4-8
残り一週間と迫った文化祭に向け、放課後の活動を変わらず続ける二年五組、六組の合同クラス。ギクシャクしていたはずの集まりも、少しずつではあるがまとまりが見えてきたのかもしれないと、アマトは漠然と思った。
そして合間に与えられた十分間の休憩時間、アマトは時嬢部の部室を訪れる。
どうやら、先客がいたようだ。
「おっ、しのみーも来たんだ。遊奈のシンパシー感じちゃった?」
窓から外を眺めていた、ブラウス姿の黒い髪色の女子同級生。扉の音とともに振り返り、その愛らしさ満天の顔を惜しみなくアマトに向ける。
「なんとなくここで過ごしたいと思って。ま、遊奈と話したいって思ったのもあるけど」
「あたしと? そんな場面、誰かに見られたら疑われちゃうよ?」
疑われたところで……、半笑いでそう返答しながら、彼は定位置のパイプ椅子に腰かけ、
「凪沙とひかみん、普通に
アマトに合わせ、遊奈は彼の隣に座り、
「ふふーん。あのくらい、遊奈にとってはお茶の子さいさいですから」
盗撮動画をSNS上に流出された紅林凪沙へ、遊奈を追い詰める場面を伊藤沙織に目撃された氷上涼乃へ、それぞれに対するフォローがアカウント『Shinigami』によって、アマトが知らずのうちに図られていた。
「まだ完璧とまではいかないけど、あの二人ならきっと戻せるよ。なんたってお嬢様だし」
「でもさ、伊藤は納得してないんじゃね? 他はともかく、深く関わってたアイツは騙せないでしょ」
「伊藤ちゃんには全部話したよ、遊奈がしちゃったこと。もちろん、お嬢様のことは伏せたけどね」
「……なんて言われた?」
「『ばーか』って一言、それだけ。あたし的には怒鳴ってくれたほうが楽だったかも。あーあ、伊藤ちゃんに嫌われちゃったー」
とは言うも、言葉とは裏腹に、彼女の顔はどこか晴れ晴れしい。
「それにしては最近、準備中の雰囲気はマシになってきたような? 伊藤もうまい具合に加減ができてたし。あれ、遊奈がアドバイスしないと無理のような……?」
「でも伊藤ちゃんね、『文化祭までは遊奈のしたことを忘れてあげる』って言ってくれたんだ。だからあたし、責任もって伊藤ちゃんと頑張るよ」
「そっか、それは伊藤に感謝だな」
遊奈はコクリと、首を縦に振り、
「あたし、償っていかないと。みんなにいっぱい迷惑をかけちゃったから……」
わずかに視線を落とす彼女。ごめんなさいという気持ちが、アマトにも確かに伝わる。
「償い、か。やっぱり、琴夜には悪いことしたと思ってる?」
「時永さんもそうだし、ひかみんや紅林さんにも、ね。それに、しのみーにだって……」
「俺のこと、ちゃんと考えてくれてたんだ。てっきり俺は、琴夜の傍に寄る害虫としか思われてないかと。……いや、眼中にもなかったろ?」
「正直に言うと、しのみーなんて前の部活の時から、単なる一人の男子にしか見てなかったけどね」
「まあ、薄々そんな感じしてた」
アマトはふと、文学部を立ち上げた時を回想する。ヒマ潰しと面倒な部活の誘いを断る言い訳として、知り合いだった幼馴染ペアを誘って部を始めたあの日。そしたら、同学年の間ですすでに美少女として名を馳せていたあの轟遊奈が、入部届を自身に差し出してきたあの瞬間。
「遊奈が入ってくれた時はなんとなく嬉しかったんだ、高嶺の花と一緒に活動できることに。でも遊奈にとって俺なんぞ眼中にないんだってことを察して、やっぱ俺って凡人なんだって思い知らされた」
「へー、しのみーもそんなふうに考えてたんだ、なんだか意外。女の子よりも映画とかに夢中だったから」
けれども遊奈は、首をゆっくりと横に振って、
「でもね、今は違うよ。しのみーはあたしの特別な人。最近わかったような気がする」
「それは光栄」
アマトと琴夜、琴夜と遊奈、加えて遊奈とアマトという三様の関係が確保されなければ、部のまとまりはいずれ崩れていくだろう。それは以前の部で経験したからこそわかる事実。
すると遊奈は出し抜けにその場を立ち、アマトの背後に回り、
「……ん、遊奈?」
「えへへ」と愛嬌ある微笑を唇に添え、子どもを褒めるようにアマトの茶髪を優しく撫で、
「しのみーはえらいえらい。あたしの信頼を勝ち取れる人なんて、ほんの一握りなんだから」
「ったく、何様だよ……。……お嬢様か。……それと俺の髪、あんまり触らないほうが……」
「うわっ、手がベットベトッ。ちょ、ワックス付けすぎだって!」
「って、俺の制服で拭うな! 嫌ならさっさと手を洗ってこい!」
アマトのブレザーでべたーっと手を拭う遊奈に、アマトは咎めるような視線を投げかける。
クスクスと笑う遊奈。しかしふと思い出したのか、
「前に謝ったけど、やっぱ時永さん怒ってないかなぁ……」
しんみりと声に出し、アマトの肩に身を委ねる。
アマトは首の動きで遊奈を見ると、ニヤリと白い歯を彼女に見せ、
「これからやり直せばいいんだ。遊奈は償いをしていけばいい。そうすれば周りも、琴夜も認めてくれるはず」
「しのみー……」
遊奈は少年の呼び名を一度呟くと、――――ガバッと彼の上半身に腕を回した。顔に似合わずの豊胸を惜しげもなく押し付けるように、喜びを体現ように。
「ありがと、しのみーっ。あたし、頑張るから!」
そして翌日、放課後。
扉を開けると、時永琴夜はすでに定位置へと居座っていた。
「まさかアマトくんから誘われるとは。だから文化祭の準備、嘘ついてサボっちゃった」
スクールセーター姿の彼女はイタズラっぽく、ペロッと舌を出す。
「相変わらずあざとい仕草してんな」
「私はあざといと思ってないですーっ」
「まあでも、久しぶりにそういう仕草見た気がする。最近の時嬢部、そんな余裕もなかったし」
それよりも、とアマトは持参した包みを机に置き、
「これ、一緒に食べないか?」
琴夜の隣に座り、包みを解いてふたを取る。現れたのは、綺麗に彩られた手作りの弁当。
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