3章 そして始まる「おわり」の終わり

3-1

 扉を開けそこに立つ黒い髪色の少女、轟遊奈が差し出したのは、――紛れもない入部届。必要事項はすでに記入されていた。


 遊奈は円らな瞳を時嬢部のメンバーに向け、口元を綻ばせて今一度、


「あたしを時嬢部に加えてくださいっ」


 メンバーの一人、篠宮天祷は入部届を受け取り、記入事項を確認しながら、


「まさか遊奈が入りたいとは……。明日までに三人目を見つけなきゃいけない決まりだし、ちょうどいいんじゃないの?」


 彼は同じく部のメンバー、時永琴夜をチラッと伺ったが、


「琴夜……?」


 その琴夜は切なげに目を細め、アマト、ならびに遊奈から目を背けている。

 やがて、彼女は重く口を開き、


「私は反対」


 小さな口から漏れた、たった一言。けれどもその一言が、狭い部室内に粛々と響き渡る。


「琴夜、やっぱ遊奈と――……」


 だが琴夜は、彼の言葉を上書きするように、


「だって轟さん、あの文学部を壊した張本人でしょ? 部を考えない行動を取って、挙句の果てに部の人間関係を拗らせた。アマトくんの決断があったからよかったものの、あの状態で部が続いてたらどうなってたと思う? 人間関係の把握をしないような人は時嬢部にいりません」


 しかし際どい問いを受けたのにもかかわらず、遊奈はニコリと余裕を見せ、


「どうして部外者さんがそこまで言えるのかな? 文学部の件はあたしやしのみーの問題。それにしっかりと四人で話し合ったし、今さら掘り返す問題じゃないよね」


 彼女の目の動きがアマトに移るのと同時に、琴夜の目も彼へと向けられる。

 視線と視線が交錯する中、


「遊奈の言うとおり、あの件はもう解決したし、その後どうなった~は考えるだけ無駄だね」


 アマトが頬を引きつらせながらもそう言えば、琴夜はむくれたように口元を窄める。

 が、アマトは流し目で入部希望者を捉え、


「けど、遊奈と西春が解散のキッカケになったのも事実」


 その一言に琴夜の強張った頬はわずかに和らぐが、しきりに遊奈をチラチラと拝見することはやめない。


(そんなに遊奈が気になるのか? まあ、嫌ってるわけじゃあなさそうなんだけど……。気まずさの延長というか……)


 あの紅林凪沙と氷上涼乃が先日まで向け合っていたほどではないが、その類の目配せと雰囲気が重なり合うのも確か。


「明日まで時間はあるし、今から轟さんって決めつけなくても……」

「けど琴夜、俺もヒマそうな知り合いに声掛けてみたけど、反応は良くなかったんだよ。琴夜のほうもそうらしいし。それに、俺みたく何かを人質に取って入部させるのは、やっぱ部のためにならないと思うんだよ。だから自分から入ってくれる――……」

「ふーん、人質を取られて入部させられたキミはまだ納得してくれてないんだ?」


 再び機嫌を損ね始める琴夜に、


(コイツ、面倒な性格してんな……)


 とはとでもじゃないが今の状況では言えず、アマトは「まあまあ」と琴夜を窘め、


「琴夜たちは勉強教えてくれるし、公約は果たしてくれてるから俺は文句ないけど? 勉強さえ疎かにならなければ、洋画見るヒマさえくれれば、俺は喜んで活動するし」

「ならよかったけど……。だけどやっぱり轟さんは……」


 流石にメンバー、および創部者の意見は無視するわけにいかないので、


「じゃあ、こうしよう。遊奈を一時的に『仮入部』として扱うってのは?」

「仮入部?」


 遊奈が首を傾げて呟き、琴夜がアマトに興味を向ける。


「万が一遊奈がマズイ行動を取った場合、遊奈を部から除名できる措置だ。それに琴夜の目ぼしい部員が見つかった場合も、その時に遊奈が必要ないと判断されたら除名ができる」

「それ、あたしが不利すぎない? あたしのモチベーション、だだ下がりなんですけど?」


「大丈夫。マジメに取り組んでくれれば、遊奈を正部員にしてやるから。つまり遊奈は俺と琴夜を認めさせればよい、……どうだ?」

「まぁ……あたしはそれでも構わないけどさ、肝心の時永さんはどうなの?」


 琴夜はボソリと、


「……それなら、別に。今の轟さんは信用できない立場だし、ひょっとしたら除名されるかもしれないけど、その場合は文句を言わないでね。……ま、せいぜい頑張って」


 その言葉を確かに聞き入れると、遊奈はキュートさ満天の顔を笑顔で飾り、


「ふふーん、それじゃあよろしくね。この轟遊奈、お二人に認めてもらうため、時嬢部にしっかりと貢献してみせますっ」


 ――――こうして時嬢部に三人目、轟遊奈がメンバーに加わることになった。

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