3-2
「こんちはー……って、遊奈だけかい」
ガラリと扉を開けると、入室するアマトを待ち受けていたのは新入部員の遊奈だった。
彼女はスナック菓子を頬張りながら、少年向けコミック雑誌をパラパラと捲り、
「あれ、そんなに時永さんと会いたかった? んんー、そんな反応をされる遊奈の立場を考えてくれてもいいのに」
遊奈の加入に伴い、会議机の中央に座席変更となったアマト。彼は新たな座席へと腰掛け、
「そういえば琴夜、今日から文化祭で忙しくなるって言ってたっけ。忘れてた」
「そんなあたしたちも明日から忙しくなるよ? ひょっとしたら二週間は放課後、拘束されちゃうかも。あーあ、せっかく入部したのに残念……」
「さらに面倒なのは、文化祭のあとに中間テストが控えてるんだよな……。これ、しばらくは部活できないかも」
無駄だとは思うが、このハードなスケジュール設定の見直しを生徒会に要求しようと考えたアマト。
(あーでも、この部室に遊奈がいるなんて、なんか懐かしい気がする)
遊奈を見てぼんやりとそう考えていると、その遊奈はなぜかウインクで彼に応え、
「しのみー、あたしから一つ提案があるんだけど?」
「提案? 琴夜の誕生日パーティーをこっそり仕掛けるドッキリ的な頼み?」
ピクリと、遊奈のシャギー混じりな髪先が揺れたように見えたが、
「時永さんは関係ありませーん。これはあたしとしのみーだけの約束です」
「琴夜にバレたら怒られそう……。アイツ、ハブられると怒るし」
「大丈夫、時永さんは今いないし。ね?」
イタズラっぽく今一度ウインクし、遊奈はナイショというジェスチャーでも示すように、口元に一本の人差し指を立て、
「今度の土曜日、あたしとデートしない?」
「……俺と……デート?」
「えーっと、デートって言い回しは勘違いされちゃうかな? 要するに、あたしと買い物に行かないかってこと。毎年あげてるお友達の誕生日プレゼント買いたいから、そのアドバイスにしのみーが必要なの」
どっかで経験したシチュエーションかよ、と半笑いするアマトであるが、
「土曜は特に予定入ってないし、いいよ」
「よし、それじゃあ決定だね。どこで買い物するかはまだ考え中だから、決まったら教えるよ」
「はいよ、今度の土曜日な」
それにしても、とアマトは思考する。
(まさか遊奈が俺を誘うなんて。ちゃんと俺のことを見てくれてるのか? それとも……。ま、遊奈の考えなんて簡単にわかったら苦労しないか)
遊奈をこっそり一瞥。先ほどと同じく、彼女はお菓子を頬張りながら雑誌を捲っている。
(遊奈の加入で何かが変わるのかもしれないし、これまでどおりなのかもしれない。どうなるんだろ、時嬢部)
変わる必要があれば変わらなければならないし、そうでなければそのままでいい。もし変わるとしたら、ひょっとしたら自分こそが役目を果たさなければならないのだろう。
「どしたの? あたしと遊んでほしい?」
「いーや、今晩の献立でも考えてたところだよ。遊奈のことなんて頭になかった」
「ふーん、頭の片隅くらいにはあたしのこと、置いといてくれてもいいのに」
アマトはその言葉に返答しない。
だが、
(いつでも俺の頭にいるから、遊奈って存在は)
◇
大きな鳥居が構える繁華通りの入口、赤の柱に身を委ねているのは篠宮天祷。すると、
「しのみー、おっ待たせ!」
元気に手を振り、自身の下に歩み寄る黒髪ロングの姿が彼の目に飛び込んだ。
観光客を含めた多数の人だかりの中でも、まず目が向かうであろう際立つその顔立ち。
「遊奈は遊奈で、それなりの服を着るんだ」
近づく同級生の姿を遠慮なく観察するアマトに、当の本人は集合するや否や身体を腕で覆い、
「こら、ジロジロ見るのはメッ。ジロジロしたいならあたしと特別な関係になってからっ」
とは苦言を呈されるものの、気にせず遊奈の服装をチェックしてゆくアマト。
白のシャツに黒のスタジャンをカジュアルに羽織り、下はチェック柄のミニスカート、および脚を覆う黒のストッキング。心なしか、先週見かけた私服よりも手が込んでいるようだとアマトは思えた。
「けどそのコーデ、雑誌で見たまんまって感じがする。オリジナリティがないのは減点」
「はぇ!? よ、よくわかったね……。ご存じだとは思うけどあたし、あんまりファッションに自信なくて……。この服だって、雑誌見て適当に選んだだけだし」
「ま、いいんじゃね? 遊奈はルックスいいから、お手本どおりにコーデすれば文句なし」
「デリカシーのないことはよく言うけど、褒めるとは珍しい……。えー、どうしちゃったの?」
「ん? ああ、最近になって言えるようになったんだよ。これも俺の成長ってトコか?」
そうしてアマトは賑わう通りに目を向け、
「さて、まずはどこ行く? 腹ごしらえか買い物、遊奈が選んでいいよ」
「この通りは観光地だし、十二時過ぎるとどこも混んじゃうよね。それに昼からはあのお店にも行きたいし……。じゃ、今からお昼食べに行こっか?」
かくして方針を決めた二人は、古風で趣のある通りを歩みながら食事処を探していく。
(褒める……か。たぶん、異性を惹く気が死んだからかな。興味がないと恐れ知らずになるってことか)
恐れ知らずといえば傍の遊奈も――……、薄っすらとアマトは考える。時にイジりを交え、けれども決して不快にさせることなく会話を盛り上げ、適度に愛らしい笑顔を見せ、最後は仲良し。相手が誰であろうと、恐れ知らずで関係の構築を図ることのできる彼女。
「しのみーはなに食べたい? 今日のあたし的気分としては、ガッツリいきたいトコロですけど」
ドクロの髪飾りを見せつけでもするように横からアマトを覗き、遊奈はルンルン気分で尋ねる。
「そんじゃあ俺もガッツリで。こないだ琴夜には線が細いって言われたし」
とアマトが言えば、遊奈はクスクスと笑って、
「デート中に他の女の子の名前を出しちゃうなんて……、やっぱりしのみーだ」
「こんな最中に他の女の話題はタブーってヤツか? 悪いね、配慮が足らなくて。そもそも今がデートって気分でもなかったけど」
「む~、今の言葉も配慮が足りないよっ。……ま、ひたすら女の子を褒めるしのみーは、それはそれで気持ち悪いけどね」
こうして二人は通りに面するレストランへ入っていき、遊奈はから揚げ定食、アマトはナポリタンを注文。まもなく、注文したメニューを店員が運んでくる。
「って、そのから揚げデカッ! それは男の俺でも完食が難しそうな気が……」
五つの大きな鶏のから揚げが盛られた皿を前にしても、遊奈はケロリとした表情で、
「え、これくらい余裕でしょ? それに、しのみーが男の子代表みたいな言い方はしないでよね。ガッツリとか言いながら、結局フツーのナポリタン頼んじゃう男の子が」
続いて運ばれてきた、想像していた以上に盛られたナポリタンにアマトは眉を寄せるが、
「しのみーが食べきれなかったら、あたしが残りを食べてあげるよ。遊奈はしのみーと違って、人の食べ残しでもある程度はイケますから」
どこか嫌味っぽく聞こえたのは気のせいか。
遊奈は両手を丁寧に合わせ、
「いただきます」
箸を手に取り、遊奈はおいしそうにから揚げを頬張っていく。
(へー、意外と礼儀正しいんだ。一年間同じ部だったけど、遊奈のこと案外知らなかったんだな)
思い起こしてみると、これまで校外で遊奈と過ごしたケースは少なかったのかもしれない。
と、彼女を見ながらスパゲティを啜っていると、
「ん、あたしの食べっぷり気になる? おっ、米粒がほっぺに付いてた」
容器を置き、頬に付いた米粒を取り除く遊奈は照れ笑いで、
「えへへ、これも萌えポイントの一つかも。女の子のこんな仕草見ちゃうと、男の子はドキッとしちゃうでしょ?」
「それよりも、ご飯食べる姿のほうが萌えを感じるけどね。何でって言われたら説明できないけど」
「そう言われると、なんか恥ずかしくなるなぁ……んもうっ」
珍しく、遊奈は顔に恥じらいの色を溢れさせる。
「気にせず食べてればいいんだよ。狙ってかわいさアピールするより、素のほうが俺は好きだね」
「ふーん。じゃあ気にせず食べるけど、あんまりあたしのこと見ちゃダメだからね。わかった?」
その後は文学部でも交わしてきたような話題、最近の学校生活、間近に控えた文化祭のことを話しながら食事を取るアマト、遊奈であった。
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