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「そういえば……」


 琴夜は初めて笑むことをやめ、スッと儚げに目を瞑り、


「実は私たちお嬢様は、私たちが制定した――『学園ユートピア法』が原因で、時間の国を追放されちゃったのです」

「学園ユートピア……法? って、制定? そもそもお嬢様って何の集まりなんだ?」

「七人のお嬢様は国の学校制度をすべて担う、いわば教育の最高機関だよ。つまり、子どもたちの頂点に立つのが私たちお嬢様」

「なるほど。で、学園ユートピア法とはいったい? 新興宗教にありがちな響きだけど」


「簡単に説明すると、学校に通うみーんなを差別なく平等に扱ってあげる法のことだよ」

「試験で順位を付けないとか、徒競走はみんな手を繋いでゴールしましょうとか、そんな感じのヤツ?」

「残念、そんなに生易しいものじゃないよ。名前は記号化されて、ルックスの差別を失くすために皆が仮面を被る。試験で順位を付けるどころか、点数の付くテストすらしない。他にもたくさんあるけど、……知りたい?」


 哀しそうに教えるくらいなら、そもそもなぜ制定したんだと、アマトが尋ねようとする前に、


「言い訳かもしれないけど、私たちだって反対したんだよっ。でも時間の国は『平等にしろ』ってうるさくて……。私たちも世論には逆らえない身分だし……。それに法を制定した途端、周りは極端に平等を進めていくし……」

「その法の結末は? 聞いた限り、平等は国の望みだったんだろ?」


 琴夜は優しいような、それでいて皮肉めいた独特な虚しい笑みで、


「すべてが平等を実現したら、――――みんなの個性が消えちゃいました」


 言い切ると同時に、彼女は窓ガラスにしなやかな指を預け、


「みんな同じ。誰も苦しまない代わりに、誰も喜ばない冷たいロボットの世界だよ」

「てことは時永さんが追放されたのも、その法の責任を取るってことか」


「ううん、違う。正直ね、笑える理由だよ。お嬢様は個性的だから。そんな理由で国を追放されちゃった。……失笑するよね?」

「マジかよ。くっだたねー……」


 そうして数秒間、両者の間に沈黙が流れる。が、


「そこで篠宮くんにお願いというわけです!」


 沈黙を遮り、おもてを上げた琴夜、


「私と一緒にこの中学の個性を守る部をつくりましょう!」


 それまでのしんみりとした顔が嘘のように、彼女は嬉しげにアマトへ告げた。


「この世界で個性の大切さを証明して、あの国のユートピア法を撤廃してやろうっていうのが私の考え。そのためには篠宮くん、キミが必要なの」


 美少女渾身の勧誘を目の当たりにしても、アマトは遠慮なく面倒そうな顔で、


「いやーでも俺、これから勉強に力を入れようと思ってるんだよ。部も解散したし、放課後は有意義に使おうかなって。先生も言ってるだろ、今のうちに勉強しとけって?」

「ほー、見た目に反して意外とマジメくんだ。でも勉強ってそんなに大事なことなの? 勉強なんか無駄って言ってる子、周りに多いけど? それに先生の言うことをマジメに受け取っちゃうなんてー……」


 アマトにクスッと流し目を向ける琴夜だが、


「教師は俺の先を生きてる連中だろ? その連中が揃いも揃って勉強しろって言うんだ。なら勉強にはそれなりの価値があるはずだね」


 アマトが迷いなくそう言うと、琴夜は頬の綻びを含めた上目使いで、


「文学部の件もそうだし、私に対する目もそうだし、キミはすごく周りを観察する。そんな篠宮くんだからこそ、私はキミが欲しいな」

「おいおい、過大評価してもらっちゃ困るぜ。それに、ヒマしてて俺より頭のキレるヤツなら知ってる。ソイツを紹介するから俺は勘弁してくれ」

「へぇ、一応聞いておこっかな? 篠宮くん以外にももう一人、確保しておきたいし」


 あくまで俺加入なのは前提かよ……、とは内心で文句を付けつつも、


「同じ学年の轟遊奈って女子だ。アイツは頭がいいし、人間関係の取り方も抜群にウマイ。……って、イチイチ説明しなくてもさすがに遊奈は知ってるか」


 時永さんと同じ女子だし、それに部の解散で遊奈もヒマになるだろ、とも補足したが、


「………………」


 なぜか、ぷっくりと右頬に空気を注入する琴夜。いわゆるジト目でじとーっとアマトを睨み、大胆に不機嫌さを表している。


「あっ、あれ……」

「なんで、よりによってその名前を出すのかなぁ……」

「……よりによって?」


 琴夜は弁解するように慌てた手振りで、


「あ、いやっ、遊奈ちゃ……轟さんってキミの部を壊した張本人でしょ? 矢作さんの気持ちを知ってたうえで西春くんを奪った女。まったく、そんな人間を勧めるなんて信じられない、って思って怒ったの」

「じゃっ、じゃあ俺の知り合いに、遊奈以上に髪の長い男がいて――……」


 矢継ぎ早に他者の名前を出そうとするアマトに、琴夜は構わず一歩二歩、彼へと接近し、


「私、言ったよね? ――――キミを引き込んでやるって」


 少年は面食らって後ろに退くが、それでも琴夜に両肩を掴まれ、


「ちょ! えっ、ななな何を……?」

「こーら、逃げちゃダメ」


 琴夜はさほど背丈の変わらないアマトに迫り、彼の額に掛かる茶髪をそっと指で払い、逃がすまいと肩を握って、


「待てコラ! 勝手な行動は困るんですけど!? ねぇ、これ逆セクハラだよねぇ!?」


 アマトの叫びなど無視し、琴夜は雰囲気に浸るようにそっと目を瞑り、ふっくらと艶やかな桃色の唇をそこへと近づけ、


「神様からのおすそわけ」


 額に感じる、生温かな感触。鼻孔を擽る、柑橘系の甘い香り。


 余韻を十分に味わったのだろう、琴夜はゆっくりと唇を離し、あの遊奈にも似た小悪魔的な顔で唇に指を宛がい、


「キミの『性欲』を人質にしちゃいました。男の子らしく女の子にムラムラしたいなら、これからつくる私の部に入って個性を守る活動をしてください、そこの男子中学生くん」


 頬をほんのりと染め、どこかイタズラっぽく告げたオレンジ髪のセミショート。

 ……が、男として、生き物として大事なものを奪われたはずのアマトはアホ面でポカンと、


「いっ、いや……もうちょっとカッコイイものを人質に……しない? なに、性欲って……」

「……へ? ……カッコイイ? ど、どいうこと?」

「いや、だってさ? たとえば『俺は……右目を犠牲にしてこの力を手にしたんだ……っ』ていうのは、重みがあっていいだろ? でもさ、『俺は性欲を犠牲にして……』って言われても、あハイ……そうですか……ってならない?」


「うっ、うーん……。リアクションに困るんだけど……」

「こっちだって困ってるんだけど……。よりにもよって性欲って……。センスの無さを疑うわ」


 その掴みようのない反応に痺れを切らしたのか、とうとう琴夜は、


「いいから部に入ってよっ。勉強は特別に私が教えてあげるからっ」

「うわ、なにキレてるんだよ! てゆーか、よその知らん国の偉い人だとか言われても、あ、ふーん……だわ。この国の神様はな、アンタじゃないんだよ」


 彼の反論に眉を上げかけた琴夜ではあるものの、ジト目をしつつも平静と表情を整え、


「中学レベルの勉強なら私にとって楽勝。だからきっと、キミも有意義な時間を過ごせるはず」

「なかなか意地っ張りな神様だな……」


 アマトは呆れつつも、考え込むように腕組みをし、


「でもな、一つ約束をしてくれ。これを守ってくれないようなら、俺はいつでも部を辞めてやる」


 そうすると彼は、明確に琴夜へ指を差し、


「ツマンナイ毎日を送る部は勘弁。俺は面白い変化が欲しいんだ。だから、やるからには面白い毎日を俺に届けてくれよ?」

「変化……、か。そうだね、私だって何かを変えたくて部を始めようと思ったんだし」


 そうして琴夜はアマトの目をしっかりと見定め、


「わかった、約束するよ。神様わたしと面白い変化、一緒につくっていこうか」

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