4-9

「わっ、お弁当作ってきたの? これ、一人で?」

「全部一人。いつだったか、俺の手作り弁当食べてみたいって言ってたのを思い出して。特にこの卵焼き、母親から教えてもらったレシピで作ってみた」


 アマトから箸を渡された琴夜、


「お言葉に甘えて、いただきます」


 まずは卵焼きを掴み、パクリと一口。もぐもぐと咀嚼をして、


「うん、おいしい。いい甘じょっぱさだね。あとでレシピ教えてくれる?」


 アマトは忘れずに持参した割り箸を用いて、掴んだ卵焼きを頬張り、


「ポイントは黒砂糖を使うんだ。普通の砂糖に比べてコクが出るんだよな」


 琴夜は感心をしつつ、今度はから揚げを箸で掴むと、


「アマトくん、あ~ん」


 ニコニコと嬉しそうに、アマトの口にから揚げを近づける。


「……この割り箸で再チャレンジしてくれると助かる」


 雰囲気をぶち壊す一言に琴夜はムムッと頬を膨らませかけたが、要望どおり、彼の割り箸を使用してから揚げを再度、彼の口へと運ぶ。


 アマトは「あーん」と恥ずかしがることなく口を開け、パクリと口に含む。


「うんうん、これは特に言うことなし。ザ・冷凍食品の味付けだね」

「せっかくなら全部手作りしてきてよ、もう」

「ま、から揚げ以外は手作りだから。ほれ、俺おすすめの生姜焼きを食べてみな」


 アマトが勧めていく料理を、琴夜はどれもおいしそうに頬張っていく。


「でも、どうしてお弁当を? この前のケーキ作りといい、それなりに料理が上手いのはわかるけど?」

「最近は琴夜と会う機会なかったし、そのキッカケ作りだよ。それとこの前、琴夜に怒られたし。その謝罪も兼ねて作ってきた」


 琴夜はそっと目を細めて、


「……よかった、アマトくんの中に私が残ってて」

「忘れるわけあるか。こんな強烈に個性放つ女子、忘れられないね」

「私ってそんなに個性的? 正直言って、私って傍から見てれば普通だよね?」


「傍から見ればそうだけど、俺の中では印象に残ってるんだよ。……ああ、近ごろは俺が遊奈とばかり一緒だから、それを心配してたのか?」

「……、あたり。あの子と楽しそうにしてるトコたまたま見ちゃって、仲間外れになってないか心配だったかも」


「そういう時は遠慮なく割り込めばいいんだぜ? 俺が間にいるんだから、心配はしなくても大丈夫」

「ふふっ、次からそうしてみるね。……あ、そうだっ」


 何を閃いたのか、琴夜は顔をパッと灯し、


「いいこと思いついちゃった。今度轟さんに、私たちでお弁当を作ってあげない? あの子が嫌いな食べ物、いーっぱい入れてあげようね」

「うわぁ……、琴夜もやっぱ会長と同類……」


「もう、違うってばぁ。苦手な食べ物を克服してもらえるように、アレンジを加えて作ってみないかってことだよっ」

「そういうことかよ……。コイツどこまで鬼畜なんだよって思ったわ。わかった、いつか遊奈をビックリさせてやろうぜ」


 その後も続けて、弁当のおかずを口に入れていくアマトと琴夜。

 琴夜ははにかんだような笑顔で、


「なんか二人きりでお弁当食べてると……、ちょっと照れるね」

「え、そう?」

「む~っ。……って、私がアマトくんの大事なもの、奪ったんだっけ」


 人差し指を唇に宛がい、琴夜はうーんと軽く唸って、


「やっぱり、返してほしい?」


 しかし、アマトは否定の素振りを見せ、


「このまま預けとく。そっちのほうが琴夜と遊奈、それにお嬢様と気楽に相手できるし。それと――……」

「それと?」

「……いや、ナイショ」


 隠された琴夜はちょっぴり不満げだが、それでもアマトは本心を告げるのをやめた。


 ――――琴夜が『神様』としての目を植え付けられ、『個性』を見分ける能力に欠けてしまったのなら、自分も同じように大切なものが欠けた状態でも構わないとは、言わない。


 そう、この考えは単なる自己満足だから。


 だから、篠宮天祷は本心を話さない。


「その代わりに、隠し事を話してやるよ」

「隠し事? 私に?」


 アマトは机端に置かれている一冊の手帳を見やり、


「琴夜が置き忘れていった手帳の中、この前チラッと見た」

「えっ! こら、私物を勝手に見ちゃダメだよ! ……あー、ひょっとしてあれ、見ちゃった?」

「うん、見た」


 手帳に挟まっていたのは一通の便箋、差出人はわからない。おそらく年端もいかない子どもが書いたのであろう、――――『みんな同じで学校つまんない。神さまのおねえちゃん、たすけてください。』という一文。


「おかしいよね、こんな目してるのに……。でもね、あの手紙見たら……胸がチクッてしちゃったんだ」


 それ以上、琴夜は語らなかった。


「遊奈じゃなくて琴夜が『神様』に選ばれた理由、わかった気がする。なんとなくだけど」


 琴夜は最後のウインナーを口に入れ、もごもごしながら「どうして?」と尋ねる。


「優しいからだろ」

「……っ」


 呆気に取られたように目を見開いた琴夜。

 が、彼女は即座にスマートフォンを手に取り、


「おーっと、はたして本当に優しい子かな、私は? 今度、轟さんにキミのメイド姿を見せてあげるつもりなのに? 涙目のアマトくん見たらあの子、どんな反応するかなぁ? うふふ、楽しみ~」

「ちょ、待てい! 前言撤回、お前もやっぱ死神寄り!」


 琴夜はクスクス笑うと席を立ち、そそくさとアマトから離れ、背後で手を組みクルリと向き、


「じゃあね、お弁当ごちそうさまっ」


 バイバイと手を振って、彼女はあっという間に去っていくのであった。


「ここは素直になれよ、琴夜も……」


 メイド姿だけは遊奈に流出させないでほしいと願うばかりだが、それでも――――、


「……、よかった」


 久しぶりの彼女を見ることができ、悪い気分はこれっぽっちもしなかった。


       ◇


 廊下を出ると、部室の扉を閉め、


「ほんと、アマトくんを誘ってよかったかも」


 扉の横に背を預け、こっそりと声に出す。


「おかげで、またあの子と一緒になれたよ」


 離れ間際、扉側に向かってそっと、


「ありがと、アマトくん」

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