、および、


「これにて晴れて、あたしも正式なメンバーだね」


 本日をもって、仮入部部員から正規部員として所属することになった轟遊奈の三人が集う。

 部室の隅に置かれたモノクロ時計の分針は、以前から十五分の時を進めていた。現在の時刻、『〇時三〇分』。


「だからと言って、まだ油断しないようにっ。わかった?」


 幼馴染にビシッと指摘されるも、遊奈はふふんと胸を張って、


「だいじょーぶ、もうあんなことしないから。それでも疑うなら、このピュアな目を確かめて?」


 アマトはその可憐な目を覗き込み、


「すげー濁ってるんだけど……」

「ひっどーい。……ま、人を簡単に信用させないのが遊奈クオリティですけど?」

「俺はそれでいいと思うけどね。遊奈みたいなのが一人いるだけでいい緊張が生まれるし」


 琴夜は恥ずかしさで伏し目がちなものの、


「さっきは油断しないようにって言ったけど、私だって……轟さんとやり直したいから。だから私たち、この部で再出発しようね?」


 その告白を受けた遊奈も、真剣みを顔に纏わせて、


「あたし、これまではあんまり人に目を向けてこなかった。そのせいでみんなを傷つけちゃって……。だからね、迷惑をかけた人たちにも認めてもらうように、この部で頑張るよ」


 アマトは両者の宣言を頷き眺めるが、ふと何かを思ったのか、


「ステキな目標を言ってくれるタイミングで悪いけど、そろそろお互いの呼び名、変えてみれば?」

「……え?」

「……うん?」


 仲良くキョトンと目を丸くする琴夜、遊奈。


「いや、お互いのこと無理して苗字呼びしてるし。いいキッカケだし、前みたいに下の名前で呼びあったら? ってことだけど」


 遊奈は「あはは……」と苦く口元を緩ませ、困ったように頬を掻いて、


「お嬢様になる前は……下の名前で呼び合ってたけど……」


 琴夜も琴夜で頬を赤らめ、


「今さら……恥ずかしいけど……。んー、でも……」


 目を逸らしては、チラチラと遊奈を見て、


「……ゆっ、遊奈ちゃん」


 遠慮がちに紡がれる、その呼び名。


 その愛称を受け取った幼馴染は、上目使い気味にチラッと顔を上げ、


「……なぁに、こっ……琴夜ちゃん?」

「ううん、なんでも……。ちょっと呼んでみただけ……」

「そ、そっか……」


「………………」

「………………」


 そうして数秒の間、静けさが部室内に流れる。

 いたたまれない様子で双方を一瞥する琴夜と遊奈。それを真顔で眺めるアマト。

 その言いようのない気まずさにとうとう耐え切れなくなったのか、琴夜と遊奈は同時にアマトへ身を乗り出し、


「もう、アマトくんが収集付けてよ! キミが何か言ってくれないとすっごく気まずいんだけど!?」

「しのみーのイジワル! 絶対に狙ったよね、今の空気!!」


 アマトは「おいおい……」と、両手の掌を宥めるように二人に向け、


「いや、二人でなんとかするかなって思って……。つーか俺だってあんな空気、どうもできないし……」

「嘘つき。凪沙ちゃんと涼乃ちゃんを仲直りさせる時、上手くやれてたでしょ。どうしてそれが今になってできないの?」


「階級的に下位のアイツらには気を遣わなくてもいいけど、上位二人には気を遣うというか何というか……」

「嘘つき。あたしと琴夜ちゃんに平気で失礼なこと言うクセに。っとにもう、この言い訳王子!」

「同時に嘘つき呼ばわりはキツイんですけど……」


 ほとほと参ったように、キョロキョロと目を動かすアマトは、


「よし、ここは流れを変えるためにアレをやろう!」


 彼は部屋の両隅に置かれている二つの包みをそれぞれ指差した。

 琴夜は右隅の、机に隠れ気味なピンクの袋を不思議そうに見て、


「あの袋、二週間くらい前からあるよね? 何の袋なのかは気になってたけど」


 対照的に遊奈は、左隅に放置されているブルーの袋を見て、


「あたしが入部してからずっと置いてあるよね、あの青い袋。いったい誰の袋なの?」


 すると、琴夜と遊奈はお互いの顔を、ハッと息を呑んで見つめ、


「あの青い袋は私が……そのー――……」

「あのピンクの袋、あたしが……えーっと――……」


 アマトは笑って両者に割って入り、


「琴夜は遊奈に、遊奈は琴夜に誕生日プレゼントを渡すんだろ?」

「……え? 私に?」

「……そっ、そうだったの? あたしの、ために?」


 アマトは部屋の右から左へと、二つの袋を回収し、


「二人と買い物してて気づいたんだよ。つまり、お前らがまた元の関係に戻れるって複線は前からあったわけだ」


 ――――あの屋上における一件の前から、琴夜と遊奈、お互いの存在がそれぞれの心の中に息づいていたということ。


「今日が二人の誕生日なんだってな。ほれ、せっかく買ったんだし渡してみろよ。毎年こっそりあげてたらしいけど、今年はお互いの顔を確認し合って」


 アマトは琴夜にブルーの袋を、遊奈にピンクの袋を渡す。

 当の二人は向き合い、先に琴夜がプレゼントを相手に差し出し、


「はい、遊奈ちゃん。これ、受け取ってください」


 貰い受けたプレゼントをすぐに紐解く遊奈。包装されていた猫のぬいぐるみを高く掲げたのち、膨らみの大きな胸元で大事そうに抱え、


「わぁ、かわいいにゃんこさん! ありがと、琴夜ちゃん。大事にするねっ」

「まーぽんの隣に置いてあげてね。まーぽんもお友達が増えてきっと喜んでくれると思うよ」


 続いて今度は遊奈が琴夜へ、


「はい、琴夜ちゃん。これ、あたしからのプレゼントだよ」


 琴夜は受け取ったプレゼントの梱包を丁寧に剥がし、


「あ、マグカップっ。ちょうど欲しいと思ってたところなんだ。わー、嬉しいっ」

「それ、遊奈とお揃いなんだよな。遊奈は猫柄、琴夜は犬柄」


 遊奈は照れくさそうに笑って、


「琴夜ちゃん、湯のみ使ってたもんね。マグカップ欲しいかなって思って選んだんだ」

「ありがとう、大事に使うね」


 ともに誕生日プレゼントを交換し、その中身に喜び合う琴夜と遊奈。

 したらば今度はアマトが、スクールバッグからチェック柄のラッピング袋を三つ取り出し、


「実は俺からもとっておきのプレゼントがあるんだ。お誕生日、おめでとう」


 三つのうち二つを、琴夜と遊奈に渡す。

 女子部員は不思議そうな面持ちで封を開け、


「これ……バッジ?」

「時計柄……してるけど? しのみー、ひょっとしてこれ……」


 当の購入者も、袋の中からコインサイズの時計柄バッジを手にし、


「これは俺たち時嬢部の部員章だ。ふふ、こういうのも悪くないだろ?」


 琴夜はニコリと、お礼も兼ねるように微笑んで、


「うん、素敵なプレゼントだね。アマトくん、ありがとう」


 遊奈は光るバッジをキラリと瞳に映し、


「しのみーにしては素敵なプレゼントじゃない? ふふっ、あたしも部員だって認めてくれて嬉しいよ」


 アマトはしたり顔で歯を見せ、


「それに俺の持論だけど、こういうのは俺たちだけでわかるようにこっそり付けるのが好ましいと思う。たとえば袖ボタンに紛れて付けてみるとか」


 というのもあるが、堂々と胸に付ける行為が校則違反と見なされる可能性も、ゼロとは言えなくもない。


 琴夜は右腕、遊奈とアマトは左腕の袖にそれぞれバッジを装着。……が、琴夜はアマトにムッと口元を窄め、


「どうして左に付けるの? 右にはしないの?」

「だって俺、右利きだし。琴夜は左利きだから右で、俺と遊奈は右利きだから左。腕時計理論で考えれば、別におかしくないよな?」


 不満げではあるが、渋々と琴夜は呑み込む。ちなみに遊奈は口に出さないものの、「何を言ってるんだろ……?」という感じで琴夜を見ている。


「じゃあ、俺は右と左で毎日入れ替える。これなら……文句はないよな?」

「まぁ、それならいいけど」


「というか、そんなことで文句言うなよ……」

「だって、一人だけ右だと浮いてるみたいだし」

「誰も思わねーよ」


 しかしツッコミを受けた琴夜、腕のバッジとアマトの顔を交互に見て、


「今さら思ったんだけど、アマトくんってどうして私たちのために動いてくれたの?」


 遊奈も同調したのか、


「そもそも、どうしてあたしたちの故郷のために動いてくれてるの? 琴夜ちゃんに脅迫されたから?」

「きょ、脅迫なんて……しっ、して……ませんっ」

「しただろ」


 琴夜を一瞥するアマトではあるが、


「そんなの簡単な理由だね。この前、あの姫様にも言ってやったけど」


 そう、すべては心の中に根付く一つの想いがきっかけ。


「時嬢部のことが気になったんだよ。二人のことが気になるんだよ。それだけ」

「…………」

「…………」


 言葉を失くした琴夜と遊奈。しかし、


「これ以上ない理由かも。それなら納得だね」

「あたしも納得。しのみーらしいシンプルな答えかも」

「おいおい、こんなことイチイチ言わせるなよ? 俺だって微妙に恥ずかしいんだからさ」


 そうしてアマトはあらためて、


「ともかくいろいろあったけど、今からが本当のスタートだ。これからはこの部員章に恥じぬよう、この三人で頑張っていこうぜ! 『学園ユートピア法』とやらの廃止を目指して、俺たち時嬢部でこの学校の個性を守っていこう!」


 創部者、琴夜は力強く一つ頷き、


「部員である以上、私たちは対等だよ。遠慮せず、気兼ねなく意見を言い合っていこうね」


 最後に遊奈は、グッと両拳を握ったファイトのポーズで、


「対等だけど、あたしたちの個性はしっかり発揮していこうね。個性さえ発揮できればこの時嬢部、敵なしでしょ?」


 三者は確固たる意志を確かめ合う。



 ――――こうして一度「終わり」を迎えた時嬢部は、新たな「始まり」を決意した。

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